世界が嫌い
私は、一人で教会の瓦礫を掘り返していた。
《エリニュス。もう少し右の方です。状況と構造から階段部分は残存していると思われます》
「こんなにっ!深かっ!たっけ!」
大きめの瓦礫を投げ飛ばしながら私は地下室を探した。
前に一度調べたが効果が分からず放って置いたもの。
まだ動けないドライやシューレの為に、動くにはもう数日必要だ。他にできることも無いのにジッとしていられず後回しだったコレを調べることにしたのだ。
ーーーようやく見つけた。
《お疲れ様です。開通前後で観測値に差が出ている事から、封をされている事で魔法が再発動している様でした》
だから遠ざけられる感覚があったか。しかし、私の場合は完全に誤魔化される事は無く、アルターエゴも手伝ってくれたので再び水晶の様なこれを拝む事が出来たわけだ。
私は、変わらずセンサーには映らず、しかし明らかにそこに実在している、それの表面に静かに手を置いた。
ただ、見た目通り固く無機質で僅かに冷ややかな感触を返すだけ。これ自体に何があるか、他が遠ざかっている今だから調べよう。
私は概念侵食の為に腕に紫電を纏わせる。
《観測不可能。予測不能。
敵性反応は有りませんが十分に注意して接触して下さい》
そして今度こそ、その表面に手を翳した時、今度は彼方から私の手を引き寄せてきた。それに逆らわず委ねれば今度は境界が解けて手が沈んでいく。
それと同時に流れ込んでくるイメージに、この物体の起源を知る事となった。
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私には妹がいた。
三つ離れた妹が1人。
釜の神ヘスティアから取って、暖かい心を持つ子になる様にとティアと名付けられた。
ティアは小さい頃から好奇心旺盛だった。両親のする仕事をジッと観察しては、飽きたら私の後を着いてくる。
少し大きくなってからは一緒に遊びに出かけたりした。必死に私の後を追うティアの姿はとても可愛かったので、私は時々振り切って隠れながら様子を見ては、やりすぎてティアを泣かせて両親に怒られたりもしたものだ。心から愛おしかった。彼女こそ私たち家族の、私の一番の宝物だ。
そんなありふれた、きっと幸せな家庭と言えるような家族だった。
変わり始めたのは私が13、ティアが10歳になった頃。
村の外から制服を来た人たちが来て魔法の適性がある人間を探していた。
前にも来ているのを見たことがある。5年に一度しか来ないので前に来た時の私たちは幼すぎたが、今年は検査対象になったらしい。
町の広場に十数人の同じ年頃の少女たちが集められて来る。
順番に椅子に座り、頭に何か大きな鍋の様なものを被せられると、そばにいる人が何かを書き取っていく。
「...低級、次!...低級、次!...無適性、次!」
呼ばれるがままに列は進み、いよいよ私の番。ティアは不安な様で私の手を離さずにいるが、直ぐ目の届く所に居るからと宥めて椅子に座る。
装置を被せられ、視界が閉じる。何か駆動音と妙なむず痒い感覚がする。
「...ほう、中級か。君、名前は?」
「...アンジェ」
「アンジェ君、軍は君を歓迎するよ。家族と共に来ないか?」
装置を外しながらそう言われたが、そんなつもりは毛頭無い。
「いえ、遠慮します」
「...そうか。まあ良い、生活に困ったなら軍の所属になる道も考えてみてくれ」
私はほっと胸を撫で下ろす。
聞くところによれば軍はワルキューレとかいう理外の怪物と戦うための組織だ。もし拒否できなければ、考えるだけでも恐ろしい。
だけれど、すぐ次の番にティアが座らされた時、話は大きく変わった。もはやそれどころではなかった。
息を呑む音が聞こえる。
「...上限値。まさかこれ程の逸材に会えるとは」
胸騒ぎがする。私はティアに駆け寄ろうとした。だけれど屈強な軍人の前で私の体躯など小枝のように軽い。軽々と抱え上げられて拘束され、身動きできない私の前でティアも同じ様に拘束を受ける。
「姉、ちゃん...」
「ティア!」
「悪いが、君は今から軍の管理下だ。私たちと一緒に来てもらうよ」
私は走った。1秒でも早く父と母に伝えるために。
でも居ない。庭の柵は薙ぎ倒され、扉は打ち破られていた。居間の立派なテーブルは壊れ、割れたティーポットから漏れたお茶だけが、両親が私たちが帰るのを待っていたのを示す。
膝から崩れそうになる。
だけれど、今一度私は自分を奮い立たせ、床にあるガラスの破片を一つ握って飛び出した。
まだ軍はここを去っていないはずだ。誰も居ないなら、私がやるしか無い。
これから私のする事は考えるだけでも寒気がする。だから、どうか誰も私に気付かないで。
不思議なことに、夕暮れ時で人通りが多いはずのこの時間なのに私は誰ともすれ違わずに広場まで来られた。
既にテントなどをたたみ始めていて、ほとんど残っていない。だけれど彼らが来る時の車列は外に駐留しているはず。
私は片付けている広場を縫う様に駆け抜けて、入り口の方へ向かった。
ーーいた。ぼろぼろに殴られ、引きずられる様に連れて来られた両親と、それを見せつける様に無理やり顔を向けさせられるティア。
どうして村の人間は誰もこの蛮行を止めない?何故ティアを連れ去るだけでなく両親まで?
奥歯がギリリと鳴る。無意識に歯を食いしばっていた。
手に握るガラス片は手を傷つけ、流れ出た暖かい血が滴り落ちる。
ゆっくりと呼吸を整えて、ティアを押さえつける男を見つめる。
私の様な少女でも、首を狙えば容易に殺せる。
兎や鶏を殺すのと一緒だ。
もはや眼中に他の事はない。両親の心配もだが一番はティアだ。
私はフラフラとした足取りで近づいて行く。
不思議と見つかる気がしなかった。当然こんな風に歩いていれば明らかであるのに。
あいつの喉を掻っ切り、ティアを奪い返す。後の事は後で考える。
いつのまにか目の前に立っていた。握ったガラスを大きく振りかぶる。
「...さあ、立て。種は植え込んだ。後は発芽を待つだけだ」
揺れる髪の間から、ティアの頭の傷と流れる血が見え隠れする。
「お前のせいでこうなっているんだぞ。さあ怒れ、怯えろ、お前の力を見せてくれ」
ああ。こいつは私たちの事をスカウトしにきた訳じゃない。ただの収穫だ。なら、これからする事だって正しい防衛なのだ。
ただのガラスにしては良い切れ味だった。しかし柄のない刃物では、わずかに狙いが狂った。
首の表面を切り裂きながら滑り、しかし狙っていた様に貫けぬまま肩口へ深々と刺さった。
「!?」
咄嗟に切られた首を押さえ、私を突き飛ばす。手を離されたティアはその場に崩れた。
男は私の存在を初めて認め、指差して叫ぶ。
「何をしてるか!おい、早くそいつをどうにかするんだ!」
だが、周囲の兵士は上げられた声に銃を構え周囲を見渡すが、私の姿を認める事はない。
「...?はぁ。なんの事でしょうか?」
「何もクソもあるか!その下手人を早く撃て!」
外からも駆けつけるが、私の姿を視界に収める者はいない。
この普通でない力。なんとなく使い道が分かる。
私は咄嗟に砂を掴んで男へ投げる。一瞬、防ぐために視界を遮った。これで十分。
「!?消えた...?」
戸惑っている内に、私はティアを掴む。彼女の事も認識できない様に。
男は立ち直り、ティアの方を優先しようとするが、既に姿は無い。
「おい!この付近を封鎖しろ!特級だ。絶対に逃すなよ!敵は姿を消す。隙間を作るな!」
すぐに通りは大勢に囲まれる。ティアを引き摺るまま彼らをすり抜ける道が無い。
なんとなく分かるという直感めいたものだが、これは錯覚に近いものだ。ぶつかったりして気付かれれば私の魔法は通用しなくなる。
私が考えている内に彼は最悪の手段をとった。
懐から拳銃を抜き、無事な左手の方で父に向けて銃を構える。
「おい!聞こえるか!お前はさっきの姉の方だろう!妹は軍のものだ。絶対に渡せない。だが大人しく引き渡せばこの件は不問とし、両親と問題なく暮らせる額もくれてやる!10数える内に出てこい!...10!」
ティアを置いて、両親を認識できなくする?でも彼らの最優先はティアだ。
「9!」
そもそも、私たちの事など人と思っていない連中だ。約束なんて守るか?
「8!」
時間がない。呼吸が早く、浅くなって行く。だめだ。思考を乱すわけには
「7!」
やっぱり手詰まりだ。一体、私なんかにどうしろと
「6!」
「...姉ちゃん...?」
「ティア!大丈夫!?」
ティアが目を覚ました。でも何が変わる
「5!」
「...逃げるよ、ティア」
両親の事、家の事。でも何よりティアが連れ去られる事も同じくらい許容できない。
「4!」
「でも、姉ちゃんッ...」
彼女は、打ち据えられて気を失っている両親から目を離さない。
「もう良い、せいぜい自分がした事を悔いろ!」
カウントはまだ終わっていない。それでも乾いた銃声が二つ。
目の前にあるは、完全に倒れ伏し、地面に血の染みを広げる両親だったもの。
「総員、ここを全て打ち壊してでも探し出せ!邪魔をする者は殺害も許可する!」
ああ、やっぱり。そんな感情しか浮かばなかった。
そして、命令を受けた兵士たちは嬉しそうに、悪魔の様な笑みを浮かべた。
邪魔そうに、私たちの両親だったものを蹴飛ばす。
「けっ、田舎者が余計な仕事を増やしやがって」
切れる音がした。それは理性か思考か。だけれど、私でない者の手によってここに一つの地獄が、彼らを裁く炎が顕現する。
私は抱いていたティアに突き飛ばされた。
彼女の周りの空気が揺ら揺らと、熱い炎に熱せられた空気の様に揺れる。
いや、事態はそれよりも酷かった。
「!?どうなってる!うわ、あああああああ!!!」
突然、数人の兵士が松明の様に燃え上がる。
それを皮切りに、周囲の空気がパチパチと弾けると、そのまま広場の入り口を封鎖していた兵士たちのそばで爆炎が立ち上る。
「居たぞ!特級だ!」
私の魔法の範囲を逸した攻撃に、誰もがティアの存在に気付く。
(ああ。本物ってこうなんだ)
全く的外れな事を考えていた。今はただ、炎に照らされて笑う彼女が何より恐ろしい。




