狐耳のお姉さんと天の岩扉
急に先ほど見た光景が実感を持ってしまい、あまりに極端な感情の奔流に吐き気を覚えて蹲る。自分が自分でないうちに取り返しの付かない事をしてしまった後悔が、身に覚えのない情報でもあり、痛切に感じる感情でもあった。足元が定まらない感覚に倒れそうになった。
だが、お姉さんが指をパチンと鳴らすと思考は霧が晴れた様にクリアになる。まるで長い年月をかけて折り合いをつけた過去の様な感覚。覚えているが自己との連続性を感じない過去の様だ。
一体自分に何をしたのか問おうとした機先を制する様に
「さて、聴きたい事を言ってご覧なさい」
まるで全てを知る様な落ち着いた声色に、問い詰める気概を失ってしまった。
それより大事な事だ。さっき自分の過去を見たのを皮切りに多くのことを思い出した。私が自分の力を怖がって封印する術を父に頼んだこと。一緒に父の研究所に行って、それで...それでどうなったんだっけ?確か今は500年くらい経ってるんだっけ?
「ねえ、お母さんは...」
「当然、死んでおるよ。遠い昔にな」
「なら...家に帰りたい...」
「ふむ...完全には思い出せぬか。残念だが無理じゃの。主の帰る場所はもう無い」
「どういう事?」
「そうじゃ、日本は滅びた。と言うより消えたと言った方がいいかの。国土ごと」
それは記憶にない。でも言っている事が本当なら家には帰れないだろう。
あまりに荒唐無稽な内容だが、言っている事が本当だと言う確信があった。
事実を認識して再び足元が抜けた様な心持ちで、目の前が揺れた気がした。
「なら、どうしてそうなった?その後私が目覚めるまでに何があった?」
聞かれた彼女は耳をぴょこぴょこと動かすと、目を伏せた。
「すまぬが、全て知っていても他ならぬお前様の頼みで、お前様の自発的に思い出せた分しか話せぬ。でなければ封印をせぬ主の力は...分かるじゃろう?」
そうだ、思い出したならあの力が振るえてもおかしく無い。そう思って試してみるが石一つ動かせる気がしない。
「かかっ、試したかの?残念じゃが今の主は身体も無ければ魂も不安定じゃ。わるきゅーれなる術が無ければ霧散してもおかしくないのだから無理をするでない」
残念だが、そういうことだと言い聞かせて思い返す。そういえば過去の自分の認識にワルキューレの概念は無い。だが、目覚めた時から私はワルキューレだ。一体ワルキューレってなんなんだ?
「...まあ、このくらいなら話して大丈夫かの。わるきゅーれなるは主が世界を変えてしまった後に作られた絡繰、主の為の絡繰じゃの」
「?」
いまいち要領を得ず、首を捻っていると
「それ以上が聞きたくば、もっと思い出してから来る事じゃの」
そう言うと、私に歩み寄り、優しく髪を撫でてくる。慈しみを感じるが、母とも違う。答えはまだ知らない部分にあるのだろう。なら、まず今をどうにかせねば
「さあ、現世での主は少々まずい事になっておる様じゃ。いつまでもここにおってはならん」
前にも味わった、戻される時の感覚だ。
だから、最後に一言だけ
「ねえ、私はどうすれば良いの!」
一瞬キョトンとした表情をする。
「かかっ、心のままに行動するが良い。どうせここでの事は正確には覚えて居れん。主の感じるままに進め」
暗い。いや、正確には五感が全く効かないのだ。そういえば身体の制御を乗っ取られたままだ。
(良い加減に抵抗は辞めにしたら?お姉ちゃんの防御硬すぎ!)
(勝手な事を言うな。まだ、私にはする事がある)
私は思い出した。今なら、少しだけ違う事ができるかもしれない。
私の力は、盾は防御のためじゃ無い。私はただ、世界が怖い。他人が怖い。何かを護りたいのではなく引き篭もりたい。
でも、誰かを守りたいと言う願いも確かにあった。
(勘違いしていたかもしれない、私のクラスの意味)
クラス:シールダー 封印第一段階 解除
こちらを照準した切先に再び焼かれる前に死に物狂いで回避しようとするが、避けきれなかった左腕が炭化する。尻尾こそ使っていないものの、既に瀕死に近い傷だし滅茶苦茶痛い。傷口の再生もしてくれない状態なので断面を火で炙って止血する。
高速で周囲を飛びながら私ごと貫こうと飛来する複数の槍を足元に転がっている盾を踏みつけて起こし、壁代わりにする。エリニュスの盾なら防げるかと思ったが、槍は盾を貫通して止まる。
だが、それより目の前で四肢を貫かれているまま動き続ける彼女に対する攻撃を優先する。既に10本を越える槍が突き刺さり、動きに干渉して動作は格段に鈍い。だが、自分の損傷なんて関係ないとばかりに致命傷以外は受ける、エリニュスの身体を使い潰す戦い方で攻勢を続けており、積極的攻撃こそなくなったもののランサーとは共闘関係にあるわけでは無い為、余計に気をすり減らす。
だが、ついにダメージの蓄積からか、数合の応報の内に、右手に決まった蹴りが刀を弾き飛ばした。
足を掴まれ、地面へ向かって投げられるが、力が弱まり続けているのか、私を掴んだ手は指先が僅かに炭化して崩れ落ちる。
刀を取り落とし、指向性を失った雷が放たれるだけになり、追撃も命中せずに近くの地面を焦がすだけだ。
エリニュスの肉体ごと滅ぼす訳には行かない。だが、戻し方も分からない。故にこそ、ここまで詰んでいた。だが今なら彼女を巣食うものだけ焼き殺せるかもしれない。そう思ったが、目の前で更に2本の槍に腹部を貫かれた彼女はついに飛行さえ維持できず墜落する。
もはや戦闘の意思も見せず、床を這って進もうとする。ただ、静かに横に降り立った槍を持った少女は彼女に最後の一撃を
「いや、待て!」
刺させる訳にいかないと彼女の背中に火球を放つが、それを貫いた投槍が私の肩を貫く。
「...貴方は後」
そう言ってこちらを見向きもせず、手にしている槍を振り翳す。
這いつくばるそれは振り返って槍を視線に収めると、右目が紅く光らせ、振り下ろされる槍は空中で彼我を遮る様に現れた透明な障壁に阻まれる。だが少しの拮抗の後、障壁を貫いた穂先は正確に脳を貫いた。
死んだ。それは事実として受け入れられた。
機能を喪失した彼女の身体を皮肉にも燻っていた私の炎が焼いていく。
「止まれ!止まれってば!」
私の炎なら制御できるはず。そう思って鎮火させようとするが、エリニュスを包む炎は少しも止まらない。
ただ燃え尽きるのを待つ残骸を脇目に、地に這う私に穂先が突きつけられる。
遂に終わりかと目を閉じた時、強烈に殴打する鈍い音が響く。
凄まじい執念と害意を感じる。でも、私が私であるために、これだけは渡せない。
「その盾ヲ、よこセ!!!」
まるで暗闇の中で見えない相手と取っ組み合っている様な感覚だ。ここを通してしまったら、私は全てを失ってしまう。当然、そんな事はさせない。
ただ、拒絶の意思を持って押し返す。
身体を突き刺すような痛みと苦しみが襲い来るが、関係ない。ただ目の前の悪意を拒絶するだけだ。
「ナゼだ!何故私達を拒絶する!生きる為の意思も持タナい、お前なんカより私が使う方が有意義とイうものだロう!」
「それは間違いだ!確かに傲慢かもしれない。怠惰かもしれない。でも、私が今ここに居る事は犠牲の上。それに」
さらに力を込めて押し返す。
「醜い感情だけで生きたって、綺麗事じゃなくたって良いじゃない!」
突き通そうじゃないかエゴを。何処までも醜く世界を拒絶するのが私ならば、それで
次第に弱まっていく抵抗を感じる。それに、どこか暖かな感覚も。
「ああああアアアああ、お前みたいな覚悟も信念モないようなヤツに!!!ふざけるな!フざけるな!わたセ!私によこせ!」
強烈な炎の燃え盛る熱を感じる。私の前で焼かれていく感覚を、しかし私に炎が及ぶ事はなく
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