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無くした切符  作者: issei
3/3

無くした切符3

世界中の悲しみを凝縮したようで、一抹の幸せを宿した間ケ部の双眸には志木が見たことがない光がともっている。あの日に掛けられた最後の言葉が脳内を木霊する。

「祐司もちゃんと笑って、そして幸せになって、それをお祝いできないことが私の心残り」

祐司との時間を分かつように音を立てて閉まった車両ドアの向こうで、女性は口を動かした。それは二人だけが知っている秘密の合言葉。

「ナミ」

通り過ぎる人々は志木と間ケ部に奇異の視線を向けている。返事のない女性に志木は語り続ける。

「今日はナミの誕生日だろう」

音もなく、首だけが上下する。志木は指にはさまれた切符をプレゼントにそっと乗せた。

「見つけたんだ、この切符、覚えているかな、あの日ナミに無くしたと話した切符だよ」

分かっているとでも言いたげな視線で、間ケ部は志木を見つめる。

「こういう時はきちんと届け出たほうがいいのかな」

質問の意図が分からないのだろう、間ケ部は一瞬眉間にしわを寄せると「普通は捨てるよ」と呟いた。その言葉に頷いた志木は、静かに間ケ部の手を握る。僅かに体を捩じらせた間ケ部は、一寸おいてその手を握り返す。一匹のトンボが二人の間で弧を描く。

「そうだよな、でもこの切符は、捨てるわけにはいかないんだ」

志木の言葉に目を丸くした間ケ部は勢いよく手を振りほどくと、切符を掴んだ。

「どうして」

動きこそ荒っぽいが、その声は悲哀に満ちている。

「ねえなんで、どうして捨てられないの」

「ナミ」

拳を固く握りしめた間ケ部の頬からは幾筋も涙が滑り落ちていく。

「そんなにあの子が大事なら…だったら」

そのあとに続く言葉を聞いてしまったら、いや、恋人に話させてしまったら、もう二度とこの関係は保てない。強く間ケ部の体を抱きよせた志木は、ゆっくりと呼吸をする。乱れた間ケ部の心を落ち着かせるために。

「聞いてくれ、ナミ」

震える間ケ部の全身から発せられる悲しみに、絶望に、秋風が吹けばいい。

「この切符は大切なんだ」

この高校生のようなデートに照り咲いた秋のヒマワリは暖かい。

「だってそうだろう」

その切符に刻印された日付はあの日、君と出逢えた日なのだから。

そうさ、それは男のエゴに違いない。

「馬鹿じゃないの」

ああ、男はみんな馬鹿なのだ。

涙声で話す間ケ部は半分あきれたように、耳元でささやく。

「そんな嘘に騙されると思うの?」

志木は心のなかで唱えていた。いまだけは騙されてくれ、だってそうだろう。

「ああ、その通りだ、それに今日は君の誕生日だ」

体を離した間ケ部は納得のいかない目線で、プレゼントの上に切符を戻す。

「喧嘩のたびに今日の事、持ち出すから」

その切符を受け取った志木は、そんな最愛の女性の髪をなぜる。

「そうしてくれ、そのたびに俺は今日の事を思い出す」

そう、そのたびに思い出すことが出来るのだ。本当は不格好なサンドイッチも、それにはさまれた具にまで散りばめられた君の優しさを。そして…。

「もう、そんな顔されたらもう私は怒れないし、泣く事も出来ないじゃん」

自分がどんな顔をしているのか、志木には分からない。プレゼントを志木に押し戻した間ケ部は小さな舌を出すとそっぽを向いた。

「せめてちゃんともう一回、やり直して」

日差しが苦手な君の横顔に、残る涙のあと。

俺はきっと今日のことを思い出すたびに、憂うのだろう。

君がどれほど愛おしいのか。

だからせめて、君にこの言葉を届けよう。

電車のドア越しでもなく、過去形でもない。新しい人生のレールに巡り合わせてくれたこのあの日無くした切符はいつまで使えるのだろうか。否、君がその終着駅に辿りつくまでずっと、君の隣で。足を正した志木は、間ケ部の頬に手を添えた。涙のあとに虹をかけることが出来るなら、あの日の自分に、そして目の前の君に。

「愛している、ナミ、そして誕生日おめでとう」

僅かに相好を崩した間ケ部にほほ笑みながら志木は、空を見上げた。そこにはオレンジをまぶしたような、夕焼。だからこそ誰に無く、空に囁いていた。そしてその声は誰にも聞こえなかった。


お読みいただきありがとうございます。

本当はもっとどろどろした展開を、とほくそ笑んでいたのですが作者自身最近は恋愛というものと離れていましてどうにもこうにも。。。

気がつけばこの形で完結しています。


私もここ最近は考えることが多く、この話の終わりも夜の海岸線をバイクで走っているときにふと思いついたものです。

え?運転が危ないと?

まあ、それは重々…もしかしたらこのある意味ハッピーエンドも夜空の星たちがくれた贈り物なのかもしれません。

とか、いいように書かせていただいておりますが今後もこのように不定期ながら小説を書かせていただければ、と思っております。


この小説を通じて、僭越ながら皆さんが「無くした」ものの意味を、なにかしら見つけられれば幸いです。


それでは、また。

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