107.殿下は意外なわたくしが好きだそうです
レティシアはキチンと自分の気持ちを、ジルベールに伝えることが出来た。
10歳から婚約して10年もの時間をかけて、ようやく通じ合うことが出来たのだ。
とても長い時間。その大部分はすれ違いの日々だった。途中でお互い諦めが入ってしまうほどに、一度は関係が冷え切ってしまった。
けれど、お互い諦めながらも、心のどこかで和解を望んでいた。
だからギリギリ、崖っぷちで踏みとどまった。お互いに歩み寄ることを選んだのだ。
名残惜しいけれど、抱きしめていた腕を解く。
「……せっかくだから、今マフィンを頂いてもいいだろうか?」
「もちろんですわ。お茶も用意します」
最初にジルベールにお茶を淹れてから、もうずいぶん経った。その時よりずっと上手になっている。
本格的な淹れ方もルネに教わって出来るようになったけれど、もう夜更けなので時短にティーパックで淹れる。
2人分のお茶を淹れて、テーブルに置いた。以前から重宝している、リラックス効果のあるお茶だ。
「ありがとう」
ジルベールは一口マフィンを齧る。その様子を緊張を覚えつつ、見守る。
「とても美味しいよ」
「はあ。良かったです」
ジルベールの顔が綻んでいて、喜んでもらえた。頑張った甲斐があった。
「本当に初めて作ったのかい? そう思うくらいに美味しいよ」
「それはコレット様の手腕だと思いますわ、教え方がとても丁寧でしたもの。初めてでも分かりやすかったです」
「……ふ」
「?」
ジルベールが急に笑うので、レティシアは首を傾げる。
「いや、そういうところが好きなんだ」
「はい⁉︎」
急に言われたことに、素っ頓狂な声をあげつつ顔に熱が集まる。
「そんな風に、自然と他者を褒められるところが、レティシアの素敵なところだと思う」
「なななななっ⁉︎ どうしたのですか⁉︎ マフィンに何か入ってました⁉︎」
「なにも入っていないのは、レティシアが一番よく分かっているだろう?」
どこか吹っ切れた様子のジルベールに、レティシアはタジタジになる。
「私達は言葉が足りなかっただろう? だからちゃんとこれからも伝えることを大事にしないとね」
「それはそうですが、少し手加減してください……」
心臓が忙しない。顔も熱い。これが何度もあると思うと、気が遠くなりそうだ。
「それで、レティシアは私のどこが好きかな?」
「ひょあ⁉︎」
「せっかく両想いになれたんだから、聞いてみたいな」
「どうされたのですか⁉︎」
ジルベールの変容ぶりに付いていけない。
少し待ってほしい。レティシアの心臓のために。
「ああ。まずは、言い出しっぺの私から言わないといけないよね」
「そうではありませんわ!」
それもレティシアにとって大ダメージだ。いやむしろ、言われたほうがダメージが大きいかもしれない。
「い、いきなりは、ちょっと。心の準備というものがあります!」
「……すまない。嬉しくてつい」
ジルベールはそこで、ようやくやりすぎたと気づいてくれたらしい。
声のトーンが先ほどより落ち着いた。それにレティシアは安心して、息を吐きだす。
「失礼した。レティシアから好きと言われて舞い上がってしまった。……あとあわよくば、あのレティシアも見れないかなと思ってね」
「あの?」
あのとは何だろうとレティシアは考える。まるでレティシアが何人もいるような言い草だ。
「ほら、中庭で叫んでいたレティシアだよ」
「……え? どういうことですか?」
そのジルベールの言葉が信じられず、レティシアは思わず聞いてしまう。
叫んでいたというのはコレットからも話を聞く限り、あらん限りの罵詈雑言を吐き散らしていたときだろう。
それを見たいと?
「うん。あの時のレティシアは、今までで見たことがなかった。とても新鮮だった。あれが本来のレティシアなのかなと思うと、また見てみたいと思って」
「……えっと」
これは他意が感じられない。ジルベールの心からの思いだ。
だって目がキラキラしているのだ。ジルベールとしては、隠し事をしないでほしいという思いで言っているらしい。
「殿下。残念ですが、わたくしはあれが素ではありませんの」
「違うのかい? 荒々しいレティシアが素敵だと思ったんだけれど」
「あれが⁉︎」
「ああ」
思わず大きな声をあげてしまったが、ジルベールは一片の曇りもなく同意する。
確かにジルベールがレティシアへの態度を変えた理由は、それを見たからだとは聞いた。
けれどあれが素敵な姿に見えていたと? 失礼ながらレティシアはジルベールの性癖を疑ってしまった。
「あれだけ荒々しい内情を秘めていたら、きっとどんな困難があっても乗り越えられるだろうと思っていた。実際、今回も皆のおかげとは言うけれど、そもそもレティシアの強さが根底にないと今の状況にはならない。人前で出さないのも、自分を律する能力が高いと思ったんだよ」
ジルベールの話を聞いて、数秒前の自分を殴りたくなるレティシア。
至極まっとうに、ジルベールはレティシアを評価していた。
とてもポジティブに捉えられていて、嬉しいような申し訳ないような複雑な気持ちだ。
「こほん。殿下、そこまで評価していただいて嬉しいのですが、あれは人がいると分かって出せるものではありません」
あれだけ叫んでいたのも、誰もいないと思っていたからだ。
「ふむ。確かに貴族では、感情を表に出さないことが美徳だからね」
「ええ。そうですわ」
「ならレティシアが素の自分を出せるくらいに、私が努力すればいいのだね?」
「違いませんけれど、違います。殿下、少しお疲れでは?」
なんだろう、ジルベールの様子がおかしい。さすがにここまで暴走するのも、ありえない。
公務に追われていたと言うし、疲れて変なことを言っているのでは? とレティシアは考える。
そしてその考えは間違っていなかった。
「ああ。確かに、ここ数日あまり睡眠をとっていなかったな」
「わたくしが言えたことではありませんが、休息は大事ですよ」
「何もしないと、レティシアのところに行きそうになるから……」
「……それは、早めに答えを出せてよかったですわ。もう休みましょう?」
そう言っている間にも、ジルベールの言葉はだんだん舌っ足らずになっていく。
レティシアに言われて、眠気を自覚したのかもしれない。先ほどまではアドレナリン全開だったということか。
貴重な瞬間を見れたかもしれない。そう思うと嬉しく感じてしまうので、レティシアも大概だ。
「いやだ……せっかくレティシアと通じあえたのに……もっとはなしたい」
眠気に負け始めているジルベールはまるで幼い子供のように感じて可愛い。
自然とレティシアの声も優しくなる。
「わたくしは、いなくなりませんわ。また明日も話せます。これからずっと一緒ですから」
「れてぃしあ……」
ついに船をこぎ始めたので、つい頭を自分の肩に寄せてしまう。
そのまま寝息を立て始めるジルベール。
その安らかな表情に、レティシアは今まで以上に心が温かくなるのを感じた。
「おやすみなさい。良い夢を」
いつも読んでくださりありがとうございます
作者は豆腐メンタルなので、過度な批判や中傷は御遠慮いただけると幸いです。




