105.取り戻しました
「レティシア様? どうされました?」
レティシアがマフィンを一口齧って動きを止めたので、不思議そうにコレットが質問する。セシルもレティシアの顔を覗き込んでいる。
そんな中、レティシアは違和感を口に出すことが出来ない。いや、信じられないと言ったほうが正しい。
信じられない気持ちのまま、気のせいかもしれないともう一口マフィンを齧った。飲み込んでから、お茶も飲んでみる。
そしてやはり気のせいではないことを知る。
そのことを実感すれば目の前が歪み、ポロポロと頬を涙が伝う。
「れ、レティシア様っ⁉︎ 何か変なことがありましたか?」
「食感が合わないとか?」
2人が慌てたように、レティシアを挟む。
2人に勘違いさせている。誤解を解きたいのに、声が出ないどころかしゃくり上げてしまう。
コレットはハンカチでレティシアの涙を拭い、セシルは頭を撫でている。
その優しさに、余計に涙が溢れてしまう。けれど言わなくては。
レティシアは何とかひくっとなる喉を抑えて、言葉を絞り出す。
「っく……わ、分かります」
「え?」
「あ、あまい、っです」
「それ、って」
2人も信じられないというように、呆然とした声を出す。
レティシアは必死に頷く。
そのレティシアの様子に、本当のことだと理解する2人。気が付いたらレティシアを抱きしめ、3人で声を上げて泣いていた。
その声は部屋の外まで漏れていたらしい。
なんだなんだとやって来た従業員たち事情を知り、お祭り騒ぎになった。
ルネとジョゼフ、クロードにもすぐに伝えられ、すっ飛んできた。
ルネもその輪に入り、わんわん泣いた。クロードとジョゼフは目頭を押さえている。
急いでお祝いだ! と叫ぶ従業員達。
皆が喜んでくれるのにも、嬉しくてレティシアは更に涙を零す。
その瞬間レティシアは確かに、ああ、ここまで生きてて良かったと思えたのだった。
◇◇◇
その日の夜。
ロチルド商会は、今までにないくらいに盛り上がっていた。
子供のように泣いた4人は、目を腫らしていて痛々しさすらあったが、その表情は晴れやかだった。
ちなみに程度の差はあれど、ジョゼフ、クロードも含めた全員、目元が赤い。
皆がレティシアを囲み、あれを食べろ、これを食べろと次々勧められる。
与えられる全部に、味を感じてレティシアは笑った。
ルネはそんなレティシアに、また顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いていた。
「もう、ルネったら。泣きすぎよ」
「ううっ……お嬢様! これが泣かずにいられますかぁ⁉︎」
なぜか怒られるレティシア。ルネが幼い頃からずっと、何とか味覚を取り戻せるように工夫していたのを知っている。
だからこそ喜びは人一倍なのだろう。
コレットもレティシアに色々勧めながら笑う。
「本当に良かったです。……ううっ」
「コレット様まで……」
笑っていたと思えば、コレットまで泣く始末。そこまで喜んでくれて嬉しいけれど、レティシアの涙腺もまた制御が効かなくなりそうなので困ってしまう。
少し落ち着いているセシルが(それでも目は腫れているが)、しみじみといった風に話す。
「味覚を取り戻せたのは殿下のおかげでしょうが、その瞬間に立ち会えないなんてお気の毒ですね。きっとレティシア様への最後の罰でしょう」
「そうですね。きっと必死の形相で公務を片付けていることでしょう」
「せめてもの救いは、今日は王城での公務しかなかったということですね」
ジョゼフとクロードも同意する。
ジルベールへの恋心を自覚して味覚を取り戻すなんて、愛は偉大らしい。
お祭り騒ぎは衰えることを知らず、気が付けば日をまたぐ直前になっていた。
レティシアは味覚を取り戻したとはいえ、胃の小ささはそのままである。途中から皆の様子を見て幸せを噛み締めていた。
ジルベールはもう今日は来れないななんて思った、まさにその時だ。
バンっと大きく扉が開く音がした。
皆がその音がしたほうに目を向け、ようやくもう一人の主役が来たかと笑う。
「で、殿下……。ドミニク様にマルセル様まで」
「れ、レティシア……」
扉を開けて部屋に飛び込んできたジルベールは、汗をかいて息を切らしていた。
後ろにいるドミニクとマルセルも同様に。
何度か深呼吸して、息を整えたジルベールはゆっくりレティシアに近づく。
先ほどまで賑やかだったが、今は2人の動向を見守って静かだ。
「遅くなって済まない。その、味覚が戻ったというのは本当かい?」
「……ええ。戻りましたわ。甘いのもしょっぱいのも、辛いのも苦いもの分かりますの」
「……そうか、そうかあ……っ!」
「で、殿下⁉︎」
その場でへたり込み、レティシアの手を握りながら泣きだすジルベール。
まさかジルベールも泣くとは思わず、レティシアは狼狽えてしまう。
「良かった……っ‼︎ 本当に良かった……!」
「ありがとうございますっ」
その様子に、落ち着いていた涙がまた溢れる。
ジルベールは立ち上がり、ロチルド商会の面々へ頭を下げた。
どよめきが部屋に響き渡る。王族が平民に頭を下げるなど、見たことがないだろう。
「レティシアのために尽力してくれたこと、心から感謝する。私では出来なかった。本当にありがとう」
静寂に包まれる。その静寂を破ったのはクロードだった。
「我々はずっとレティシア様の苦悩を見てきました。そして、貴方様の歩み寄りを見てきました。私たちは、その手伝いをしたに過ぎません」
「しかしあなた方がいなければ、歩み寄りすら許されなかっただろう。私の努力だけではどうにもならなかった」
「まあまあ。私達への感謝はまた後日でいいです。さあ、レティシア様が待っていますので、あとはお2人で話してくださいね」
セシルがそう言い、別室へ行くように促す。
ジルベールは少し悩んだようだが、甘えることにしたらしい。
レティシアに手を差し伸べたので、その手を取った。
いつも読んでくださりありがとうございます
作者は豆腐メンタルなので、過度な批判や中傷は御遠慮いただけると幸いです。




