第十話
メラさんが声を張り上げた。
「よし、お前ら、よく聞け」
その一言で、教室の空気が一瞬で引き締まる。
視線が壇上に集中した。
メラさんは、不敵に笑う。
――嫌な予感しかしない。
「貴様らにはこれから、魔法戦をしてもらう」
「え!?」
(魔法戦……? 戦うってことか? いきなり!?)
案の定だ。
こういう嫌な予感は、だいたい当たる。
教室中がざわつく中、俺は思わず立ち上がった。
「ちょっと待ってください! 今日来たばかりで、いきなり魔法戦なんて――」
「なんだ? 怖いなら帰っていいぞ」
「いや、そういう問題じゃ――」
「お前」
言葉を遮られる。
「ここに“自分を変えに”来たんじゃないのか?」
――ドン、と。
胸の奥を、強く叩かれた気がした。
(……試されてるのか?)
気づけば、拳を握りしめていた。
「……わかりました」
「フッ、いい目だ」
メラさんが満足そうに笑う。
そのとき――
「おお! 全員まとめてぶっ飛ばしてやるよ!」
ゼファルドが勢いよく立ち上がった。
やる気満々だな……。
周囲を見渡すと、生徒たちは様々な表情を浮かべている。
闘志を燃やす者、不安げな者、そして――不気味に笑う者。
メラさんは水晶のような球体を取り出し、壇上に置いた。
「この魔力玉が炎で満たされたら、グラウンドに来い。それまで待機だ」
それだけ言い残し、教室を出ていく。
静寂が戻る。
「ねえ、新人君」
マリルが声をかけてきた。
「私たちは友達であり、ライバルでもある。だから――全力でいこう」
無邪気な笑顔で手を差し出してくる。
「あ、ああ……」
よく分からないまま、握手を交わす。
(でも……どう戦えばいいんだよ)
魔法なんて、まだ一つも使えない。
下手すれば――公開処刑だ。
「なあ、ひとつ聞いていいか?」
「なんだい?」
「このクラスのやつらの名前と魔法、教えてくれないか?」
少しでも情報を――そう思ったのだが、
マリルは首をかしげた。
「それ、スパイみたいじゃない?」
「え?」
「見損なったよ、新人君」
「ち、違う! 俺は――」
慌てて言い訳する。
「来たばかりで、誰がどんなやつかも知らないんだ」
「それはこれから知ればいいさ」
「そんな……」
「……なんてね」
ぺろっと舌を出すマリル。
「ちょっと意地悪しただけ」
「…………」
「実は私も、よく知らないんだ。みんなのこと」
「え?」
「どんな魔法かも、どんな性格かも。でも――」
少しだけ真剣な目になる。
「全員、“魔法士を目指してる”ってことだけは確か」
「そういえば……魔法士と魔導師って違うのか?」
「全然違うよ!?」
即答だった。
「魔法士は一人前の証。いわば“普通の魔法使い”」
「普通って……」
「でも魔導師は別。魔法士を導いて、国を動かす存在――エリート中のエリート」
「……やっぱFじゃ無理か」
思わず漏れる。
「え、F!?」
マリルが目を見開いた。
「新人君、魔力ほとんど感じなかったけど……本当にFなの?」
「そんなに低いのか?」
「低いっていうか……」
言いづらそうにしながらも、はっきり言う。
「魔法士志望でFは聞いたことないよ。普通の人でも最低Dはあるし……」
グサッとくるな。
「じゃあ、あのおっさん間違えたのかもな」
「おっさん?」
「いきなり絡んできた不審者。でも……なぜか頼りたくなる」
マリルはくすっと笑う。
「変なの。でも――新人君の顔、信じてるって言ってる」
「どうだかな」
苦笑する。
「マリルも応援してくれる人、いるんだろ?」
その瞬間、マリルの表情が少し曇った。
「いるよ ……でも、ここはね、誰でも魔法士になれる場所じゃないの」
「……」
「だから、みんな必死なんだよ」
――なるほどな。
この張り詰めた空気の理由が、やっとわかった。
「ありがとな、マリル。色々きいてごめん」
「お礼と謝罪が同時なの、面白いよ新人君」
すぐに笑顔に戻る。
「大丈夫。魔法戦は多分、実力を見るためのものだよ。メラ先生もいるし、危なくなったら止めてくれるって」
「……だな」
少しだけ、気が楽になる。
そのとき――
水晶が、炎で満たされた。
「……時間か」
「行こっか」
立ち上がる、その瞬間。
――目の前に影が落ちた。
「おい」
ゼファルドだ。
「お前、人間だろ?」
逃げ場はない。
「……ああ、人間だ」
正直に答える。
どうせ隠せない。
ゼファルドの口元が歪む。
「やっぱりな。くせぇと思った」
空気が、重くなる。
「なんで人間がここにいるか知らねぇが――」
一歩、詰めてくる。
「このあと、ぶっ潰してやるよ」
「……物騒だな」
つい言い返してしまう。
「そんなに人間が嫌いか?」
その瞬間――
空気が変わった。
「……本気で言ってんのか?」
大男の体が、じわじわと黒く染まっていく。
(まずい……!)
「やめて!」
マリルが割って入った。
「ゼファルド君、遅れるよ!」
「……チッ」
舌打ち。
「まあいい。あとでじっくりやろうぜ」
そう言って去っていく。
残された空気が、重い。
「なんなんだよ……」
歩き出そうとしたとき――
「待って」
腕を掴まれた。
「さっき、人間って……」
「……ああ。俺、人間なんだ」
マリルの表情が曇る。
「それ、あまり言わない方がいい」
「え?」
「昔、人間は私たちを虐げた歴史があるの」
「虐げるって、魔法士の方が強いだろ?」
「能力の差は争いを好む」
静かに言った。
「おばあちゃんの言葉」
――重いな。
「だから……人間をよく思ってない人も多いの」
「……わかった」
今は、従うしかない。
「よし! 切り替え!」とマリルは笑顔にもどる。
「グラウンド行こう!新人君!!」
――こうして、俺の“最悪のデビュー戦”が始まる。




