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第八話

 街の並木が黄色一色に染まり舗道一面が枯れ葉に覆われる季節になった、達也はブラインド越しに紅葉に染まった並木通りを先程から見詰めていた。


あれから二ヶ月近くが経とうというのに早坂教授からは何の連絡もない、遺伝子解読に忙殺されているのだろうか、それとももうあきらめたのか…。


達也の方もあの日 消沈する教授に「又来ます」と言ってはみたが…未だ連絡はしていなかった。

いや連絡していないのではなく もう連絡する気はないが本音であろうか、ゲノム解析で祖父がほぼ別系統人類と分かった今 そこから先の進展は教授にはもう望めないと思えたからだ。


達也が幻視に悩み 教授を頼ったのは幻視が脳の病気からくる症状と思ったから…。

しかし時がたち幻視が実世界と同様の鮮明度になり あのラピュタ地表の生活感を垣間かいま見たとき、あれは幻視などではなく世界にはもう一つの世界が実存すると達也は確信した、そしてその別世界を知覚できるのはこの人間界で達也とその父のみに与えられた特異性、すなわち別系統人類の血がなせる技と結論していた。


また最近の達也は今までの固定概念が柔軟化している様に思えた、それは別世界は一つではなく複数存在する…そういった想いだ。


達也が子供の頃、中野の家に近い公園で蟻の巣へせっせと昆虫の死骸しがいを運ぶ無数の蟻を見た、達也は昆虫の死骸より砂糖の方が美味しいはずと思い家に走りキッチン棚から粗目糖ざらめとうをスプーンにすくい 急ぎ戻って巣穴のすぐ横に盛り 昆虫の死骸は蟻から取り上げた。


蟻らは取り上げられた死骸を数秒間探していたが、粗目糖に気付くと探すのを忘れた様にすぐにそれに群がった


蟻らは美味しい粗目糖の味を知ったはず、ならばこれからは昆虫の死骸など探さず粗目糖を探すだろう、達也は巣穴から200m離れた台所のキッチン棚に置かれた粗目糖ケースに蟻はいつ辿たどり着くか毎日楽しみにしていた。


しかし何日経ってもキッチン棚には蟻は現れず達也はそのうち忘れてしまった。

蟻の行動範囲は半径何百メートルであろう、もし百mであればその範囲が彼らの認知世界なのか。


中野の公園にはドブネズミがいた、それを追って野良猫も来た そして散歩途中の犬も来ていた。

しかし彼らはブランコに揺れる達也を知覚しただろうか、彼らは達也が通う小学校の存在を知っているだろうか、さらに拡大すれば彼らはこの地球にんでいることを認知しているのだろうか。


多分何も知らないだろう、彼らが認知しているのは己の行動範囲だけで、それが彼らの全世界なのかもしれない、つまり認知世界の概念とは脳レベルに合わせた行動範囲内をいい、彼らにとって隣の新宿はもう“別世界”なのだ。


対象の脳レベルにより知覚する世界は無数に存在する、達也は今はそう考えている。

人間は見えるものや体験、また情報等で現世界を知覚している、しかしそれは人間の脳レベル領域の範疇はんちゅうを知覚しているに過ぎず真の全世界ではない、それは蟻や鼠を思えば洞察は容易であろう。


であるならば現生人類をはるかに超える超人類がもし存在するならば、彼らには人間界はどの様に映っているのか、達也が歩いていて蟻を踏みつけるのを避けたとき、蟻は達也の慈悲じひの心に感謝するだろうか、いや蟻は達也の心以前に存在さえも知覚していないかもしれない、それと同様に超人類は現生人類(人間)を蟻でも見る様に見ているのか、それとも人間には想像さえつかない超越した知覚概念で人間を観察しているのだろうか。



 達也は先程からブラインド越しに黄色く色ずんだ銀杏いちょうの並木を見ている、16階のこの位置から見る並木の幹は黒い線にしか見えず 風のそよぎに黄群が揺れるとまるでその黒い線は歩き出すかの様に歪んで感じられた。


その時、達也は中学の頃貪り読んだというよりは脳に格納したと言った方が正しいのかもしれぬがサルトル著の「嘔吐おうと」153頁の一説が不意に頭によみがえった。

本作の主人公は30歳で独身のアントワーヌ・ロカンタンという赤毛の男。


ある日、ロカンタンは自分の中で起こっている異変に気づく、海岸で何げなく拾った小石やカフェの給仕のサスペンダーを見て吐き気がしたり、ついには自分の手を見ても吐き気がするようになってしまうのだ。


そして、公園のベンチに座って目の前のマロニエの木の根塊を見た時、そのおぞましさに激しい吐き気に襲われる、それは物がそこに“存在”するからだと気づく、つまりこの吐き気は実存の不確かさを認知した拒否反射とも言えようか。


物がただ物として 自分がただ自分として存在する…誰の意識の中にもロカンタンという人物など存在せずそれらは単なる“抽象的な概念”に過ぎないと気づいた時から永遠に反復される吐き気。


この“吐き気”とはゲシュタルト崩壊であろう、ゲシュタルト崩壊とは現実の感覚が薄れ混乱することで、不確かな実存の上に成り立ち意味を与えられた物が、ある時そのベールが剥がれまったく別の物になったような違和感を覚えることを言うのだが…それがロカンタンの身に起こり彼の日常生活は崩壊していく。


読んだ当初、病的なほどにたおやかな精神構造…全く自分と同様なる人物が他にも存在するんだと達也は当時感じたものである、その後多くの唯物論や実存主義を読み漁る中、サルトル著の日記形式で書かれたこの嘔吐が如何に分かりやすく実存概念とその洞察を 読む者に教えているか痛く感銘したのを覚えている。


ゲシュタルト崩壊…達也も中学の頃 似た様な現象が現れていた、例えば公園で木々を見詰めているとき ふとその目の前の木が動き出すような予感にとらわれたり、木を木として単純に形容し何の警戒も抱かず無邪気に公園で遊ぶ子供達を危ぶんだり…。


幼い頃蛇肌そのものの樹皮表面は怖い物ではなく風雨から幹を守る皮だと母に教えられた…しかしいくら分かってはいても達也には奇っ怪なその樹肌は爬虫類はちゅうるいの足肌にしか見えなかった。


証拠にその木々らの根塊は水を吸うおぞましい臓器そのものではないか、人知れずジュルジュルと土から水を吸い、おどろな腸内を経て四肢の細胞内へと密かに採り込んでいるというに。


あの四肢にも見える揺れる枝や葉は本当に風だけで動いているのか、人知れず夜中にその木が移動していることは誰も知らないのか、誰も見たことが無い それだけであの木々らは永久静止生物と断定してよいのかと…。


達也は今でもこの想いを完全に払拭ふっしょくしたとは思ってはいない。

安全圏の16階で銀杏の並木を見ながら概念ではあの銀杏いちょうはけして通行人を襲わないと感じている、だからこうして安穏あんのんに見ていられるのだが…しかし意識を変え再び見たとき銀杏は通行人を襲う体勢に迫っていた、そんなことは絶対ありえない事象と断定出来ようかと。


犬は襲ってくるが木は襲ってこない、襲うの概念とは何なのだ、それらは人間の知覚と情報により定義された人間界のみの規範に過ぎないのでは…達也はあのラピュタを見てから最近おのれの意識と視覚概念が少しずつ変化してきたように思える、また時間・実存という概念も同様であった。


1秒前、1分前、1時間前…時間と共に過去の実像は消えいき 今 新たに実像が結ばれてここに存在する、では時間と共に消えていった実像はどこへいったのか、達也は単純に「己が移動したから消えた」などとは思ってはいない…。


達也はその実像は消えたのはでなく映画のフィルムのように何億もの時間断層に実像を残しつつ、今は自分が選択した時間断層に刹那的に存在している…ゆえに今存在する断層から過去の断層は見えないため消えたと感じる…達也はこれまではそう考えていた。


また各時間断層に残された自分の実像はさらに別の時間断層へと分け入り、今とは別な生活に入っていく…よって自己の未来とは「選択」に依存する、そんな多時層概念にこれまで違和感は覚えなかった、しかし今は その怪しげな概念から抜け出しまさに時間・実存の真理を掴みかけている、そんな想いがこの脳に湧きあがり始めていたのだ。



 10月、幻視の悩みは頂点に達していた、自分が何者かが解らないという想いは日々達也の心をむしばんでいき、全て知り尽くしたい また父を元世に奪還したい、そんな想いが極に達したとき達也はあの世界に行くことを決断した。


10月の終わり、決行の日を11月9日と決めた、妻には5日間ほど出張すると言い会社には家族旅行で5日間ほど会社を空けると偽った。


視覚チェンジはどこでやろう…そのことばかりを数日間考えていた、ホテルで…しかしあの世界に行っている最中この身はホテルの部屋にあるのだろうか、それとも体ごとあの世界に移動するのか。


もし現世界にこの身が残るので有れば意識のない身をホテルに委ねるは危険に過ぎる、ではホテル以外に5日間ものあいだその消息を絶ち抜殻ぬけがらを安全に温存できる場所など有ろうか…。


達也はある日ふと思いついた、空港の駐車場…沖縄に行ったとき国内線のP2駐車場に車を停めたことを思い出したのだ。


あそこなら5日間程度の駐車は問題は無いはず、又屋根もあり夜もそれほど寒くはないはず、少し厚着をしていればこの身が現世界に残ったとしても危険はないだろうと思えた。


視覚チェンジの場所は決まった、後は準備を整えるばかりである。

達也は持参するものをいろいろ考えた、下着・洗面用具…旅行じゃないんだと苦笑のあげく取りえずは服だけはいろいろ取りそろえようと思った、あの世界にうまく融け込むには類似の服装は必須と感じたからだ。


11月9日、いよいよ決行の朝を迎えた。

妻に行ってくると言い残し家を9時に出た、達也が出張に出るのは常のため妻は特にいぶかる気配もなく幸いした、車は昭和通りの渋滞を避け一路羽田へとその進路を変えた。


10時過ぎ車を羽田のP3駐車場の目立たぬ建屋端に入れることが出来た、エンジンを切り周囲をうかがう、達也と前後して隣に駐車した車には家族なのか降りたった子供らははしゃぎながら両親にまとわり付いていた、その光景はこれから飛び立つ家族旅行の楽しい雰囲気をかもし出していた。


達也は周囲から人が消えるのを待った、30分ほどで辺りは次第に静まりかえっていく。

人が周辺から消えたことを確認すると車から一旦降り 3列座席ワゴン車の最後部座席に身を移し内側から鍵を掛けた。


そして後部と両側面のウインドカーテンを引き周囲からは見えぬよう一旦うずくまってみた。

これなら誰が見ても人が乗っているとは気づかないだろう、達也はルームミラーで確認するともう一度カーテンの隙間から辺りをうかがい時計を見た。


時計は10時52分をさしている、達也は胸のポケットから手帳を取り出すと、2014年11月9日10時52分羽田P3駐車場よりと書き記した。


いよいよあの世界への旅立ちである、心臓の鼓動が聞こえるほど昂奮しているのが分かる、この期に及んで行くのを躊躇ためらう気持ちは未だ払拭出来ていないのか…。


生きて帰れるだろうか、父のことを考えれば帰れない確立は非常に高い、もし帰れなければ志津江や一翔はどうなるのか、自室の書斎机に仕舞った銀行通帳の残高は一千万にも満たず、また会社を処分しても借り入れを相殺そうさいすれば二千万とは残らないだろう、そんなことをくよくよ考え始める。


しかしこの件は2ヶ月間さんざん考えたこと、それでもあの世界に行きたいという渇望かつぼうおさまらなかったはず、達也はどんなことがあっても元世に再び戻ってくる、期間は5日以内 そう心に決めこの日を迎えたはずなのに。


しばらくの間 達也は瞑目していた、そして再び目を開けたとき心は決まっていた。

頬を両手で強く叩くとゆっくり眼を閉じ意識をませていく、そして目に力を込め再び瞼を開きながら視覚チェンジを行った。


視界全体が一瞬暗褐色に染まりいつもの様に全身の毛が逆立つ、顔に微風が当たっている感覚に視神経がピリピリと震え始めた。

辺りの暗褐色は少しずつ薄まっていく、視界はおぼろから鮮明さを次第に増していった。


視界は不意に開けた、薄茶褐色の空間にあのラピュタが浮く世界である。

達也はせわしなく辺りを見渡す、今日のラピュタは近傍には無かった またその数も少なく一番近いラピュタでもおよそ500mほど前方に離れていた、達也は暫く周囲の光景を眺める 体感は以前感じた様にこの位置から前方のラピュタまで飛んでいける感覚にあった。


目をらし前方ラピュタをながめる内、島のふちに天幕状の建屋を認めた。

(あの天幕状の屋根なら飛び移れそうだ)

そう考えるも体が震えすぐ実行に移すことがためらわれる、いざ決行となると無様にも体がすくんでしまうのだ。


しかしここまで来て竦むぐらいなら何の決断だったのだ、その自嘲じちょうに達也は苛立いらだった。

(よし行ってやろう、そして危険を少しでも感じたらすぐに元世にチェンジすれば…)そう考えるとすくみは多少なりとも薄らいだ。


達也は天幕状の屋根に焦点を合わせた、そして誰に教えられたわけでもないのに体感がおもむくまま意識は移動行動に移ていく。


体がスーと空間に躍り出た、すると一気に目標の屋根が眼前にせまってきた、体に軽い衝撃があった しかしそれは着地の体感ではなく最初からここにいたという奇妙な感覚で屋根に取りすがっていた。


(こんなに簡単に移動ができるんだ)

しかし俺の実体は未だ車の中だろうか、それとも車の中からもう消えているのだろうか、そんなことを頭の片隅で考えながら眼下の道路に視線を向けた。


道路上には人影はまばらで、あの罪人の行列はきょうはどこにも見当たらない。

達也は目をこらす、できるだけ通行人の表情や衣装を目に焼き付けたかった、もし表情や衣装が達也の現状と余りにも異なっていればあの雑踏には踏み込めまい、異邦人としてすぐにも追われるか捕らえられてしまう。


屋根に取りすがって5分が経った、幸い下を歩く通行人等は屋根上に取りすがる達也に気が付いていない。

ホッとする想いに余裕が生まれた、達也は下を歩く通行人の一人に焦点を合わせた、しかしすぐに首をかしげる…それはその通行人が兄によく似ていたからだ。


次いでその後ろを歩く男の表情も窺った、やはり似ている…その後も幾人かの通行人を見たがやはり兄や自分に似ていると思った。


(一体これは…どうして)

まるで兄弟の複製が歩いているのだ、暫く呆然ぼうぜんと見ていた達也は(いまはそんなことに感心している場合じゃない)と頭を振った。


しかし少し安心もした、これなら逆に潜り込むのも容易と思えたからだ。


心を落ち着かせ 次ぎは着ているものに注目していく………しかしこれは余りにも違いすぎた。

(これは…一体何と言う姿だ)

首から下は全身タイツのような薄手の生地で覆われ、体に密着する様にフィトした服装である。


色はどう表現したらよいのか思い浮かばなかった、単純に言えば黄緑に灰色をかし込んだ色とでもいうのか…とにかく現世界では服地には考えられない色だった。

その他の通行人の服装もほぼ同じで、色は灰色量の多寡たかに過ぎないと感じた。


そのほか多くの通行人を見たが 不思議なことに女性は一人も見当たらなかった、この世界に女はいないのだろうか。

その時、耳奥で声らしき響きが流れた その響きは以前早坂教授の部屋で視覚チェンジをしたとき罪人の一人が達也を見て叫んだ時と同じ響きであった。


達也は音源を探す、すると道路向かいの道端で二人の男が向かい合って表情を目まぐるしく変化させる光景が目に飛び込んだ、それはまるで会話している様に見えるが口は開いていない。


達也は二人を見詰め聞き入る様に神経を集中させた、するとその声は次第に大きくなっていった。

それは日本語…いや違う、まるで精神に融け込んでくる様な波調…そう声などでは無い、あの時「逃げろ」と聞こえたはずの声も奇妙な感覚だった、それは声ではなかったのだ。


しかし二人から発せられる波調は染み入る様に達也に届き、なぜか自然と会話に翻訳ほんやくされる…そんな感じなのだ。

会話の内容は単純なもので、どこかの誰かが何々をしたらしい、我等も今からそこに行こうか…そんなたぐいである。


刹那、聞こえて理解できるということは伝えられるということ…そう思えた、現に今 彼らに対しここから言葉が伝えられる体感に達也は軽く驚いているのだ。


残るは問題は衣装か…達也はそう想いながらポケットに手を入れる、そしておもむろに薄型の望遠レンズ付きデジカメを取り出した。

やはり持ってきて良かったと思う、しかしここで撮影した画像が元世で再生できるという保証は無いが。


達也は時間を掛け50枚ほどの風景と人物を望遠撮影した、そして1km程の範囲内で隠れることの出来る屋根を探して飛び回った、そして見うる限りの風俗や人物をカメラに収め元の屋根へと戻ってきた。


移動体感は充分に会得えとくできたと思えた、これが元世でも出来たらどれほど便利かと想う。

(さてどうしたものか…この服装で下に降りるのはいかにもまずい)すぐにも群衆に取り押さえられるは必定ひつじょうか。


(早いがここは一旦元世に戻ろう、あの服の風合いも掴めたから写真画像より類似した服も出来よう…)

そう考えると達也は帰還きかんチェンジを試みようとした、しかしふと戸惑う もしチェンジしたとき以前の車の座席上に戻ればよいが…もし見知らぬ空間にでも戻ったら落下してしまう。


これはマズイと思う、この屋根に飛び移る前はどの辺りにいただろうかと振り返って空間をうかがった…しかし分かるはずはない、ただ茫漠ぼうばくとした空間にラピュタが点在するばかりである。


(ええい なるようになるさ)

この時達也には現世に戻っても何故か空間移動の体感はそこなわれないような気がしたのだ。


自暴自棄ではないが達也は無造作にチェンジを試みた、戻る際は一気に戻れる これまでの経験からそんな気がしたからだ。


案のじょう一瞬で暗褐色から明るい陽の光に変わった、しかし天地も分からぬほどの予期せぬ目眩が襲う…達也は吐き気をともなう激しい目眩に目をつむり身をよじって耐えた。


少しずつ目眩と吐き気が治まっていく、達也はゆっくりと息を吐きながら目を開けた 瞬時彼は目を見開いて驚愕きょうがくした 何と空港駐車場の数百メートルもの上空にポッカリと浮かんでいたのだ。


恐怖に目がくらんだ、しかし落下感覚は感じられない。

恐る恐る辺りを窺う…なんと自分は落下することなく空間にただよっているのだ。


そのあやうげな浮きに身を任せ動悸どうきが落ち着くのを待った、暫くすると確固とした浮きの体感を会得した様に感じられる、こんな感覚は過去に経験は無い…それ以外にも何かは分からないが幾つもの体感が身に芽生えたそんな奇妙な感覚がしきりと涌いて出た。


そして次第に落下とか空間とか時間とか…元世の殆どの概念が陳腐化していき、代わりに崇高な次元空間の真理が見えてきてのだ。


いつしか下界はまるで箱庭のような稚拙ちせつな造形物にしか見えず、それらはいつでも破壊できるそんな力の息吹いぶきさえ今は感じられるのだった。


あの別世界に直に触れたとき、またあの世界の空気を吸い込んだとき達也の脳に封印されていたものが弾けて破れた…今言えることはその程度だが、それも時間とともに解っていく そんな慧識けいしきが頭の隅に湧きあがり輝き始めていた。

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