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第二十二話

ポツポツと肩を濡らしながら、重い足取りで歩く。傘はない。濡れた路面に映る自分の情けない顔を、踏みつけてしまいたくなる。


ふと、もしかしたら母親がまだ家にいるかもしれないと思い、進路を変える。


道中、時間を潰すために回り道をしようと人通りの少ない路地に入った、そのときだった。


「おい!」


背後から突然声が飛んできた。


振り向いた瞬間、顔に衝撃と鈍い痛みが走る。不意打ちの一撃に、俺は地面へ滑るように倒れ込んだ。


「なんでてめぇ、こんな時間にこんなとこいんだよ? 調子に乗って学校サボってきたのか?」


矢鍋が、倒れた俺を見下ろしていた。


「矢鍋……お前こそなんで……」


「俺はお前を見かけて、つけてきたんだよ。まぁ、俺からすれば好都合だったけどな。ケリつけようぜ」


「ケリってなんだよ……」


「とぼけんな。俺はお前にされたこと、忘れてねぇからな。今度こそやってやる」


「めちゃくちゃだな……あれは……お前からやってきたんだろ?」


「知るかよ、そんなのどうでもいい。早く立てよ。俺はお前をボコれればそれでいいんだよ」


矢鍋は嫌な笑みを浮かべながら、拳を手のひらに打ちつけて指を鳴らす。見るからに戦闘態勢だ。


だが、今の俺には矢鍋と戦う気力はなかった。すべてがどうでもよくなっていた。


「……やれよ」


「あ?」


矢鍋は眉間に縦皺を寄せる。


「そんなに俺をボコりたいなら、気の済むまで殴ればいいだろ?」


「おい、何言ってんだてめぇ……」


矢鍋の顔に怒りが溢れる。俺の方へ歩み寄ると、髪を掴み、「立ておらっ」と無理やり引き起こした。


次の瞬間、みぞおちに拳が突き刺さる。


「うっ……」


「おい、気の済むまでやっていいんだったな。じゃあやってやるよ」


何度も、何度も矢鍋は俺の腹を殴った。


痛みはやがて感覚を超え、吐き気に変わる。胃液を吐き出し、俺はうずくまった。


熱い吐息が、濡れた地面の水面を揺らしている。


うずくまった俺の背中を、矢鍋は蹴り続ける。


「おらっ、どうした? やり返してこいよ、くそが!」


なんで俺ばかりこんな目に遭うのか。耐えていれば、このまま時間が過ぎるはずだ――そう思うしかなかった。


「おい! 腰抜け! これで終わりか?」


腰抜け……竹口もそう言っていたな。


そうだ。俺は腰抜けだ。


「くそがっ……こんな腰抜けだったら、もっと早くやっときゃよかったぜ。これじゃ何のために桜田の親父辞めさせたかわかんねぇな……」


「は?」


俺は、蹴り続ける足を掴んで止めた。


「おっ? やんのか?」


「お前……今、何て言った?」


「あ? 桜田のことか? お前を怒らせるために、親父に頼んでクビにしてやったんだよ。結構大変だっぜ? 無理やり女性社員に証言させてセクハラしてることにしてやったんだよ」


「そんなことで……」


俺は立ち上がり、矢鍋の顔を殴りつけた。


「お前、自分で何したかわかってんのか!」


「やっとか。いいね……とことんやりあおうぜ」


全力の一撃だったが、矢鍋は少しよろけただけで、ほとんど効いていない。


矢鍋は距離を詰め、俺の後頭部を掴むと強く引き寄せた。


次の瞬間、頭突きが顔面に叩き込まれる。鼻に熱が走り、鼻血が噴き出した。


「ぐあ……」


「おらっ、ぶっ殺してやるよ……」


矢鍋が拳を振り上げる。


俺は覚悟して目を閉じた。


だが、衝撃は来なかった。


目を開けると、おっさんが矢鍋の腕を掴んでいた。


「お、おっさん……?」


「その辺にしておけ。もうよいじゃろ……」


「ああ? 誰だてめぇ。離せよ!」


「それは無理じゃ。離したらまた殴るじゃろ」


「じゃあてめぇら知り合いか? じじぃ、殺されたくなかったら今すぐ手を離せ」


「口の利き方に気をつけろ、小わっぱ」


矢鍋はおっさんへ振り向き、もう片方の拳を突き出した。


「おっさん! 危ない!」


そう叫んだのとほぼ同時に、矢鍋の体が宙に浮くように吹き飛んだ。


「な、何者だよお前……」


矢鍋は驚いた顔でおっさんを見る。


「わしか? わしは魔法使いじゃ。そこの情けない男は、お主の言う通りワシの知り合いじゃ。この辺でやめてくれんかの」


「魔法使いだぁ? ふざけやがって。じゃあ魔法で俺を倒してみろよ」


「うーん、お主を倒すのは簡単なんじゃが、この世界では魔法攻撃は禁止なんじゃよ。勘弁してくれ」


「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」


矢鍋は獣のような形相で再び飛びかかった。


「おっ、そうじゃ」


おっさんは何か思いついたように手を打つ。


そして矢鍋へ手のひらを向けると、矢鍋の体が白く光り、先ほどとは比べものにならない勢いで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「ぐあっ……!」


矢鍋がうめき声を上げる。


「そうじゃ。お主もなるか? 魔法士に」


「冗談だろ……」


内心そう思いながらも、言葉には出せない。


矢鍋は立ち上がった。


「お前……俺になにしやがった?」


「だから魔法じゃと言うとるじゃろ。ここだけの秘密じゃぞ?」


「ふざけた野郎だ。俺はお前をぶっ飛ばす、それだけだ」


「いや、無理じゃろ。お主弱いんじゃから」


その言葉に、矢鍋が激昂する。


「このクソじじぃが!」


矢鍋は再び殴りかかった。


「うむ、いい気迫じゃ。こい」


思わず声が出る。


「おっさん!」


しかし次の瞬間、おっさんが呪文のような言葉をつぶやくと、矢鍋は意識を失い、そのまま地面に倒れた。


「おい! 矢鍋!」


「安心せい。気を失っとるだけじゃ」


おっさんはそう言うと、矢鍋を抱え上げる。


「こんな場所で雨に打たれておったら危険じゃからな。一度、ワシの世界へ連れていく」


「正気なのか?」


「あたりまえじゃ。ワシはまだボケとらん」


「そ、そうか……助かったよ。その……ありがとう」


「ふん、哀れじゃったからの。仕方なしじゃ」


そう言って、おっさんは歩き出す。


「待ってくれ……」


「なんじゃ?」


「俺も行くよ」


「こんなやつ、連れていく気はないわい。うじうじしたやつは迷惑じゃ」


「時空魔法 ……」


その言葉に、おっさんの表情が変わった。

読んでいただきありがとうございました!

次で最後の投稿になります!!

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