8
アリスが俯いてクロダの言葉を待っていると、隣に座るセフィが手を上げた。
「あの、いいですか?」
クロダが少し驚きながらも、何かな、と先を促す。セフィが続ける。
「私たちがこの街に来たのは、私が無理を言ったからです。なのでそれに罰があるなら、私にお願いします」
予想もしてなかった言葉に、アリスが絶句した。何を言っているのか、と。慌ててセフィへと声を上げようとしたところで、
「いや、罰などないが?」
「え?」
アリスとセフィが固まり、クロダへと視線を戻す。クロダは不思議そうに首を傾げながら、
「私が考えているのは、君たち冒険者二人のことだ。何を対価にすれば、口を閉じていてくれるかと考えていたのだが」
「あ、口封じとかじゃないんだ……。何もいりません。何もいらないので、アリスのことを怒らないであげてください」
「ふむ。クルーゼの件は少し怒りたいところではあるが、君たちがそう望むのなら今回は目をつむろう」
アリスとセフィが揃って安堵のため息をつく。ただし、とクロダが続ける。
「アリス。次は無罪放免とはいかない。今回だけだ。いいな?」
「はい。ごめんなさい。ありがとうございます」
どうやらセフィのおかげで助かったらしい。セフィの方を見れば、こちらを見ているセフィと目が合った。二人で小さく笑い合う。この恩はいずれ返さなければならない。
「さて、それでは本題だ」
え、とアリスとセフィが間抜けな声を漏らした。これが本題ではなかったのだろうか。沈黙を守っていたロゼも訝しげに目を細めた。
「セフィとロゼ、二人と話がしたい。アリスは外で待っていなさい」
意味が分からない。何故、自分ではなくセフィたちなのか。先ほどまでの恐怖など忘れて、アリスは警戒心を隠さずにクロダを睨む。もし彼がセフィたちへと無体を働くなら、例え自分を犠牲にしてでも逃がさなければならない。
その覚悟が伝わったのか、クロダは慌てたように言った。
「待て、アリス。何か勘違いしているぞ。私は冒険者の二人に、直接依頼を出したいだけだ。アリスと親しい冒険者は少ないからな、そのためこの二人だ」
「依頼、ですか? それなら私がここにいても……」
「だめだ」
有無を言わさぬほどに強い声だった。アリスは言葉に詰まり、少し迷ってから、自分の膝の上に視線を落とした。そこで、丸くなって寝息を立てているクルーゼを揺する。クルーゼはすぐに起きると、アリスへと視線を向けてきた。
「くーちゃん。もしあの人が私の友達に何かをしようとしたら、守ってあげてね。遠慮無く、全力で倒しちゃっていいからね」
「私はどれだけ信用がないんだ……」
クロダが肩を落とし、セフィが哀れみの視線をクロダへと向ける。小さく肩をふるわせるロゼは、もしかしたら笑っているのかもしれない。
クルーゼはアリスとクロダを交互に見て、アリスへとしっかりと頷いた。テーブルの上へと移動して、そこで丸くなる。しかしその目はしっかりとクロダに固定されていた。いつでも来い、と言わんばかりだ。頼もしさよりもかわいいと思ってしまうが、クルーゼならば大丈夫だろう。
「何かあれば呼んでくださいね」
「うん。了解」
セフィと短く挨拶を交わし、ロゼに対して小さく手を振る。ロゼも振り返してくれて、少し嬉しくなった。
最後にクロダを見る。クロダはこちらのことを、どこか優しげな瞳で見つめていた。院長のような目だな、と思いながらも、特に疑問は抱かずに静かに退室した。
・・・・・
アリスが退室して一分ほど、クロダは一言も発しなかった。セフィたちも何も言わずに、クロダの次の行動を待つ。しばらくして、クロダが口を開いた。
「時間を取ってもらってすまないな。改めて、黒田だ。現実世界では、一応開発を担当している」
黒田はそう言うと、指で何かを叩く動作をする。おそらくセフィたちと同じようなメニュー画面を操作しているのだろう。セフィはそれを、固まったまま見つめていた。黒田から改めての自己紹介をされてから、思考が停止してしまっている。何を言われたのか、いまいち理解できていない。
「このゲームを作った人、ですか?」
先に立ち直ったらしいロゼが聞いて、黒田はそうだと頷いた。
「もっとも、ゲームは副産物のようなものだ。私たちの本来の目的は別にあった。ただ、その目的のためにゲームという形を利用しただけだ」
「えっと……。私たちにそんなことを話していいんですか?」
どうにか正気に戻れたセフィの問いに、黒田は苦笑した。
「正直、今も悩んでいる。だがどうやらアリスは、君たちに心を許しているらしい。どうやってあの子とあれだけ仲良くなれたのか、聞いてもいいか?」
「どうやってと言われても……。いつの間にか、としか」
今思えば、まだ会ったのは今日で二回目だ。手紙のやり取りをしているとはいえ、それだけの回数しか会っていない。だがセフィにとって、アリスはかけがえのない友人になっている。一緒にいて楽しくもあるし、何故か妙に落ち着く。
「そうか。まあ友情なんて感情はそうそう説明できるものではないな」
黒田も明確な答えなど期待していなかったのだろう、そう言って自分で納得してしまった。
「あの、それで、どうして私たちにそれを?」
ギルドマスターが開発の人間だなどと、別に知りたくはなかったことだ。というより、本来なら知るはずのないことだろう。わざわざ自分たちにそれを明かしたということは、ゲームの話だけでなく、何か一歩踏み込んだ話があるのではないだろうか。少し身構えていると、黒田は薄く微笑んだ。
「君たちに頼みたいことがある。難しいことではない」
「はあ……。何でしょう?」
「アリスのことを、よろしく頼む」
突然深く頭を下げた黒田に、セフィとロゼの方が狼狽してしまう。あまりに唐突な行動だ。大の大人に頭を下げられても、反応に困ってしまう。
「よろしく頼む、というのは?」
ロゼが何とかそれだけ絞り出すように言うと、黒田は顔を上げて、
「難しく考える必要はない。アリスと今後も仲良くしてやってほしい。それだけだ」
「それは、もちろんそのつもりです。アリスは大切な友達です」
セフィがそう言うと、そうか、と黒田は嬉しそうに微笑んだ。何故か、似ているはずもないのに、父の笑顔を重ねてしまった。
「もしアリスに関することで何かあれば、いつでも連絡してほしい。こちらでも気に掛けているが、直接話を聞く君たちでなければ気づかないこともあるだろう。それぞれの街の長はゲームマスターだ。彼らを頼っても構わない」
ゲームマスター、つまりはこのゲームを管理している側の者。どこかにいるだろうとは思っていたが、まさか街の長がそうとは思わなかった。
「ずいぶんとアリスを気に掛けているんですね。ただのAIに」
ロゼの冷たい言葉に、セフィの方が息を呑んだ。緊張した面持ちで黒田を見ると、黒田は神妙な面持ちをしていた。




