7話 夏に拾われた二匹
3人での会話は楽しく、あっという間にワインボトルは空になった。
このままお開きになるはずがない。
ソラは手慣れた仕草でハイボールを作り、梨夏へグラスを渡した。
「それで――梨夏さんがケイを拾ったの?」
梨夏がグラスの氷を揺らしながら微笑む。
その言葉が、俺の胸の奥に静かに沈んでいく。
「そう。5年前の夏にね」
その一言で、意識は遠い夏の日へと引き戻された。
◆◆◆
ひどく暑い夏の日だった。
観測史上最高の気温になったと、朝のニュースで報じられていたのを覚えている。
「あっちぃな……」
太陽は頭上より少し西に傾き、隣のイチョウの木が申し訳程度に木陰を作っていた。
年季の入ったバイク。あてもなく走らせていたら、突然エンジンが悲鳴を上げて停止した。
「ここ、どこだよ」
立ち往生した場所で、財布もスマホも手元にないことに気づき、途方に暮れてベンチに座り込む。
すると――。
みぁあ。
足元のベンチの下に、段ボールが置いてあった。
『おうちをさがしています』と、下手な文字が書かれている。
「え、まじかよ」
箱を開けると、小さな子猫がいた。三毛猫というんだろう。俺を見上げて、消え入りそうな声で必死に鳴いていた。
ん、にゃ――
潤んだ瞳と視線が合う。
「まいったな、そんな目で見ないでくれよ」
独り言を呟いた、そのときだった。
「あら、同じような目をしてるわよ」
突然背後から聞こえた声。
いつの間にそこにいたのだろう。
真っ白なシャツに細身のデニム。青い空と同じ色の鮮やかな日傘を差し、灼熱の中でも汗ひとつかかず、涼しげな表情で立っている女性がいた。
風に揺れる黒髪が、品良くなびく。
「どれどれ、ちょっと失礼」
仔猫を慣れた手つきで抱き上げた。
「あ、やっぱり女の子ね。三毛猫のほとんどはメスなのよ。知ってた?」
胸元に抱き寄せられると、子猫は女性に向けて再び鳴く。
「うん、大丈夫、もう大丈夫よ」
そう何度かつぶやくと、子猫は不思議とおとなしくなった。
「あなた、ちょっと持ってて」
「え、あ……はい」
彼女は俺に日傘を持たせると、バッグからペンを取り出した。
片手に子猫を抱いたまま、段ボールに文字を書き始める。
『あたらしいおうちをみつけました』
書き終えると、彼女は俺から日傘を受け取った。
片手に子猫を抱き抱えたまま、動かなくなった俺のバイクをじっと見据える。
「故障?」
「え、たぶん……」
「大通りに出て右に行くバイク屋があるから、見てもらってきなさい。オーバーヒートかもね」
バイクに詳しいのだろうか。
「――時々なるのよね」
まるで、あのバイクを昔から知っているような口ぶりだった。
「あの……」
俺は思わず口ごもる。
「なぁに?」
「俺、財布もスマホもなくて……」
「あらま、バカねぇ」
彼女はあっさりと言い放ち、ハイブランドの財布から1万円札を2枚取り出した。
「はい、これ」
「いや、でも」
「仕方ないでしょ。拾ったら面倒見るのは当然よ」
拾ったのは、子猫の方だろうに。
「あ、あのっ!」
彼女は日傘を少し傾け、俺を真っ直ぐに見た。
「私は須崎梨夏」
どこかで聞いたことのある名前だ、と俺は感じた。
彼女はくるりと背を向け、仔猫を抱いたまま軽やかな足取りで歩き出す。
「じゃあね」
「あ、連絡先を……」
「また会えるわよ、圭人くん」
一度も名乗っていないはずの俺の名を呼び、彼女は炎天下の中で、ひやりと涼しげな笑みを見せた――。




