5限目 お約束
満員電車は嫌いだ
丁寧に敷かれた青のカーペット 壁際で気を付けして並んでいる兵士
初め城に入ってきた時とは全く違うような緊張感が2人を襲う
カーペットの先に構えられた玉座の左右に扇形に立っているのは入口にいたのとは違うメイドさん、若い青年とタキシードの男性。そしてリャーギェル、リューギェル、リョーギェルも同じようにして立っていた。
「よく来てくれました。」
玉座に座っていた装飾の少ない王冠とシンプルなデザインのドレスを着た若い女性、すなわち女王様が言った。
「まあ、ここに来たばかりで混乱もしているだろうけど、落ち着いて、楽にしなさい。」
続けて女王が言う。
・・・いや、そんなこと言われましても。
なんだ?この空間は?
視界に入るものすべてが怖く見えるぞ?おまけにリャーギェル達まで後ろに手を組んで俺達を見つめて。威圧する気満々だな、おい。
「とりあえず、私の事から話しましょう。私はこの国、『シックザール』の女王を務めているグラシア・ディニテというものよ。よろしくね。」
「あ、はい!ボ、ボクはレイン・フォレスターといいます!こちらこそ、よろしくお願いします!」
レインが深々とお辞儀をする。何かさっき、リョーギェルに挨拶したときもそんなだったよな。
でもそういうところもかわいいです。
「うふふ。綺麗な瞳ね。それじゃあ、隣のあなたがヒナタ君ね。」
「あ、はい。柊日向です。よろしくお願いいたします。」
浅く礼をする。別に、故意に浅くしたわけではないが、普段から目上の人に対する態度は悪かったので、癖になってたのだろう。
「ヒナタ君は堂々としているのね。そんな雰囲気が感じられるわ。」
・・・堂々とした雰囲気?いや、俺緊張でガックガクなんだけど。足に力入れすぎてつりそうなくらいだし。そんなオーラ出てますかね、俺。
「それで・・・。ボクたちを呼んだ理由っていうのは・・?」
「そうね。まずはそこから話をしましょうか。まず、単刀直入に言うわ。」
突然、グラシアさんの表情がこわばった。
「この国、『シックザール』は近いうちに、ある国と大規模な戦争をするわ。」
はい?どゆこと?
「この世界はね、三つの大陸と五つの島からなっているわ。それぞれの大陸の名は、『ピエーナ』『クレシェンテ』『ヌオーヴァ』。シックザールが属しているのはクレシェンテ大陸よ。この3つの大陸は、とても資源が豊富で、宝石、金属、ガス、マグマ・・・、不足するなんてことは無かったわ。もちろんいまもね。」
グラシアさんは、何か少し哀し気な表情になった。
「2年前、私の国のある冒険者達がこの大陸の南東、シックザールから大体2000KMほど離れた場所ね。そこに足を踏み入れたの。その場所の名は『黄泉送りの森』。名の通り、一歩でも入ったものは、二度と帰ってくることは無かったわ。」
「・・・何でそんなところに?」
「その冒険者達の中にはある一人の兵士がいたの。名は『マーク・バーツ』。この国ではいくつもの戦果を挙げ、多くの民から英雄視されていたわ。彼はその森に潜む、凶悪な魔物と呼ばれる怪物たちを殲滅し、この大陸の平和に貢献すると言って、戦場を共にした仲間とともにその森へと入っていったわ。」
「引き止めなかったんですか?」
グラシアさんは、少し下を向いて首を振った。
「勿論止めたわ。その森には300人の兵士が攻め入っても帰ってこれなかったほどの魔境、いくら英雄とはいえあの人数で乗り込むには無茶があったわ。でも彼は言った。『その森の魔物のせいで怯える子供がいるのなら、そこから守るのが大人の役目だ。それも、俺達のような血に汚れた大人がな。』と。何度も引き止めた。王の命令として止めても、何人もの兵士を送っても、彼らは聞かずに入っていったわ。」
「・・・どうなったんですか?」
「・・・・数日ほどしたある日、彼は一人で何かを担いで入口に戻ってきた。赤黒くなった鎧と、まるで狂気に満ちたような表情をして。彼はその担いでいたものを乱暴に投げた後、再び森へと入っていった。勿論また引き止めた。でも彼は一言、『いかなければ』と、かすれた声で私たちに言い放ち、ゆっくりと森へと姿を消した。」
「強引にでも、止められなかったんですか?」
「彼の体からは凄まじいほどの、戦地に立ったことのない私でもわかるほどの殺気がでていた。それはまるで近付いた者は切り刻むと言っているようなものだった・・・。ゴメンね、変なところまで掘り下げてしまって。」
「あ、いいえ。ボク達が勝手に聞いただけなので・・・。」
『達』でまとめないでください。実際質問してたのは貴方だけですよ。
「ふふ。それでね、今問題となっているのは、彼が担いでいたものの事なの。彼が担いでいたのは、2,3mほどある大きな魔物の死体だったわ。それも見たことないような。おそらくその森にしか住んでないのよね。学者達は是非その死体を解剖したいといったわ。そしてその結果、体内から出てきたのは丸い大きな鉱石。虹色に輝き、血は一切付いていなかった。その鉱石からは大量の魔力エネルギーが検出されたわ。」
「魔力エネルギー?」
「魔術や魔法を構成するものよ。魔術の例を挙げるとすれば、さっきあなたたちがここに来た時にリョーギェルが何か唱えていたでしょう。それも魔術の一つ。そして、それを使うには体内にある魔力と呼ばれるものが必要なの。・・・体力と似たようなものと考えてくれればいいわ。魔力によって発生するエネルギー、それが魔力エネルギー・・・だったわよね?リャーギェル。」
『はい。その説明で間違いないかと。』
いや、お前もよく分かってないのかよ。
「話を戻すわね。その鉱石によって生み出される膨大なエネルギー・・・。これを知ったピエーナ大陸の国、『ガラルムンク』はどうしてもそれが欲しくなったみたいでね。その森の所有権を寄こせというような内容の国書を送り付けてきたわ。」
「了解したんですか?」
「まさか。シックザールとしても領土を奪われたくはないし、鉱石だって渡したくはないわ。」
いや、その森もこの国の領土なのかよ。どんだけ広いんだこの国。
「でも、ガラルムンクの軍事力はこの世界でもトップ。ピエーナ大陸の小国の殆どがガラルムンクの植民地と言ってもいいほどね。おそらく反対しても、このまま返事を返さなくても力ずくで領土を奪いに来るでしょうね。そこで私たちは考えた。『奪われる前にすべて取ってしまえばいい』と。というわけであなたたちが呼ばれた。」
「「は?」」
俺とレインが同時に変な声を出す。
いや、そんなことよりも
わ け が わ か ら な い
てかさっきから専門用語的なの多すぎるんだよ。なんだっけ?ガラルムンク?ガラムマサラ?知るかそんなもん。こっちは突っ込みで精一杯なんだよ。これ以上余計な知識を頭に植え付けないでくれ。足もつりそうだし。
だいたいそのマークとかいう奴が全ての引き金なんだろ?戦争になってもソイツの責任じゃねえか。
「ああ、ゴメンね。ちゃんとあなたたちが呼ばれた理由は存在するのよ。その魔物からは鉱石だけじゃなくて、ある別のものも見つかったの。」
「というと?」
「切り刻まれてた背中に、何か文字が書かれていて、破れた肉をすべて繋げたらある文章になったの。内容は、『酸素の原子は?』というものだった。というものそれを見たリャーギェル達は、これは地球の学問のものでは?という風に言ったわ。そうよね?」
『はい。間違いなく。』
「ん?ちょっと待て。そういえば何でリャーギェル地球の学問を知ってるんだ?」
『儂たちは、前世の自分たちの記憶を知っておっての。3人とも前世は地球の人間だったのじゃ。そこで、この問題に既視感を感じての。まさかとは思い、言ったのじゃ。』
「・・・お前ら何歳だ?」
『何を言っておる。別に死んだからと言ってその先の時間の世界に生まれ変わるとは限らないじゃろうが。儂はこう見えても777歳じゃ。』
「どう見えるんだよ。少なくともいい歳だとは思ってたよ。てか777歳て。縁起良すぎじゃねえか。」
「・・・その話は置いてもらってもいいかしら?」
「はい。」『勿論でございます。』
グラシアさんが一声かけ、俺とリャーギェルは同時に口を閉じた。
「それでね、地球の学問の事なら地球の者たちと対処したほうが効率がはるかにいいと思ってあなたたちが呼ばれたの。」
「なんであえて俺達を?もっと頭のいい人がいたんじゃあ・・・。」
「地球から、この世界へと人を召喚する際には条件があるの。それは『完全に意識が入り込んでいる夢を見る』ということ。だけど、そんな人間は地球上には貴方たち二人しかいなかったわ。」
つまり明晰夢を見る人間・・・。
たまたま偶然だったってことかよ。
「お願い。どうか私たちの国のためにもあなたたちの力を貸して。宿代、生活費等はこちらが負担するわ。それに、成功すれば報酬も弾ませるわ。」
えー。
そんな真剣に頼まれても・・・。拒否権とかないの?できれば俺は普通に寝るときはぐっすりしたいんだけど。
始めてこっちに来たきた時にあの扉の問題解いたのもそれ目的だし。
そう考えていると、
「・・・分かりました。ボクは引き受けます。」
オイ。
横でレインが口を開いた。
「ボクの力が、どう役に立てるかはわかりませんが、出来ることはやってみます。」
「本当!?ありがとう!レインちゃん。」
レインちゃんて。『ちゃん』付けなのな。
てかやめてくれよ。断りにくい雰囲気を出さないでくれ。
ほら、今にもグラシアさんがこっち向いて『あなたは?』とか聞いてきそうだよ。
う~ん・・・。
ま、いっか・・・。どーせ夢だろ・・・。
「じゃあ、俺も引き受けます。流石に女の子一人を置いていくわけにはいかないので。」
「ヒナタ君も!?本当にありがとう!!」
今思ったけどこの女王様やたらと感情が豊かだよな。リアクション芸人か。
「それじゃあ、リャーギェル、リューギェル。彼らを町の宿へ案内してあげて。ついでに観光もさせてあげるといいわ。」
『『わかりました』』
「では、これでヒイラギヒナタ及びレイン・フォレスターの歓迎の儀を終えます。一先ず解散してください。」
グラシアさんが声を上げてそう言った。やはり国を治める王なのだろう。その声にはとても張りがあり大きく、部屋全体に反響していた。
・・てかこれ歓迎だったのかよ。
『ではヒナタ、レイン、いくぞ。』
いつの間にか目の前にはリャーギェルとリューギェルが立っていた。因みにリョーギェルのほうはほうというと、メイドさんや他のお手伝いさんたちとともに王冠を丁寧に保管したり、床を掃除したりといろいろ後始末をしていた。
部屋を出て、長い階段を下りる。
『それにしてもヒナタよ。』
「ん?なんだリューギェル。」
『本当に成り行きだけで引き受けるなんて言ってよかったのか?』
「分かってたのかよ。まあ、レインだけにかっこつけさせるのもなんだしな。」
『・・・死ぬかもしれないんだぞ?』
「夢の中だろ、どーせ。」
『いや、厳密には違う。肉体はこちらにも現実にも存在していてな。結局は移動しているのは意識だけなのさ。つまり、こちらの世界で死ねば意識も死ぬ。意識が死ねば現実のお前の肉体に意識が戻ることは無く、そのまま死んでしまう。』
「・・・。つまり、こっちで死ぬと現実でも死ぬと・・・。」
『そうだ。』
「いやだああああああああああああああ!!!!!!!やっぱ辞めるううううううううう!!!!辞退するうううううううううううう!!!!!!」
『ははははははは。本当に期待通りの反応をしてくれるねえ。勿論、イエスと言った以上逃がさないけど。』
リューギェルが俺を嘲笑う。
「・・・本当に嫌な性格してるわね。あんた。」
レインが皮肉そうに言った。
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『叫び疲れたようじゃの。』
「ったりめえだ。引き受けるんじゃなかった。」
後ろでリューギェルがまだ『くくく』と笑っている。本当に嫌な奴。
「ったく。この階段降りたら逃げ出してやろうか。」
俺達は入り口前の階段に差し掛かる。その時だ。
『ピイ!ピイイイ!!』
目の前に再び小さな丸い生物。
しかし、今度は驚いてものけぞることは無い。
何故ならその丸い生物―テュエンピイは俺の目の前で止まったからだ。
『ピイ、ピイピイ、ピイ・・・。』
うん。何言ってんのか全然わかんない。俺はターザンじゃないんだ。
しかし、よく見てみると小さな丸い二つの目に、スライムのような透明感のある黄色い肌。小さな羽。
なかなか可愛いじゃないか。
『ヒナタ、どうもこやつはさっきの事を謝罪しているようじゃぞ。』
さっき――俺がここで激しく転んだ時。
てかお前は動物の言葉分かるのな。まあ、見た目もそんなだけど。
「え、そうなのか?いや、別にいいって。前見てなかった俺が悪いし。」
正確には前は見ていた。急に目の前に来て焦っただけだ。
『ピ・・ピイ・・・。』
テュエンピイが、何か言いたげな顔をする。
・・・ちょっと待て。俺コイツの表情見たことあるぞ。
確かRPGやってて敵に勝った時に出てきたメッセージウィンドウ」に書いてあった。内容は、『仲間になりたそうな目でこちらを(ry
「・・・俺達と来たいるか?」
『ピイ!ピイイ!!!』
テュエンピイが嬉しそうに円を描いて飛びまわる。何か某マ〇ラタウン出身の少年の気分だ。
まあ、可愛いし、ペットみたいなもんか。
「・・優しいんですね。ヒナタさん。」
レインが俺をほめる。これは好感度上がったろ。っしゃ!!やったぜ!!!
「おし、行こうか!!えーと・・・呼ぶと長いからお前の名は『ピイ』だ!!」
『ピイ!!』
元気よく駆けだす。それがまずかった。
段を踏み外し、「あ。」という声とともに派手に転がり落ちる。気づいた時には空を仰いでいた。
『ピ・・・』
「ヒナタさん・・・。」
『くくくくくくく・・・・。』
『世話が焼けるのう。全く。』
・・・これ、お約束ですか?
目からは痛みとは違う理由で涙が出てきた。
でも時々起こるラッキースケベは大好きだ