第七幕 黒豹の正体 第四場 魔術師ラムダ 罪の重さに
なぜ逃げる なぜ追いかける
追いかけるから逃げていく
逃げてしまうから追いかける
背を向けられるのが
これほどまでにつらいとは
去る黒豹の後ろ姿に
あの子も痛みを覚えただろうか
あの子は思い出したのだ
知らないうちに積み上げていた
違う姿の俺との想い出
互いの瞳に写りこむ
己の姿に恥じらった夜
そしてあの子は逃げ出したのだ
騙しつづけて逢瀬を重ねた
本当の姿の俺を見て
こうして巡り会えればなどと
望むことすらしなかった
獣の姿を借りたからこそ
心と心で信じあい
さりげなくとも密な時間を
分かち合えたのだろうから
たとえ獣皮を隔てたキスであっても
たとえその雪肌をさすれなくても
両親にすら疎ましがられた
邪眼の俺の傷は
癒えて 満たされ
余りあるほどだったのだ
それなら何故いま追いすがるのか
追って捕らえて抱こうというのか
「あ……!」
とつぜん、ラムダが小さく悲鳴を上げて、もんどりうって倒れこんだ。さきに痛めた脊椎が、ふいに火柱みたいに激痛を突き上げたのだ。
思いきり地に打ちけられて、呻きながら身を半分に折る。
(ラームファダ……)
月明かりの射す紺の木陰で、乱れた髪が顔にかかるのもそのままに、魔術師の心は千々に乱れていた。
とつぜん崩れた背後の気配に驚いて、ラームファダは振り向いた。追ってきていた背の高い影が、足を取られて転び、地に叩きつけられるところだった。
「黒豹……!」
妖精の背に羽根が広がり、恋しい人の元へ一目散に飛んでいく。傍らに跪くと、綺麗な顔にかかった黒髪をそっと避けた。
青光りする豹の毛並みに、頬を寄せて接吻けた。
大地をつかむ鋭い爪に魅せられて、触れてみた。
苛立つ夜は野性の匂いにあやされながら、夢を見た。
(あのとき、わたしが接吻けたのは、触れたのは、寄り添い眠ったあの胸はーー)
誰のもの
(喉の奥を低く鳴らして、髭でわたしをくすぐったり、頬を伝って止まらぬ涙を、舐めてすくってくれたのはーー)
命を救ってくれたのは
ラームファダは、痛みに歪む男の頬をそっと撫でた。その冷たい指先が触れた瞬間、男は微かに目を開けた。
そして、月の女神が微笑み森の精が声を潜めて囁きかわすなか、噛みしめるように名を呼んだ。
「ラムダ」




