洞窟
3作目となります。竜の物語にお付き合いいただけるとありがたいです。
暗く、長く、冷たく、淋しく、退屈な洞穴、中には毒沼が存在し、もし入れば容赦なく溶かし尽くされる。そしてそこには一体の竜が住む。人間は魔の洞窟と言う、それが俺の住む所だ。天井に開いた小さな穴から、僅かに光が入り込む比較的明るい空間。俺はそこで横になり眠っている。
俺は翼竜、西洋のドラコンの姿と思えば良い。空を飛び火を吐く、そして鉄壁の硬い鱗を持っている。竜に寿命はない。狩られない限り永遠に生き続ける。そのせいで世界を知り尽くしてしまった。暴虐の限りを楽しみ尽くしてしまった。もう、成す事が無くなってしまった……。過去の思い出を繰り返すだけの竜、それが俺だ。
たまに楽しく感じる出来事は有った。討伐だ、人間の勇者だの騎士だのがやってきては俺に刺激を与える。だが結局俺の腹に入るか、毒の沼に消えるかの違い、結末はこれしか無かった。つまらん。俺を楽しませる強者はいつ現れるのだ。俺を倒せる人間は存在するのだろうか。そんな事を考え続けてどれほどの時が過ぎただろう、俺が寝ていると耳元で何やら音が聞こえる。
カサカサカサ……
足音……人間か? 何かを仕掛けてくるようだ。気配を消せない程度の人間など、どうせ大した攻撃など出来はしない。このまま待ってやろう。
「あっ! ここにもある!」
ん? 人の子供の声がする。一体何をやっている? ここは魔の洞窟、毒沼が有り竜が住む危険な場所だ。目を閉じたまま聞き耳を立てる。
ごそごそ……
「よいしょ、いーよいしょっ」
何をしているのだ? 薄目を開いて見てみると、俺の周りを人間の子供がうろつきながら、草をむしり取っている。こいつは俺が居ることに気が付いていないのか? それで腹が減って、食い物でも集めていると言ったところか。俺の周りは体温で少し暖かい、そこに湿気で草が生えている。そいつを取っているのだ。
「ふう、これだけあれば十分かな」
俺の周りを這い回る小さな生き物は、籠いっぱいに草を集めると、俺の鼻先に座り込んだ。こいつはわざわざ食われに来ているのか? 食うにしても美味そうに無い。小さいし痩せているし、そもそも食う所が無い。まったく薄汚い子供め、少しからかってやろう。俺は背中越しに鼻息を吹きかける。
ブォーーーッ! 「ひゃっ! わわわわわわわっ!」
うす汚く小さな子供は転げながら吹き飛び、足を上にしてひっくり返った。その様があまりに滑稽で笑ってしまった……笑った? 最後に笑ったのは何時だろう。王の軍を蹂躙した時? 城を焼き尽くした時? もう忘れた。本当に久しぶりに笑った。
「うわぁ……すごい……」
その子供は俺を見上げると驚いた顔をした。恐怖に顔を歪めるわけでも無く、泣き叫びもせずに、ただ俺の事を見ている。しばらくすると子供は周りを見渡し、籠を見つける。
「あっ……うわあああん!」
そして、泣きながら走り去っていった。俺が吹き飛ばした時に、籠は毒沼まで飛ばされ、無惨な姿で溶け始めていた。これでここがどう言った場所か身にしみただろう。もう二度と来ることは無い。ここは子供の来る場所では無いのだ……。
ところがまた来た。別の籠を持ってきている。しかも、しばらくこちらを見た後、俺が動かないのをいい事に、また草をむしり始めた。今度は少し懲らしめてやろう。俺は立ち上がり、食わんばかりの勢いで咆哮する。
「グオオオオオオッ!」
「あうう……うわあああん!」
今度は涙目になって口を尖らせ、籠を持ったまま逃げていった。もしも次に来たら本気で食ってやろうか。マズそうだが……。しかしそれから子供が来ることはなかった。となれば良かったのだが……。
それから数日が過ぎ目を覚ますと、まだ懲りずにやって来ていた。今度は少し離れた場所で絵を描きはじめている。まあ近寄ってくる訳でもないし、どうでも良い。俺の絵を描いて勇気を自慢したいのだろう。放っておこう。
しばらくして気がつくと、人間の子供はいつの間にか姿を消していた。子供の居た場所に木製の盾が置かれている。盾はこちらに向けて立てかけられ、そしてそこに黒く何かが描かれていた。なんだ? 呪いか? 子供にしては器用だな。
目を凝らしてよく見ると、黒い墨で描かれた何かの絵だ。しかし下手すぎて何を描いているのか全く分からない。なんだ、俺の勘違いか。俺はまた笑った。今度は自分自身の滑稽さに。こんなもので俺が滑稽だと思わせるとは、大したものだな。今度来たら食わずに居てやってもいいだろう。
しかしそれから子供が来ることは無かった。残された盾を眺めて思い出す。俺のねぐらには盗賊が入り込むことがある。アジトを作ろうと考えて俺の前に現れるのだ。俺が居ると知らずに入ったのは顔を見れば分かる。皆一様に恐怖に顔を引きつらせ、その場から逃げ去るのだ。腰を抜かせて装備を落として。あの盾もその一つだろう……。
あいつは籠を持って帰っていたな。腰を抜かすことも無く籠を落とすことも無く。あいつはいったい何者なのだ? 何故こんなところにやって来た。この黒い絵は一体何なのだ?
そしてその答えは、幾つかの年月が過ぎて知るこ事となった。意外な程あっけなく。その答えは私の前に姿を現した。
「竜様、また薬草を貰ってもいい?」
以前のように薄汚れてはいない、成長して少女らしい服装を着ている。そして青く透き通った瞳が、臆すること無く私を見据えている。人間の成長は早いものだ。あれほどの軍勢を作り出せるのも納得がいく。そう考えていると、少女は勝手に話し始めた。
「疫病が広がって……薬草が必要なの」
「怒ってる? 勝手に持って行ったから……」
「せっかく育ててたのに、私が取っちゃった……」
青い目が木の盾に向けられる。かつてこの少女が残していった物だ。
「こんなのお礼にならない……よね?」
「あのっ、ここの薬草をください、そうしないと……」
「薬草をもらえたら、代わりに私を食べ……えっと、お仕えします!」
「だからお願い、薬草を採らせて! うううっ……」
なるほど、俺の周りに生えているのは薬草なのか。わざわざこんな所に来なくても良いだろうに。まあいい、頭がすっきりして気持ちがいい。俺に敵意を向けるどころか仕えると抜かした。命乞いとしてな。
俺がこの雑草を守っていると勘違いしてわざわざ自分を捧げるのか。実に面白い、人間のバカさ加減は見ているだけで面白い。今すぐ食ってやろうかと考えたが、良いだろう、俺も退屈だ、良い暇つぶしになる。しばらく様子を見てやろう。俺は勝手にせよと言う態度で横になって見せると。先ほどまでの泣きっ面が満面の笑顔になった。
「ありがとうございます! これでみんな助かる!」
少女は大喜びで俺の周りを歩き回り、薬草の採取を終えるとお礼として頭を下げながら名を名乗った。
「私の名前はアルム、ありがとうございます、ラルゴ様」
少女アルムはそう言うと走り去ってしまった。人間は私の名をラルゴと言うのか? 何故? どういう意味だ? また疑問を置いてゆく。俺は立ち上がり考えてしまった。ちゃんと来るのだろうなと。いや、俺は一体何を期待して居るのだ。バカバカしい、どうせ食っても旨くも無いのに……。俺も意外と愚かなのだな……。
俺は再び横になる。俺の目には以前残された木の盾が映っていた。あれは俺を描いていたのか? 今度来たら文句の一つも言ってやりたい所だ、さて、どうやって伝えてやろうか……
そして俺は眠りについた
基本的には竜と少女の2名で物語は進行します。
絵本のようにシンプルな物語となる予定です。