あとがき
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作『おらぞの藤兵衛』は、異世界オラゾより帰還した一人の下士・朝倉藤兵衛が、幕末土佐という激流の中で何を見つめ、何を選び、何を遺せるのか、という物語でした。
吉田東洋、山内容堂、坂本竜馬、武市半平太、後藤象二郎、板垣退助ら、史実に名を残した人々。彼らの光と影を借りながら、もし少し違う出会いがあったなら、何を選び、何を守り、何を失ったのかを、「もう一つの土佐」「もう一つの幕末」として描きました。
藤兵衛が持ち帰ったものは、万能の知識でも、歴史を思い通りに変える力でもありません。異なる世界で見た理、交わした言葉、失ったもの、託されたもの。それらを土佐の人々へ少しずつ手渡していくことが、彼の戦いでした。
船を造る者。
言葉を繋ぐ者。
金と人の流れを読む者。
若い熱を、刃ではなく道へ向けようとする者。
そして、かつて失った者を、今度こそ守ろうとした者。
歴史は、一人の英雄だけで動くものではありません。けれど、一つの出会いが、誰かに手を伸ばさせることはある。藤兵衛はそのための白波であり、舫であり、時に火種でもありました。
そして同時に、本作は帰還者・藤兵衛の視点を通して描いた、回帰者・山内容堂の歴史改変の物語でもあります。
未来を知る容堂は、一度目の人生で失ったものを取り戻すために、常に正しい手を打ち続けます。
容堂が救おうとしたのは国ではなく、ただ一人の師でした。
けれど、それでも東洋暗殺を止めることはできませんでした。
むしろ、正しい手を打ち続けたからこそ、その死を早めてしまったとも言えます。
藤兵衛が「未来を変えようとする者」なら、容堂は「過去を変えようとする者」でした。
けれど、未来を知っていても、過去を悔いていても、救えないものはある。
この物語の底に置いたのは、「救えなかったもの」です。
失われる命がある。
届かない願いがある。
変えられない日がある。
それでも、渡るものはある。
言葉が渡る。
理が渡る。
船が渡る。
人の熱が、次の誰かへ渡る。
藤兵衛が本当に遺したかったものは、自分の名ではなく、その渡っていく何かだったのかもしれません。
そして、この物語は『最後の楽園 ORAZO』の外伝でもあります。オラゾで得たものが幕末土佐へ渡り、幕末土佐で受け止めきれなかったものが、またオラゾへ還っていく。その往復を書くことができたなら、この外伝にも意味があったのだと思います。
長い長い物語にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
藤兵衛たちの白波が、読んでくださった皆さまの中で、少しでも先へ進んでくれたなら幸いです。
物語を語り直すその日まで。
最後になりましたが、作品全体の感想と評価をいただけましたら、これ以上ない幸いです。




