肉弾の錨
「ガアアアアアアアッ!!」
狂乱の渦中にあるケルベロスの異形化した巨腕から、高速回転する大型解体チェーンソーが耳腔を打つ絶叫とともに跳ね上がった。数千の硬質ダイヤモンド歯を備えた回転刃が空気を残酷に切り裂き、耳を裂くような金属摩擦音と火花を撒き散らしながら、足回りを奪われた隊長ダイヤモンドの頭上へ向けて死の牙を剥く。
油圧スラスターが焼き付き、過熱ノイズを発する『ダイヤモンド・ブレード』では、落とされる凶刃の回避が絶対に間に合わない。絶対死の瞬間。
「ダイヤぁぁぁッ!!」
「うちの隊長に……その小汚い刃で触るんじゃねぇぇぇッ!!」
凄まじい脚撃音と地響きとともに割り込んだのは、重装甲機を駆る小隊の頼れる姉御肌――サファイアだった。
彼女は愛機『サファイア・シールド』の全出力を脚部打撃アンカーへ注ぎ込み、岩盤深くへと打ち込む。そして、表面が剥げ落ちた前面の大型電磁シールドを叩きつけるように押し出し、敵の巨大チェーンソーの軌道上へ真っ向から割り込ませた。
ズガガガガガガガガガガンッ!!!
目も眩むような白光の火花が戦場全体へ激しく散り、サファイアの電磁シールドが耐えかねて悲鳴を上げる。
高速回転する凶刃が超重装甲を強引に削り取り、金属フレームを磨り潰し、さらには内部の肉体を肉塊ごと切り刻む凄惨で不快な音が焦土に響き渡る。
「サファイア!! 離れろ! 機体が持たない!!」
「逃げてたまるかよ……っ! まんまと捕まえたぜ、化け物……! この錨は……死んでも外さねぇ……!!」
サファイアはコクピットの中で大量の血を吐きながら、砕け散るシールドの隙間から機体の両腕アームを限界まで伸ばし、ケルベロスの巨腕を己の機体ごと力任せに抱え込んだ。
強烈な回転刃が彼女のコクピット壁面を貫通し、内部の肉体を、臓腑を、非情に破壊していく。しかし、モニターの赤光に照らされたサファイアの表情には、最期まで一切の怯みも無く、むしろ豪快で不敵な笑みが浮かんでいた。
「ダイヤ……うちの、不屈の隊長さんよ……残らず叩き潰しな……っ!」
バリィィィィンッ……!!
大型チェーンソーが完全にサファイアの機体を貫通し、メインモニターが暗転。彼女の生命反応が完全に潰えた。
だが、命が途絶えてもなお解かれなかった彼女の執念の肉弾アンカーにより、ケルベロスの巨躯と攻撃ラインは寸分違わず完全に地表へ固定された。サファイア殉職。
「サファイア機が……敵の主要駆動系を物理固定……! ダイヤモンド、胸部中央の死角……破砕座標を……今送るわ……!」
遠方の暗がりで息を潜めていた狙撃席から、エメラルドの冷徹な声が通信機に届く。
彼女の美しい瞳からは大粒の涙が溢れ出していたが、その指先と精神は寸分の狂いもなくスコープの十字を敵の弱点へと捉え続けていた。
「ターゲット……ロック。……ダイヤ、私の意志を……届けて!!」
シュバァァァンッ!!
エメラルドの放った渾身の大口径狙撃弾が、サファイアの命懸けの固定によって剥き出しになったケルベロスの胸部装甲の極小の亀裂を、寸分たがわず正確無比に射抜いた。高エネルギー弾が内部で弾け、頑強な装甲を内側から崩壊させていく。
……だが、直後。
ケルベロスの背部から、不気味な排気音を立てて伸びた無機質な電磁アンカーが、光学迷彩を破ってエメラルドの狙撃ポイントを一直線に射抜いた。
ドスッ……!! ガガガガッ!!
「あ……っ……」
胸部を極太の金属杭に貫かれ、エメラルドの狙撃席が内側から爆破炎上する。
黒煙と炎に包まれ、血に染まる視界の中で、彼女はダイヤたちの突撃を見つめながら、静かに通信へ最後の声を残した。
「ダイヤ……心臓の座標は……そこよ……。私たちの想いごと……撃ち抜いて……っ」
エメラルド殉職。
「サファイアぁぁぁっ! エメラルドぉぉぉぉッ!!」
二人の大切な仲間が連続して命を散らした、そのわずか数秒の隙。
ルビーとダイヤモンドが、血みどろの咆哮とともに解体部屋の死線へと雪崩れ込んだ。
「ルビー! 火力を限界まで叩き込めぇぇぇッ!!」
「死んでも……死んでも外さねぇ……! 超高熱プラズマ……全開だぁぁぁッ!!」
ルビーの『ルビー・バーナー』が両腕を突き出し、限界突破の火炎バーナーを放射。エメラルドが射抜いた胸部の傷口をドロドロに溶かし、赤熱化させて内部構造を丸裸にしていく。
そこへ、全存在を覚悟に変えたダイヤモンドが最高硬度ブレードを過熱限界まで激しく発光させ、死線を超えて跳躍した。
「俺たちの……『アダマント』の絆は……絶対に折れなぁぁぁぁぁっ!!」
ズババババババババババンッ!!
オパールが光を残し、サファイアがその身を呈して動きを止め、エメラルドが射抜いて暴き出した三回目の心臓(第三核)。仲間たちの命のバトンを受け継いだダイヤモンドの渾身の一閃が、不気味に脈打つ核を分子レベルで完全に爆砕した。
ズボォォォォォォンッ!!
三回目の完全撃破。
巨神が激しい狂乱の悲鳴を上げ、内部からの爆発とともに地表へと倒れ込む。
煙が立ち込める戦場に、静寂が訪れるかに思われた。
だが、残された最後のアダマント――ダイヤモンドとルビーの前で、倒れた惨劇の残骸が不気味に蠢き始める。
生体油と金属の破片がドロドロと合体し、さらなる惨劇、さらなる絶対的な拷問空間へと変貌を始めようとしていた。




