1話 異世界転生
異世界に転生して、伯爵令嬢デボラとして育った。私には姉のキャシーがいて、普段からよく話していた。
キャシーと会話することはとても楽しかった。私はキャシーのことを姉として好きだったし、尊敬もしていた。でも、ある日家でキャシーが怖いことを言い出した。
「この前、町で殺人事件があったそうですわ。この前から騒がれている、例の有名な事件のことです。殺人犯の男性は捕まったそうですけれど、すごくかわいそうでしたわ。あんな背景がなければ、その男性は人を殺さなかったでしょうし」
キャシーの発言の意味が分からなかった。その殺人事件の犯人、そんなかわいそうな境遇だったかな。
「キャシーお姉様の言っている殺人事件とは、十歳の子どもが殺害された内容で合っていますか。犯人は子どもの父親ですよね」
そのように伝えてみた。親が子どもを殺すなんて、すさまじくむごいことだと思う。
「はい。その殺人事件で合っていますわ。お父様は不倫なさっていたそうです。お父様の前で、子どもが泣いたり怒ったりしてしまったのではないでしょうか。子どもがお父様に殺されたのも当然でしょうね」
どうしよう。キャシーの言っている意味が分からない。
父親の前で子どもが怒ったり泣いたりしたら、子どもは殺されて当たり前だと言いたいのか。そんなバカげたことを言う人間がいるのか。そんな思想が存在することすら、私には信じがたいんだけれど。
「その事件の父親がかわいそうだと、キャシーお姉様は言っているのですか。私の聞き間違いでしょうか」
そのように聞きつつも、ありえないと思った。キャシーはそんなことを言っていないに違いない。そうだろう。
「はい。その通りでございます。あの殺人事件は、子どもが悪かったのだと思います。あと、母も悪いでしょうね。お父様の心を、母が繋ぎ止めなかったから、お父様は不倫してしまったのですわ。もしかして、母は女として嫉妬してしまったのでしょうか。母なら女として生きるのではなく、母親らしく我慢しないといけませんわ」
キャシーの発言が信じられない。嘘でしょ。私の耳が壊れたのか。
あと、発言内容だけでなく、言い方も不愉快だ。父親は『お父様』、母親は『母』と、呼び方に格差をつけているところも変だし。
それに、『母なら女として生きるのではなく』みたいな表現、個人的には結構嫌いだ。その言い方だと、女性という性別自体が悪いみたいに聞こえるよ。もちろん、恋愛的に生きるのではなく、親として正しく生きなさい、みたいな比喩表現なんだろうけれどさ。母親として生きても、性別が女性であることに変わりないだろう、なんて思ってしまう。
「キャシーお姉様はそのような見方をするのですね。ところで、先ほど食べたお菓子の味について語りたいのですが、よろしいでしょうか」
私は話題を変えた。私はキャシーに指摘するべきだったのかもしれないけれど、なんだか怖かった。今まで親しかった人間が、実はゾンビだったかのような恐怖があった。
「はい。あのメレンゲクッキーはサクサクしていて最高でしたわ。口溶けもよくて、素晴らしい出来でした」
キャシーはそう言って笑う。そんな姉の笑顔は素晴らしく純粋無垢で愛らしく見えた。
さっきの殺人事件の会話は、私の聞き間違えだった可能性もある。うん。そうに違いない。私の姉があんなひどいことを言うはずない。
そう思っていたんだけれど。しばらくして、私が婚約者フリッツに浮気されたとき、キャシーは私を睨んできた。
「キャシーお姉様、どうなさったのですか」
私は怯えつつも聞いてみた。すると、キャシーは怒りに震えながら口を開いた。
「デボラ様、見損ないましたわ。デボラ様がしっかりしていないから、フリッツ様は浮気してしまったのです。反省してください」
キャシーの言い分が理解できなかった。どういうことなんだろう。
「キャシーお姉様、ご説明お願いいただけますか」
まずは話を聞いてみようと思った。キャシーの思考回路が知りたい。
「はい。デボラ様がフリッツ様にもっと媚びてメロメロにしていれば、フリッツ様は浮気しなかったに違いありません。フリッツ様はきっと寂しかったのですわ。ですから、フリッツ様は全く悪くありません。フリッツ様を満足させられなかったデボラ様が、全部悪いのです」
キャシーの意見を聞いて、私は遠い目をしてしまった。私はキャシーに賛同できない。
フリッツと私の結婚は政略的なものだ。恋愛結婚じゃない。家同士の結婚を、フリッツは浮気で台無しにしたんだよ。
それに、フリッツが娼館へ行くのであればまだ理解できたけれど、そうじゃないんだよ。フリッツの浮気内容を、キャシーは知っているのかな。
「今回のフリッツ様の浮気内容について、キャシーお姉様はくわしくご存じですか。今から話すことは想像ではなく、手紙やその他書類などの証拠を取ってありますが。フリッツ様は身分を隠して町で遊び、庶民の女性相手に恋愛を持ちかけていたのですよ。しかも、フリッツ様は婚約していることも隠していたそうです。庶民の女性相手に『将来結婚しよう』などと嘘をつきながら、フリッツ様は浮気していたんですよ。結婚詐欺や独身詐欺に似たことを、フリッツ様は行ったのです。それに、フリッツ様の被害に遭った庶民の女性は、泣きながら堕胎したそうです。この国の堕胎技術が他国と比べて相当未熟なのは、キャシーお姉様もご存知でしょう。他国だと堕胎による不妊や感染症のリスクは低いのに、この国ではそのようなリスクも高いのですよ」
私はそう言う。すると、キャシーは青ざめた。
「そんな。ひどいですわ。その庶民の女は、男性の偽プロポーズも見抜けないくらい愚かだったのですね。それにしても、フリッツ様がよくない浮気をしてしまうくらい追いつめるだなんて、デボラ様ダメじゃないですか。どうぞ存分に反省してくださいな」
キャシーの発言を聞いて、私は失望した。私はキャシーともう話したくなかった。
なんでキャシーはこんな考え方をするのだろう。訳が分からない。
そういえば、私より上の人達は、学園の教育がかなり偏っていたとは聞く。かなり変な授業内容だったらしいけれど、そういう影響を、キャシーは受けたのだろうか。
キャシーと私は一歳差だけれど。自分の歳から、国の教育方針が急に変わったとかは聞いたんだよね。私の受けた授業内容は、変な偏りは感じなかった。
「私はフリッツ様との婚約を解消いたします。失礼ですが、キャシーお姉様と話したくありません」
それから、私は親に相談して、正式に婚約解消をした。あと、私はキャシーを避けるよう頑張った。
キャシーは私ともう一度仲よくしたいと頼んできた。でも、私は断った。キャシーのことが怖くて仕方がなかったからだ。
そのあと、キャシーがフリッツと婚約するという、とんでもない話が舞い込んできた。一体どういうことだ。




