初詣・終(山瀬隼人)
手水での清めが終わり、参拝への列に戻ると、並んでいる皆が出迎えてくれた。振袖の女性たちが往来の視線を攫うけれど、俺の視線を奪うのは、いつだって千鶴だ。ジャージの上にコートを羽織っただけだとしても、かわいくて仕方がない。
「隼人、おかえり」
千鶴にとって何気ない一言が、俺にはやはり嬉しい。
彼女の可愛らしい声で名で呼んでもらえることも、千鶴の傍にいることを認められた、おかえりという単語を選ばれたことも。
「ただいま、千鶴」
俺の答えを受けて、にっこりと、本当に嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。
「何なのよ、このバカップル」
塩屋が腰に手を当てて訳知り顔で言葉を放つ。
「むしろ、千鶴ちゃんと山瀬くんって、既に老年夫婦らしい醸し方さえしているような気がする」
「あ、わかる。初々しさはあるんだけれど、それでもどこか落ち着いているんだよね。縁側でお茶とか似合いそう」
「千鶴ちゃんは単品で似合いそうだけど、山瀬は千鶴ちゃんとセットで縁側だね」
勝手に言ってくれる。まあ、縁側も茶も落ち着くから、千鶴と二人そんな空間でのんびりと過ごすのは、普通にありだ。
各々から飛び出す冷やかしも、悪くはない。
千鶴と俺が傍にいるものとして扱われている。明かしてよかった。
「あー、やっぱりカップル羨ましい。リア充爆発しろ。むしろ俺は山瀬の不合格を祈願したい」
「祈願するのは勝手だがな。自分の幸福を願うより、他人を呪う方が大変だぞ。色々と代償が必要になる」
呪いは自ら負の感情に囚われて、雁字搦めになる行為だ。進んで口にするのは感心しない。言葉だって一種の呪いの道具だ。ただ、相手より自分自身への作用が甚大すぎるから、その道の達人ほど言葉には気を配るほど。
「山瀬のような、天が何物も与えたような奴に言われてもな」
「俺は俺で必死だったけどな。見合いした当初は、千鶴に好感情を抱かれてなかったから」
千鶴が忍だとは知らなかった頃、彼女に一目惚れした俺は、俺なりにアプローチしていた。
存在感がないというクラスメイトもいたが、人から見たら事実だ。千鶴は、忍だから、無意識に自身の存在感を消してしまう癖がついているだけ。天狗から見たら、気配の消し方が子供だましで、俺に通用していなかった。だからこそ、千鶴の魅力に気付き、やがて虜にされていった。
けれど、千鶴は『お嬢様』へ意識を目一杯向けていたから、当然振り向いてくれる筈もなく。言い寄ってくる奴らを払うのも面倒になって、後腐れなさそうなのを選んで傍に置いたのもまたまずかった。
傍に置く女を変えるたびに、千鶴の視線や言葉の険が増していったっけ。
「そうだよな。山瀬って美形だけど軽そうで千鶴ちゃんのタイプじゃなさそうだったからな。どうやって口説いたんだ?」
「まあ、色々と。見合いが決まった時点で周りは綺麗に片付けたし、見合い相手だって口実で足繁く家にも行ったし」
「流され系に見えて、意外と動くところで動いていたんだな。感心した」
この男はおちゃらけているようで、案外人の本質をついてくるから侮れない。自分で流れを作るときもあるが、基本的に億劫で流されることも少なくはないことは自覚していたが。
「俺に感心しているお前はどうなんだ。爆発しろなんて言われる相手を作ればいい」
「出来たら苦労しないって。何せ、鈍いからな」
「うかうかしていると、誰かに持って行かれるぞ」
ぐっと男は唸って、沈黙した。男自身が停滞していても、周囲は彼が動き出すのを待ってはくれない。
塩屋は見た目どおり、中身もどこかほわっとしていて、人の行為にも悪意にも鈍感そうだから、苦労するだろう。しかもこの男はずっと近くにいたのなら、それだけでは何もアピールになりはしないんだ。
千鶴の婚約者になれなかったら諦めていただろう俺が言えたことではないが。
「あ、順番きたぞ。ほれっ」
その一言で軽く一礼し、逃げてしまった。この場で逃げる分には構わないが、現実から目を逸らし続けては何もならない。
鈴を前に、一瞬動きが止まる。さて、何を願おうか。鈴から願いへのタイムラグは、少ないに越したことはない。
自分で切り開くことは願わない。自分の受験とか、千鶴との仲とか。とりあえず、千鶴の合格と……塩屋とあの男との関係の変化を願うことにした。
低く鈴の鳴る音。間を空けて拍手。好転するかどうかは、あの男の頑張り次第だから。礼を挟んで、あえて『変化』を願う。
お参りして、少し語らって、そう長くは過ごさずに解散した。
元日に多くをすべきではない。この日にしたことの多くは、その道の神に見放されてうまくいかないと言われている。
迷信だと笑う者もいるが、休息の時にたたき起こされていい気分にならないのは、人だってそうだろう。神の休息の日の代表が元日だ。さて、その道で世話になる神を、叩き起こすだろうか?
当初は千鶴の家に行くために、皆と駅に向かうつもりでいた。この季節にしては高い日が、もう昼を回っていることを知らせてくる。
千鶴の家に向かい、彼女の実家の旅館から頂戴した仕出し用のおせちに、二人で舌鼓を打つつもりだった。、
だが、神社連中と分かれることにした。自宅に俺の私物を取りにいきたくなったから。神社を挟んで反対側に家があるから、駅に向かえば遠回りになってしまう。
千鶴は、ごく自然に俺の手を取って、一緒についていくことを選んでくれた。クラスメイトに手を振って別れる様子を、一歩後ろから凝視してしまった。一応、俺も連中に手を振りはしたけれど、視線がどこに行ってたかは多分ばれている。
「塩屋さんは、特に彼の感情に疎いから大変そうだよね」
「千鶴には聞こえていたか」
俺ほどではないが、天狗の血をわずかに引く千鶴も、人よりは耳がいい。ぼそぼそと、すぐ隣にいる者が辛うじて聞き取れるような声量でも、時折会話を拾っている。
「それはもう。他の子たちには聞こえてなさそうだけど」
「いっそのこと、塩屋に届いていたら楽だったかもな」
「どうだろう。隼人たち、塩屋さんの名前を出してなかったから、自分の事だって気付かなさそう」
千鶴が思案顔だ。唇の下に、人差し指をほんのり立てた拳を当てるしぐさがかわいらしいけれど、すぐ隣に俺がいるのに、他人に意識をやっているのはあまり面白くない。
「たしかにな」
「隼人だって、あまりはっきりと言ってくれなかったから」
痛いところをつかれた。
千鶴の懐に飛び込むべく、あれこれ手を尽くしたまでは良かった。
だけど、言葉に出来なかったから、千鶴に想いがちっとも届いていなかったんだ。
「まあ、私も隼人にどうこう言えないけどね。勝手に自己完結して、婚約を解消しようとした。隼人が口付けをしなかったら、今頃こうしていなかったかもしれない」
「そうだな」
ストレートな言葉で、千鶴に好意を伝えるのは、今でも気恥ずかしい。一応、ことあるごとに彼女を褒めて、態度も含めて自分の心の在処を示しているつもりだ。最たるは、キス。するたびに千鶴の傍にいると誓っている。
時折、口付けの意味を伝えながら、唇で千鶴の感触を楽しんでいる。何度も重ねていいものなのかと千鶴に問われたけれど、気持ちを口にするのと同じだ。重ねると有り難味がなくなるけれど、伝え続けなければ伝わらない。匙加減が難しい。
「だからね。二人きりで落ち着ける場所に行ったら、キスしてほしいな」
「喜んで。俺の家についたら、しよう」
はにかみながらそっと頷く君に、雪の様に花びらがひとひら。漆黒の髪に、どこから飛んできたのか、匂いたつ梅が映える。
千鶴の髪に手櫛を通して、黒から白を掬い上げる。伏目がちにありがとうと告げる君に、梅の花よろしく、心がほころぶ。
吹く風の冷たささえ、君と繋ぐ手のぬくもりを引き立ててくれるから、心地いい。
俺らにとっての口付けは、思いを伝え合う、そして隣にあり続けると誓う手段。
二人の間に言葉が足りないと分かっているからこそ、口付けで補っていく。
神様には頼らない。千鶴との仲を円満に、むしろ深めていくために、とりあえず家路につく。
番外編もキリがいいので、ひとまず再度完結を打たせていただきます。
思い立ったらまたちょくちょく更新すると思いますので、よろしくお願いします。




