第八話
カーテンの隙間から漏れる穏やかな日差しに、目を覚ました。
藁の上で寝た経験のある俺は、すぐにここが自宅の布団だと理解する。
当たり前だったはずの“普通の朝”が、やけに温かい。
(また、この世界に帰ってこれるなんて思わなかった……異世界では腕を燃やされたし、これからも危険なことが待ってるんだろうな。
それにしても、次はどうやってあの世界に行くんだ? 家から通うのか……?
あれ? 今日何曜日だっけ……)
「…………」
「ヤバい!!」
慌てて飛び起き、時計を見ると8時を過ぎていた。
「遅刻だ!!」
急いで支度を済ませ、家を飛び出す。
⸻
学校に着くと、まだホームルームは始まっていなかった。
なんとか間に合ったと教室に入ると、一斉に視線が集まる。
「おっす、ホーリー!」
竹口が手をあげている。
まるで昨日のことなど何もなかったかのようだった。
「お、おう」
席に座ると、竹口が突然頭を下げた。
「昨日はありがとな。本当助かったよ」
「え? な、なにが?」
異世界のことがバレたのかと、一瞬で焦りが走る。
「お前、カラオケの途中で俺が倒れたから家まで運んでくれたんだろ?」
(いったい、おっさんは竹口にどんな魔法をかけたんだ)
「そ、そうなんだ。大変だったよ。大丈夫だったか?」
とりあえず話を合わせることにする。
竹口はため息をついた。
「やっぱり慣れないことはするもんじゃないな。俺さ、ああ見えて相当緊張してたんだよ。それで無理しすぎて倒れたんだと思う。キャパオーバーってやつかな。だから昨日のこと、全然覚えてないんだ」
「ま、まぁ仕方ないよ。それは。俺も緊張してたし」
楽しみにしていた竹口の姿を思い出し、少し罪悪感が生まれる。
「俺のほうこそ、ごめん」
そう言うと竹口は目を丸くした。
「なんでホーリーが謝るんだよ。でも惜しいことしたよな。せっかく宮上に告白できるチャンスだったのに」
それを聞いて、少しだけ気持ちが軽くなる。
結果的にフラれる未来は防げたのかもしれない。
「次もあるさ。その時告白しようぜ!」
「そうだな! でもずるいぞ! お前だけ告白して成功させやがって」
「あ……」
(そうだ、俺は魔法のかかった志帆ちゃんに告白したんだった!!)
冷や汗が流れる。
「お前、それ誰から聞いた?」
「宮上に決まってるだろ。次は俺達の番だなってアイコンタクト送っといたよ」
「やめとけよ。それよりこの事を知ってるのは……」
「もう学校中知ってんじゃないか? なんたってお前はこの学校一の美人を落としたんだからな」
「最悪だ……」
「何が最悪なんだよ! 最高の間違いだろ?」
「そんなんじゃないんだって。とにかく……」
「おい」
後ろから低い声。
振り向くと、クラスの不良――矢鍋が立っていた。
周りを威嚇し、力を誇示するかのように逆立つ髪の毛、つり上がった目つき、だらしなく着られた制服。
最も苦手なタイプだ。
「お前、桜田に告白したらしいじゃん」
「え、うん……」
次の瞬間。
ドンッ。
腹に衝撃。
「うっ……!」
呼吸が止まる。
「気に入らねぇんだよ。お前みたいな陰キャが、桜田と付き合ってるって噂流れてんのが」
(息が……できない……)
髪を掴まれる。
顔を無理やり上げられる。
「言えよ。“僕が勘違いしてただけです。全て嘘です”ってな」
「なんで……」
「は?」
「なんで…… 矢鍋が桜田のことで、そんなに……怒るんだよ……」
一瞬の沈黙。
そして。
「お前……死ねよ」
暴力が始まった。
視界が揺れる。
鼻血の感覚すら遠くなる。
教室のどこかで悲鳴が聞こえた。
「やめて!」
桜田の声。
その声だけがやけに鮮明だった。
「ごめんなさい……」
気づけばそう言っていた。
「付き合ってません……俺が勝手に勘違いしました……」
矢鍋が笑う。
「ほらな、ただの嘘つきじゃねぇか」
唾が飛ぶ。
「二度と勘違いして告白なんてすんじゃねぇぞ。お前なんて誰も相手にしてないんだからよ」
桜田は何も言わず、視線を逸らしたまま席に戻った。
(……終わった)
この場から消えたい。そう思った時には教室を飛び出していた。
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眩しい朝日が視界を刺し、そっと薄目を開ける。
(夢…か…?)
布団から飛び起きる。時計は8時過ぎ。
「寝すぎじゃ、お主は。やはり小屋での起き方が良いようじゃな」
おっさんがそこにいた。
「そうか……やっぱりおっさんが……」
「うむ……そういうことじゃ」
「ありがとう……俺、あのままだと学校行けなくなってた」
「ずいぶん派手にやられたの。それにしても、お前さんはつくづく上手くいかんな」
「俺、これからどうすれば……」
「そんなことわかりきってるじゃろ」
「え?」
「もっと強くなるんじゃ。今よりもっと」
「はは、矢鍋を倒せるように?」
なにも考えられなかった。まるで仮面をつけてるみたいに表情は固まっている。
おっさんはため息をつく。
「ちがうわい」
「…じゃあなんだよ」
おっさんはまっすぐ俺をみる。
「大切な人が離れていかないように、じゃ」
目が潤み、動かなかった表情がしわくちゃになるほど柔らかくなった。
次々と温かい涙が頬をつたっていき、咽び泣く声と共に下に落ちていった。
こんなに泣いてる理由は自分でもわからない。
悔しさか、情けなさか、それとも全部か。
「……俺、変われるかな?」と絞り出す。
おっさんは静かに言う
「それは、お前さん次第じゃ」




