EP 5
飲茶の散り様。網に残された無惨なクレーター
「ヘヘ……これなら楽勝だな。俺が全部、ぶっ倒してやるぜ」
タロキンの食材ショーケース。その隅に置かれた保温器の上で、アルミホイルの小さなカップに身を包んだ『漢』が、不敵な笑みを浮かべていた。
飲茶。
シュウマイや小籠包といった点心の総称である彼は、焼肉バイキングにおいて「肉の合間の箸休め」というポジションに甘んじている。
だが、彼は知っていた。己の内に秘められた、炭水化物(皮)と脂質(豚ひき肉)の凶悪な密度の高さを。
たった数個口にするだけで、胃袋にズシリと重くのしかかり、客の「もっと肉を食べたい」という欲望を打ち砕く、隠れた実力者であることを。
「飲茶! 無茶するな!」
トンデモナイトが、分厚い豚バラ肉を震わせて叫んだ。
「お前がいくら腹に溜まるとはいえ、あの芋ジャージの小娘の胃袋は次元が違う! 単機で突入するなど、自殺行為だ!」
「トンさんよぉ……心配しすぎだぜ」
飲茶は親指で自身の胸をポンと叩いた。
「カレーライス部隊がエルフの女を足止めしてる今が好機だ。あの芋ジャージの小娘……リーザとか言ったか? あいつの腹の虫が鳴き止まねぇのは、まだ俺様の『本気』を味わってねぇからだ」
飲茶の目に、強者の余裕ともとれる鋭い光が宿る。
その自信の根拠は不明だが、彼は自分がこのタロキンのお肉防衛軍の中で、最強の戦士であると本気で信じ込んでいるようだった。
「ここらでお遊びは、いい加減にしろって所をみせてやりたいんでね」
言うが早いか、飲茶はアルミホイルのカップごと、ショーケースの壁を蹴って跳躍した。
空を舞う彼の視線の先には、灼熱の業火が渦巻く魔導グリル――優太たちが待ち受ける『最前線』があった。
「やめろぉぉぉっ! 飲茶ぁぁぁっ!」
トンデモナイトの悲痛な叫びが、ショーケースの中に虚しく響き渡る。
***
シュゥゥゥゥッ……!
網の上に、一つの影が舞い降りた。
着地と同時に、アルミホイルの底が網の熱線に触れ、かすかな音を立てる。
魔導グリルの中心、最も火力の強い『ホットゾーン』である。
「ん? 敵の空挺部隊か……いや」
トングを構え、緻密な温度管理を行っていた俺――中村優太は、網の上に突如として現れた異物に目を細めた。
「……点心、飲茶か。バイキングの伏兵だな」
俺はCQCの教官から教わったサバイバル理論を脳内で反芻した。
焼肉において、飲茶やフランクフルトといった加工肉は、火が通っているためすぐに食べられる反面、胃袋の容量を無駄に圧迫する『地雷』である。
「チッ、網の上に直接陣取るとは……だが、アルミホイルごと乗っているせいで、網の熱伝導率が狂う。速やかに排除しなければ」
俺がトングを伸ばそうとした、その時だった。
『きゅるるるるるるるるるるっ……!!』
隣の席から、地盤沈下でも起きたかのような恐ろしい轟音が響いた。
芋ジャージ姿の人魚姫、リーザの腹の虫である。
彼女は両手に割り箸を固く握りしめ、瞳孔をガンギマリに開いて、網の上の『飲茶』を凝視していた。
「……お肉の、匂いがしますの。炭水化物と、お肉の、高カロリーな匂いが……!」
パンの耳と水道水で三日間耐え抜いた彼女の生存本能が、限界を突破しようとしている。
一方、網の上の飲茶は、リーザのその異様な殺気に気づいていなかった。
むしろ、彼は自分のテリトリー(網の上)に引きずり込んだと錯覚し、勝ち誇ったように身をよじって熱気を放ち始めた。
(ヘヘッ……来たな、芋ジャージの小娘! 俺様の特製肉汁と、分厚い皮の弾力で、てめぇの胃袋を破裂させてやるぜ!)
飲茶は、自身の内に秘めた熱々の肉汁を、リーザの口内へ噴射するカウンター攻撃の構えをとった。
(俺のスピードについてこれるか!? さぁ、来やがれ!)
飲茶がそう意気込んだ、次のコンマ一秒。
――ヒュンッ!!
大気を切り裂くような、鋭い風切り音が鳴った。
銀色の閃光が、網の上を一瞬だけ走る。
それは、リーザの『割り箸』だった。
極度の飢餓状態が生み出した、人間の限界を超える反射神経。マッハの速度で繰り出された箸の先端は、飲茶がカウンターの肉汁を噴射する隙すら与えず、そのふっくらとしたボディを両側から完璧にホールドした。
(なっ……!? は、速ぇ……!?)
飲茶の思考が、現実に追いつかない。
気づいた時には、彼の身体はアルミホイルのカップから引っこ抜かれ、空を飛んでいた。
向かう先は、ヨダレを垂らして大きく開かれた、リーザのブラックホールのような口腔。
「いただきますのぉぉぉぉ!!」
ガプゥッ!!
咀嚼音すら、まともになかった。
リーザの強靭な顎と牙は、飲茶のボディをたったの一噛みで粉砕し、熱々の肉汁ごと、虚無の胃袋へと飲み込んでしまった。
「……ふぅ。美味しいですの。でも、全然足りませんわ」
リーザは何事もなかったかのように口元を拭い、再びギラギラとした目で次の獲物を探し始めた。
時間にして、わずか一秒の出来事である。
網の上に、静寂が落ちた。
「…………」
俺は、無言でトングを宙に浮かせたまま、網の上を見つめていた。
そこには、つい先程まで威勢よくふんぞり返っていた『漢』の姿はない。
ただ一つ残されていたのは、飲茶が入っていた『丸いアルミホイルのカップ』だけだった。
中身を乱暴に奪われたせいで、アルミホイルの縁は無惨にひしゃげ、底はベコンと凹んでいる。
その丸く凹んだ銀色のカップは、まるで……爆発跡に残された『隕石のクレーター』のように、網の上で虚しく熱風に吹かれていた。
俺は静かにトングを動かし、その無惨なクレーター(アルミホイル)を摘み上げた。
「……アルミホイルは網の温度を下げる。戦場に不要なゴミ(デブリ)は、速やかに撤去する」
冷徹な医官の判断の元、飲茶の生きた証であるクレーターは、俺の手によって卓上のゴミ箱(骨入れ)へとポイと捨てられた。
***
「……あ、あ……あぁ……っ」
その一部始終を、ショーケースの防弾ガラス越しに見つめていた『お肉防衛軍』たちは、恐怖と絶望に凍りついていた。
強者のオーラを放ち、自信満々に飛び出していった飲茶。
彼が、何の抵抗もできず、必殺の肉汁攻撃を放つ暇すらなく、秒殺された。
後に残されたのは、無惨なクレーター(アルミホイル)だけ。
「ウソだろ……あの飲茶が、手も足も出ずに喰われたっていうのか……!?」
「あんなの、魔物だ……勝てるわけがない……!」
タン塩もカルビも、あまりの圧倒的な力の差に、カタカタと震えを止められない。
そして、誰よりも飲茶を止めようとしていた男――トンデモナイトは、ガラスに分厚い豚バラ肉を擦り付け、絶望の涙を流していた。
「飲茶あああああああああああっ!!」
トンデモナイトの悲痛な絶叫が、ショーケースの冷たい空気を切り裂く。
なぜ、俺はあいつを力ずくでも止めなかったのか。
お前のその無駄な自信は、いったいどこから来ていたというのか。
「無茶しやがって……! 無茶しやがってぇぇぇぇぇ……っ!!」
誇り高き戦士、飲茶の死。
それは、お肉防衛軍にとって、魔王の本当の恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれた瞬間であった。
だが、悲しみに暮れている暇はない。
魔王たちの腹の虫は、まだ鳴り止んではいないのだから。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




