2話 垂れ下がるキブシを見上げて
その日の放課後に4組の教室で陣内くんたちと顔を合わせるが、男子の組み合わせが意外で少々驚いてた。
「すごい豪華な面子だよねぇ。私たち刺されない? サッカー部の陣内くんに生徒会の書記の仁井くん、それに剣道部の古川くんだよぉ」
朱莉が私だけに聴こえるように声をかけてくる。陣内くんは記憶にあまり残っていなかったけど、仁井くんはよく覚えている。
1年生の頃同じクラスで学級委員を勤めていて、成績も非常に優秀で3学期連続で学年1位を取った。
古川くんは背の高さは陣内くんと変わらないはずなのに、筋肉質なせいでかなり大きく見える。そして、今年の夏に全国大会に出たほど剣道が強いらしい。
3人とも女子人気が高い男子たちだが、一緒にいるところを見たことがない。仲がいいとは知らなかった。
「あぁ、僕たちは学校は違ったけど小学生の頃同じ剣道場にいたんだよ。僕は中学までだけどね」
仁井くんが私の疑問を察したようで、3人の関係を教えてくれた。
「俺はサッカーの方が面白くって中学に入る時にやめたけどな。剣道の礼儀とか教えとかは割りと好きだったけど、やっぱりサッカーの方が面白いぜ」
チャラチャラした見た目と違って、陣内くんは礼節や伝統を重んじるのが好きなようだ。
「さて、それじゃ自己紹介から始めようか」
「おぉーこれで学校じゃなかったら合コンじゃね? 盛り上げていこうぜ」
「茶化すな晋作、まずお前からやれ」
「任せとけ!俺は陣内晋作サッカー部所属。運命のダーリンを求めてファンタジーワールドを旅する恋のFW、君の心にゴールを決めるぜ」
残念すぎる。喋らなければホスト風でかっこいいのに喋るとチャラ男を通り越して売れないお笑い芸人だ。
「私は橘日菜乃、弓道部所属。運命のハニーを求めてファンタジーワールドを旅する恋の狩人、貴方の心を射るわ」
シンパシーを感じたのか、ハイタッチをして盛り上がる二人を尻目に古川くんと朱莉が何やら難しい顔をしている。
「あかり、アレに続かないでいいからね。普通にやっていいよ」
「んー……あのねぇゆき。ダーリンとハニーって逆じゃないの?」
「俺もそれは思った。どう言うことだ
「親愛表現だから男性とか女性とか関係ないのよ。まぁ、日本では男性のことをダーリンって表現するけどさ…」
この二人はこの二人で若干ずれてる気もする。
朱莉の腕を突っつき、変な流れになる前に強引に自己紹介を進めさせる。
「私は新田朱莉です。ひなちゃんと一緒の弓道部で、陣内くんとは去年クラスが一緒でしたぁ。ファンタジーワールドにいったら思いっきり食べ歩きがしたいです!」
「古川秋水。剣道部所属。ドラゴンと戦ってみたい」
「私は水田有希、帰宅部で普段は飲食店でバイトしてます」
「最後は僕かな? 生徒会所属の仁井昴です。えっと一通り自己紹介も終えたし話進めていいかな?」す
仁井くんがパンフレットを机の中央に出して、パーティーシステムのページを開く。
「このゲームは『グループ』と『パーティー』があって1グループは最大で4人まで。それで、『グループ』が3つ集まると『パーティー』を作ることができるらしいんだけど、6人いるから二人一組のグループを作ってパーティーを組むってことでいいのかな?」
「問題はないがパーティーとグループの違いは何だ?」
古川くんが目を細めて疑問を述べる。剣道をやっているだけあってか、鋭い眼光だ。
「効果範囲に影響があるのとパーティーになれば、パーティー集会所が使えるくらいしか正直分からないな」
「すーばるせんせー効果範囲ってなんですかー?」
「えっとな……魔法に関係するらいしんだけど、僕はそこ読み込んでないんだよな」
頭を軽く触って「困ったな」と呟いている。
「ゆきちゃんは『魔法使い』目指すのよねぇ?」
「お? なら水田さん説明を頼めるかな?」
思わぬ伏兵の登場に皆の視線が集う。
陣内くんの質問に答えるために、私はゆっくりとページをめくる。
「あったあった、ここだよ。例えばここに書いてある回復魔法は全部で4つあってね」
「まずは1つ目」と右手の人差し指をゆっくりと立てる。
「1つ目はグループのメンバーだけを回復させることができる『Gr:小回復』、2つ目がパーティーを回復させる『Pt:小回復』」
小さく咳払いをして、説明を続ける。
「3つ目が術者を中心に範囲内にいるプレイヤーを無差別に回復させる『Ra:小回復』、4つ目が誰か一人を回復させる『Ta:小回復』があるの。それとフレンドリーファイア対策にもなるよ」
私の説明に皆が納得の表情を見せる。
「ねぇねぇ、フレンドリーファイアってなぁに?」
朱莉が軽く首を傾けて尋ねくる。
「フレンドリーファイアってのは誤射のことだね。グループかパーティー登録してなかったら、攻撃魔法に巻き込まれてダメージを受けたりして危ないの。でも、パーティー登録してたら、攻撃魔法でも背後から飛んできた矢でもノーダージになるのよ」
フレンドリーファイアは昨日、流し読みをした所に書いてあった。少しあやふやな記憶を便りに説明したが、上手くできたようだ。
「ゆきっちさっすが!」
「ゆ、ゆきっち!?」
初めての呼ばれ方に驚く。
陣内くんと話すのは今日が初めてだけど、初対面とは思えないほどぐいぐいと来る。男女共に距離感が短いタイプらしい。
「うちのゆきは非常に優秀ざますよ」
「お義母様。娘さんを僕に下さい!」
「あらやだわぁ、貴方の年収では釣り合いませんことよ」
日菜乃と陣内くんのコントを無視しながら仁井くんに「続きをどうぞ」と説明役を代わってもらう。
「パーティー集会所が使えるらしいけど、これはパンフレットに名前が書かれているだけで他に情報がないから分からないな。あとは『PTS:礼拝』と『PTS:召集』『PTS:合流』が使えるってことだね」
「ん? 何だそれは?」
古川くんは朱莉と同じく、職業説明しか読んでいないのだろう。二人して首を傾げている。
「『PTS:礼拝』はパーティー全員で、指定された教会にワープできる機能で『PTS:召集』は離れているパーティーメンバーを呼び出す事がでて『PTS:合流』は別の場所にいる人の所に行けるスキルだね」
ほうほうと古川くんと朱莉が首を振る。その姿がシンクロしてて面白い。
「そのパーティースキルはいつでも使えるのぉ?」
朱莉の疑問にパンフレットに目を向けて答える。
「それが分からないのよ。このパンフレットはさ、情報不足なのよね」
薄いパンフレットを摘まむ。まだ大学のパンフレットの方が分厚い。
「あ……。あと、グループ通話とパーティー通話ができることと、地図に仲間の位置が表示されるってことも書いてあったよ」
パーティー機能で思い出したことを追加で伝える。
「もっと詳しい情報が欲しいよな」
「そうだよね……」
仁井くんの嘆きに同意して、お互いにため息をつく。
沈んだ空気を払拭するように陣内くんが職業ページを開く。
「とりあえずパーティーは組む方向にしてさ、それより職業何にする? 俺はやっぱり剣士だなモンスターどもをぶったぎってやるぜ」
「うちは弓使い! 居抜きたい、めっちゃ居抜きたい!」
やはり波長が合うのだろう。陣内くんも日菜乃も深くは考えずに職業ページを見ているようだ。
「待て待て、まずは先に説明する。晋作、お前読んでないからわからないだろ」
「おう! 開いてもないぜ」
「自慢げに言うなよ!」
仁井くんがガクッと肩落とす。どうやら苦労人タイプのようだ。
「えっと、各プレイヤーは始めに1つだけ職業スロットに空きがあって、そこになりたい職業をセットするシステムだ。『前衛』『中衛』『後衛』は最初からセットできて、それ以外の職業は職業取得テストを受けないとなれないんだ。そして、職業のレベルを上げるには進級テストに合格しないといけないんだ」
一般的なRPGとは違い、モンスターを倒しただけではレベルが上がることはない。極端な話、進級テストにさて合格すればモンスターと1度も戦うことなくレベルを最大値まで上げることができる。
「つまり、剣士になるなら剣士のテストに合格すればいいってことじゃん。分かりやすいねブラザー」
「それで『ジャンパー』とか『ランナー』ってなに? ブラザー?」
日菜乃が陣内くんの真似をしながら質問をする。
「『ジャンパー』は高くジャンプができる『ランナー』は長距離が走れる」
「へ?それだけなん?もっとこー戦ったりはできんと?」
「できないね。でもかなり重要な職業だよ」
仁井くんの回答に補足を入れるべく、身体能力のページを開く。
「えっとね……ひなの。ゲームの世界だと老若男女問わず身体能力は皆同じなの。例えば私と古川くんが腕相撲をしてもここだと負けるけど、ゲームの世界だと引き分けると思うの。かけっこをしても走り方やスタートの方法とかの技術力で勝敗が決まっても、身体能力は一緒なのよ」
「その技術力って部分がプレイヤースキルだよ。『ランナー』とかはバッシブスキルって思ってくれたらいいかも。単独では意味がないけど他と組み合わせると強くなる職業だよ」
ゲーム視点からのフォローを仁井くんがしてくれる。私では書かれてないこと以上の説明はゲーム経験の無さから難しい。
「ちなみにベータテストの時に『スプリンター 50』で100メートル8秒切って、『スプリンター 80』で1秒切ったってブログに書いてあったよ」
私はパンフレットにしか目を通してないが、仁井くんは山口くんと同じで情報解禁からブログを読み漁ったのだろう。
「僕は『剣士』と『スプリンター』を取って、一瞬で敵を斬り倒すつもりだよ」
「ウェイウェイウェイ! 待った待った。それは俺がやるからお前は槍でも持ってジャンプしとけ」
「晋作。お前は銭でも投げてろ。俺が切る」
「うちらはどうすっと?」
「私は魔法とか使ってみたいから『魔法使い』目指すよ」
「私はやっぱり『弓使い』やりたいなぁ」
「だよね、うちもやりたか。被ってよかかな?」
男子3人は誰が剣士をするのかで揉めているが、私たち女子3人は日菜乃と朱莉が希望が被った。
「被ってもいいんじゃないの? 職業は付け外しができるから1つを極めるもよし、バランスよく育てるもよしだと思うよ。それに最初はスロットに空きがないけど、シナリオやクエストを進めると空きスロットが増えるからさ『弓使い』と『ピッチャー』って組み合わせでもいいんだし」
「『ピッチャー』?」と首を傾げる朱莉に、パンフレットの『ピッチャー』と書かれた職業紹介ページを見せる。
朱莉とは中学は別で詳しくは知らないが、昔野球をやってたと聞いたことがある。『ピッチャー』なら投てき武器を使ってモンスターと戦うこともできるらしいから、昔の経験が生かせたらいいなと思っている。
「それもありだねぇ。もう少し悩もうかなぁ」
「まずは読み込まないといけんけどね」
「あぅ……」と目に見えて落胆する。
男子3人は未だに誰が何をやるかで揉めているうちに、日菜乃と朱莉に確認しておきたい事があった。
「ねえ。1日の体験時間が6倍になるから元旦のお昼から翌日のお昼までだと、体感時間で6日間はゲームの中に居ることになるけど大丈夫?」
「うちはもとよりそのつもりやったけど?」
「男の子が一緒でびっくりしたけどぉ、私もいいよぉ」
「俺らもこんなにも可愛いハニーたちと一緒で最高だよ」
「あら、エスコートはしてくれますの?」
「もちろんさプリンス」
いつの間にか職業討論は終わっていて、私たちの話を聞いていたらしい。
仁井くんに目を向けると軽く頷いた。どうやら男性陣も問題はないらしい。
「ところで始まりの街は決まっているのか?」
古川君がスタート地点と書かれたページを指差す。
「あーそれなんだけどな……。世界地図が公表されてたいんだ」
「なぜだ?」
「未知の世界を旅する楽しみを味わって欲しいんだってさ。その代わり、1度行った場所をオートマッピングしてくれる地図が貰えるらしいよ」
「何だよそれ、めんどくさいな」
陣内くんが大げに落胆する。
「今は街の名前はしか分からないけどさ、これから小分けで情報が出されるらしいから、それ待ちだな今は」
「なるほどな……。あ! すまん、部活があるからもう行くぜ」
時計を見た陣内くんが慌てて部活にいく準備をする。
日菜乃や古川くんも部活があるため準備をする。今日はどうやらお開きのようだ。
最後に陣内くんが「それじゃみんなで盛り上がっていこうぜ! 楽しんでいこうぜ! 元気出していこうぜ!」と言って場を閉めた。
次回のお話でゲームの世界へいきます。