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ホッグ・ノーズ -Bygone days-  作者: ひろひさ
パルプ・フィクション

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33/33

ホッグ・ノーズ

 31日、午前9時。義人は憲政史上初の女性総理、高坂こうさか 志穂しほは義人に冴島処刑の命を下す。


「了解しました」


 佳歩から指示を受けた義人は19年ぶりに国有地化された東雲邸へと向かった。


 なぜこのタイミングだったのか。それは『超人化解消薬』という体内の「超人ファクター」をピンポイントで狙い撃ちし、遺伝子レベルで完全に無害化、通常化させる特効薬が完成したからだ。これは明日の6月1日、月曜日。全世界に大大的に発表される。自らの細胞や治癒能力のデータを研究機関に提供するという冴島の役目は終わり、もう用済みとなったのだ。世界がパンデミックの傷跡から立ち直り、新たな医療の恩恵に浴する現代。時代から置き去りにされ、疑似家族の真ん中でただ静かに佇む冴島はその生涯に幕を閉じることになる。


「ありがとうございます」


「お気をつけて……」


「いってきます」


 佳歩の言葉を胸に、門や東雲邸周辺を警備する優人の能力で造られた黒い龍人型の警備ロボットを一瞥する。ロボットは義人を認識し、周囲の警戒に戻った。


「…………」


 玄関は開いている。右の人差し指と中指を伸ばし、触腕を巻き付け、銃身を作った。音を立てないよう慎重に扉を開け、僅かな隙間に体を滑り込ませる。そして、気配を探ると、どうやら全員、リビングで固まっているようだ。


 ありがたい……。


 土足で家の中に上がり込み、足音を消してリビングへと近付いていく。テレビの音が聞こえてきた。どうやら映画かドラマを観ているようだ。ゆっくりと扉を開け、中の様子を窺うとソファ中央に冴島が座り、その周囲を女性たちが囲んでいる。計6人。全員があの日から止まっていた。


「……」


 義人はすぐさま頭の中でイメージを組み立て、扉を開ける。まずは冴島の後頭部を撃ち抜くと、右の3人の頭も弾丸で貫き、続けて左の3人の頭も撃ち抜いた。頭が破裂し、白いソファに血がダラダラと浸み込んでいく。


 終わった……。


 あっけない最後であった。部屋に不快な臭いが立ちこめる。義人は冴島に近づくとその首筋に超人化解消薬を撃ち込んだ。再生の兆候は見られない。


「終わりました」


 佳歩に連絡を入れる。なんの思いも湧かない。いつも通りの自分がそこにいた。


「ありがとうございます。すぐに処理班を向かわせます」


 通話を終え、家を出る。こうして冴島事件は幕を下ろした。


「戻りました」


「お疲れさまでした」


 義人は助手席へと乗り込み、息を吐く。あの頃と変わらぬ匂いが車内には流れている。15で超人となり、気付けば34。今年で35歳だ。振り返ればあっという間だったなぁとぼんやり思っていると、佳歩が口を開く。


「終わりましたね」


「え? ああ、そうですね。ようやくですね」


 そう言って、佳歩を見る。彼女も出会った頃と何も変わっていないように見えた。相変わらず綺麗な人だ。そう思っていると、彼女はいつになく真剣な面持ちで言葉を紡いだ。


「梅竹さん」


「はい?」


「いま、好きな人とかいますか?」


「いえ、いません。ご存じじゃないですか」


 何を言い出すかと思えばと、義人は笑った。


「ご興味はないんですか?」


 しかし、佳歩は笑わない。


「興味ですか? 興味はなくはないですけど、こんな体ですし……」


 薬が完成してすぐ、義人と優人は尋ねられた。元の体に戻りたいかと。だが、2人とももう今更だと断った。最後までこの力とともに向き合うことが自分に課せられた責任だと義人は口にしたのだ。そこに後悔など微塵もなかった。


「私は撃ちましたよ。超人化抑制薬」


「え?」


 解消薬と共に造られた抑制薬。希望者には無償接種が始まると発表が明日からある。


「これからも梅竹さんの隣にいる者として、先に打たせてもらいました」


「そうだったんですか。腕とか腫れたりしましたか?」


「いえ、特に何も」


「ああ、そうなんですか。それは良かったですね」


「ええ。それはそうなんですけど……」


 思い通りに話が進まない。そんな顔を佳歩は浮かべる。佳歩の思いが義人に届いていない。


「…………」


「…………」


 突如、気まずい沈黙が車内に流れ始めた。


 あれ? なんだ? 


 義人がそう思っていると、佳歩はポツリと呟く。


「もう、私のことはどうも思っていないんですね…………」


「え?」


 聞き間違いかと思い、もう一度聞き返してしまう。


「私の、ことは、もう、どうも、思っていないんですね!!」


 佳歩の口調が急に強くなり、義人は内心焦り始める。


「ど、どうも思っていないというのは?」


 何を言っているんだと義人は戸惑うばかりだ。


「だってそうですよね? 昔はあんなにも私に対して好き好き好きって態度に出してくれていたのにいつの間にか、スンって落ち着いた大人になっちゃって。あの頃の可愛かった梅竹さんはどこに行っちゃったんですか!? こんなおばさんにはもう興味がありませんか!?」


 佳歩のボルテージが徐々に上がって行く。


「突然どうしたんですか。いきなり…………」


 さっきまでは普通だったよな? と数分前のことを思い出していると、彼女はどんどんと捲し立てていく。


「どうしたもこうしたもありませんよ!! 冴島の事件にはケリがついた!! 抑制薬も打ちました!! 20代の肌艶を維持できるよう新技術に稼ぎの大半を湯水のように注いでいます!! これも梅竹さんたちのお陰ですけどね!!」


「はぁ…………」


「はぁじゃないですよ!! 何がはぁですか!!」


 肩で息をする佳歩を目の前にし、義人はもうどうすればいいのか分からない。ただ静かに彼女の話を聞くことに徹することしかできなかった。


「まあ、仕方ないですね。恋愛面ではおこちゃまですし。つまりはですね……。こういうことです!!」


 そう言って彼女は両手を広げる。


 ハグか……?


 意味が分からないと思いつつもこれ以上彼女を怒らせたくはないとそっと彼女を抱き締めた。甘い香りが鼻をくすぐる。なんだか落ち着く……。そこには柔らかな感触にドギマギしていた頃の自分はもういない。少しは成長できているのかと思っていると、彼女は義人に尋ねてくる。


「これで、私の気持ちは分かりましたか?」


「ええ、分かりますよ。友達、ですよね?」


 昔、そう言ってたじゃないですか。まだ覚えてますよ。


 その言葉を聞いた途端、彼女は固まる。


「違います」


「え?」


「なんで……なんで……」


 彼女は義人からゆっくりと体を離した。


「なんで分からないんですかぁー!!」


 そして、屈強な両肩を急に揺さぶり始める。


「何がですかぁ―!!」


 こうして、処理班がやって来たため後を任せ、2人を乗せた車は義人の自宅へと戻るのであった。そして、2人は結ばれる。人生で初めての恋人。義人は舞い上がった。15で出会い、いつの間にか大人になっていた少年は諦めていたものを手にし、生涯、彼女を愛し続けることを誓う。


 町を守り、国を守り、人々を守り、恋人を守る。自分1人では抱えきれないものは周囲の人と共に分け合い、ホッグ・ノーズは未来へと歩き続けるのであった。

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