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 あなたは薄暗がりの中で目を覚ました。


 風のない閉鎖空間独特の停滞した空気で、今いる場所が開けた屋外ではない事が分かる。

 鈍い腰の痛みと、投げ出した脚や背中に当たるゴツゴツとした岩肌の感触に、慣れ親しんだ自宅の寝台で眠っていた訳ではなさそうな事も知れた。

 土と黴の匂いが微かにし、硫黄を含んだ泥岩の刺激臭も感じ取れた。

 ではおそらくここはどこかの洞窟なのだ、それもわりと深部の。匂いからあなたはそう判断する。

 だがそれらを上回る勢いで圧倒的に充満するこの臭いは何だろう? と、あなたの胸中には次いで疑問が湧き上がった。就寝中に鼻が慣れてしまったのか、判断がつけ辛い。確かにどこかで嗅いだ事がある、知っているはずの臭いなのだが……。


 そもそもここはどこだろう。あなたは思う。


 自分は誰で、どうしてこんな場所で無防備に寝入ってしまっていたのか。


 ──思い出せない。


 あなたは思考を一旦脇に置いて、強張った身体が満足に動くかどうかを先に確かめることにする。手指は動く。脚も問題ない。身動きすると背中と腰に鈍痛が走ったが、これは負傷などではなく、硬い地面で無造作に横になっていたためだろう。あなたはひとまず安堵した。

 次に身を起こそうとして、地面についた掌がぬるりと滑る。どうやら濡れていたようだ。そのせいで揺れた頭部に、痛みが走った。あなたは咄嗟に己の後頭部を押さえ、それからその手が赤く染まっている事に気が付く。出血しているのだろうか。該当箇所を求めて髪を掻き分け、あなたは慎重に頭皮を探ったが、先刻感じた疼痛は緩やかに立ち消えていった。出血時に感じるはずの疼きもない。眠りに陥る前に負った傷だったのか? 寝ている間に塞がったのであれば、出血の割に軽症で済んだという事だ。不幸中の幸いだろう。あなたは不安を飲み込むように自分へそう言い聞かせた。


 今度は迂闊に滑らないよう、細心の注意を払ってあなたは立ち上がる。

 薄明の中、己の装備を検めると、武器防具の類いを一切身に付けていない事が判明した。携帯用の小刀すらない。簡素な布と皮の服のみだ。

 動きやすく整えられた衣服はあなたの肌に馴染んでいた。以前から着慣れた物なのだろう。

 とは言え、生活拠点ではない場所における無防備さをあなたは心許なく感じ、そしてその事自体に動揺する。それはつまり、今のこの状況が普段の自分の行いとはかけ離れていることを意味しているからだ。


 ふとあなたは視線を下げる。靴だけは簡素さとは程遠い、頑丈な造りのブーツを履いていた。防水加工された革に、紐を通すための鋲が打ってある。その色がやけに赤黒く鈍って見えたのだ。明かりの具合か、はたまた赤錆か? そう言えば先程から気になっていたこの臭いは、鉄のそれに似ている。


 いったい光源は何処にあるのだろうと訝しむものの、明かり取りになるような隙間やひび割れが見当たらない。第一、直感が正しければ、ここは結構地下のはずなのだ。解を求めて視線を彷徨わせたあなたは、どうやら岩肌に点在する黴が微弱発光しているらしいと見て取った。


「不可思議な場所だ……」


 あなたはそうひとりごちる。久方振りに出した声音は、予想に反して岩壁には反響せず、まるで粘土質に吸収されたかのように消えた。


 こんな場所に、愚かにもうっかり一人で迷い込んでしまったのだろうか? そう──例えば、山中で凶暴な獣に追われて命からがら逃げ込んだとか、地面にこっそりと口を開けていた深い亀裂に落ちてしまったとかで? そして帰路を探す途中で疲れ果てて眠ってしまった?

 あり得ないとは言い切れないと、あなたは思った。しかし確実に違うだろうとも。


 あなたは直前まで誰かと一緒にいたような心持ちがしていた。誰か……複数。あなたの記憶は霧のベールに包まれて霞んでいるが、数人の集団で目的を持ってこの場所を訪れた、ような気がする。それが何故今ここに一人きりで倒れていたのだろうか。


 ズキリ。不確かな記憶を探ろうとすると、再びの頭痛に襲われた。


 手掛かりを過去の記憶に求めるのは良案とは言えないようだ、少なくとも今はまだ。

 あなたは歩き出す事にする。失われた記憶ではなく、目の前の洞窟内部をこそ探索するために。

 手持ちの食料はなく、水源も定かではないし、その上丸腰だ。脱出するのなら急いだ方が良さそうだった。


 あなたの目覚めた場所からは、通路が一方向に伸びていた。勿論人の手の入っていない、道とも呼べないような代物だが、あなたが身を屈めずに歩けるだけの高さはギリギリあった。急に行き止まりになったとしても後退は充分可能だと思いながら、曲りくねりつつ暫く進むと、道幅中央に連なった石筍を思わせる自然の仕切りが現れた。

 その先の道は左右に分かれている。


 さあ、あなたはどちらに向かう?

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