第十七話
俺は慌てて二人の間に割って入った。
マリルもリアナも、完全に感情的になっている。
もしここで本当に戦いなんて始まったら、どちらも無事では済まないだろう。
もちろん、俺も――。
「二人ともどうしたんだよ! 魔法対抗戦は終わったんだ。もう戦う意味なんてないだろ?」
「どいて、新人君!」
マリルが叫ぶように言う。
すると今度はリアナも、
「ホーリー、大丈夫だからやらせて」
と、冷たい声で言い放った。
二人とも、完全に戦闘モードに入っている。
表情は険しいまま。
特にリアナは、抑えていた苛立ちが限界まで膨れ上がっているようだった。
「聞いててイラつくのよね。あなたみたいなタイプ」
「……っ」
「自分が一番辛いとでも思ってるわけ?」
「そうじゃない。私はただ……」
「お、おい、もうそのへんで……」
止めようとした俺の声は、風にかき消されたのか、二人にはまるで届いていないようだった。
もう完全に修羅場である。
「気の済むまでやらせりゃええ」
「そうだな――って、おっさん!?」
「えっ!? シルバ様!?」
突然現れたおっさんを見て、二人が同時に驚きの声をあげる。
「やることがあると言っておったが、まさかおなご二人をはべらかしておるとはのう。お主もなかなかのプレイボーイじゃ」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
即座に否定する。
「というか、この状況のどこがプレイボーイなんだよ……。でも、来てくれて助かった」
おっさんの姿を見た瞬間、緊張の糸が切れたように力が抜け、その場に座り込んでしまう。
「三人ともまだ元気そうじゃな。なら、ワシからのお願いを聞いてはくれんか?」
「元気に見えるのは気のせいだ」
即答で断る。
どうせろくでもない話に決まっている。
するとおっさんは、髭をさすりながら言った。
「対抗戦のあとからメラの機嫌がえらく悪くての。このままでは森一帯を燃やしかねん。心配じゃから、お主らで止めてきてくれ」
予感は的中した。
嫌なお願いどころではない。下手をしたら死ぬ。
「いや……無理でしょ」
思ったことが、そのまま口から出た。
「お主らはどうじゃ?」
少しの沈黙のあと、マリルが口を開く。
「私、行きます。できるかわからないけど……メラさんを止めてみます」
「マリル、危険すぎる!」
思わず止めに入る。
「メラさんは本当に攻撃してくるんだ。俺なんて腕を――」
そこまで言いかけたところで、今度はリアナが前へ出た。
「私も行くわ。教官は炎魔法なんでしょ? 水魔法の私が止めないと」
「うむ。二人はもう、魔法戦士としての覚悟を持っておるようじゃのう」
おっさんは感心したように頷く。
そして、ちらりと俺を見る。
「それにひきかえ……」
「な、なんだよ」
哀れむような目だった。やめてほしい。
「二人はこう言っとるが、お主はどうするんじゃ? 帰るか?」
「わ、わかったよ! 俺も行く!」
半ばやけくそ気味に叫ぶ。
「で? 場所はどこなんだ?」
「あそこじゃ。見えるじゃろ?」
おっさんが俺のすぐ後ろを指差す。
「へ?」
振り返った瞬間、言葉を失った。
森の奥で、炎がまるで雄叫びのように渦巻いている。
爆発でも起きているかのような勢いだった。
「……ん? あれを止めるの?」
素朴な疑問をぶつける。
おっさんが正気かどうかを確かめる意味も込めて。
「そうじゃよ」
やはり正気じゃなかった。
「もう二人は行ったぞ。お主もはよ行かんか」
「くそっ……わかったよ!」
なんとか立ち上がる。
震える足を無理やり動かしながら、俺は小走りで炎の方へ向かった。
ブタ小屋を通り過ぎ、足場の悪い道を進む。
近づくにつれ、熱気がどんどん強くなっていく。
正直、今すぐ帰りたい。
さらに進むと、炎が森を飲み込んでいく様子がはっきり見えてきた。
「あそこか……!」
炎へ向かって走る。
すると、マリルとリアナがメラさんを説得している姿が見えた。
不思議なことに、メラさんの周囲だけ木がなく、燃えた痕跡すらない。
「メラさん! 何やってるんですか!」
その瞬間。
獲物を見るような鋭い視線が、こちらへ向けられる。
相変わらずの眼光に、足がすくみそうになる。
「なんだ、貴様ら。揃いも揃って燃やされに来たのか?」
怒りは、まったく収まっていないようだった。
原因は恐らく――あの闇魔法使いとの一件だろう。
「教官! やめてください! この森には動物たちだっているんですよ!」
マリルが必死に訴える。
だが、メラさんは鼻で笑った。
「だからなんだ?」
冷たい声だった。
「そういえば貴様、対抗戦で降伏していたやつだな。心理操作魔法にかかっていたとはいえ、だらしない」
「わ、わかってます。でも、それと今教官がしてることは関係ありません!」
「ほう。ではどうする? 私は、降伏で済ませるほど甘くないぞ?」
「……もう、逃げません」
マリルは真っ直ぐメラさんを見つめる。
「強がっていても、あの時と何も変わっていないように見えるが?」
「……私は小さい頃、あなたみたいな強い魔法士になるのが夢でした」
静かな声だった。
「だから、お父さんとお母さんは……そんな私を争いに巻き込まないために、ラジタニアへ送り出したんです。魔法士になって、この国を救ってくれって……」
リアナが、苦しそうな表情でマリルを見つめている。
自分の言葉を後悔しているのだろう。
「でも……家族を置いて逃げてきた罪悪感は、ずっと消えなくて……」
「それが?」
メラさんは冷たく返す。
マリルは拳を握りしめた。
「私、もう迷いません」
その瞳には、さっきまでとは違う強さが宿っていた。
「目標も変わりました。私は――あなたみたいな自分勝手な魔法士を倒せる魔法士になる。そして、国を救います!」
その瞬間。
リアナが水の壁を生み出し、四人の周囲を囲む。
「私は水魔法です。教官とは相性悪いですよね?」
リアナも一歩前へ出た。
「これ以上やるなら、戦ってでも止めます」
「ほう……貴様ごときが私と戦うか」
メラさんが水の壁へ手を向ける。
次の瞬間、水は一瞬で蒸発し、炎の壁へと変わった。
「この程度の魔法で私と戦うというのか?」
メラさんは嘲笑う。
「お前ら全員、一瞬で燃やしてやる」
「そ、そんな……」
リアナの顔が青ざめる。
その傲慢な態度に、俺の中で何かが切れた。
「……いい加減にしろよ」
「なに?」
「あんた、教官だろ?」
自然と前へ出ていた。
「していいことと、ダメなことくらいわかんないのかよ?」
「ふん。おじいさまに目をかけられているからと偉そうに……」
「関係ない」
俺はメラさんを睨み返す。
「俺は、自分が正しいと思うことをやってるだけだ」
右拳に光を集中させる。
「これ以上やるなら、俺も戦います」
その瞬間――
メラさんの表情が変わった。
「…… 面白い」




