第二十三章 ⑥男たちの決意
市川市相之川。
輝章のマンション。
湯気が立ち上る。
芳醇な香りが漂う。
リビングには。
モダンなソファーが置かれている。
そこには。
来客の男が腰掛けていた。
「どうぞ」
コトリ、
挽きたて淹れたてのコーヒーが置かれた。
来客の男は。
それを一気に飲み干した。
「ぷはぁっ!
やっぱり良いねえ!
『デロンギ』で淹れたコーヒーは美味しいねえ?
最高だねえ?」
「はい。
あっ、プレミアム上映会ですが。
会場と日時が正式決定しました」
「イヒヒッ!
遂に! いよいよ!
……だねえ?」
「はい…………」
「ん? あれれえ? どうしたの輝章くん。
もしかして?
躊躇っているのかい?
まさか……?
絆されちゃったのかい?」
「いやっ、あのっ……、
ただ改めて……。
『名俳優』の実力を思い知らされて……」
「ありゃりゃりゃ……」
輝章はわずかに俯く。
気まずい顔をした。
「俳優レンジ……。
とにかく圧巻の演技力でした。
彼の実力は本物でした。
作品と真摯に向き合っていました。
スタッフたちも大いに感銘を受けました」
「ふーん……?」
「それに羽衣さんは。
過去を知らないとはいえ……。
レンジさんを心から慕っている様子でした」
「へええっ?
じゃあつまりさあ?
才能があって人気があれば!
何をしたって許されるってことかい?
たとえそれが犯罪でもかい?」
「そっ、それは違います!」
「そうだよねえ?
それじゃあ輝章くんに見せてあげるよ。
おいらの恋人・ノアがさ。
十五年前。
空から見た景色を……!」
コン太は親指を立てる。
グッ、グッ、
輝章の眉間を二回、押した。
……目を閉じる。
輝章の脳裏に。
無音の映像が投影された。
はじまりは宇和島。
瀬戸内海を見下ろすみかん山。
この景色には見覚えがある……。
地面が濡れている。
雨が降っている。
みかん畑に何かが転がっている。
ググッ、
映像がズームアップする。
ぽつん、
『ボロ人形』が捨て置かれている。
「あっ……?
あ? あっ…………!」
輝章は青ざめて震え出す。
動揺して喚き叫んだ。
「うっ、ううわああっ!
うわああああああっ!
りっ、凛花さんっ、凛花さんっ……!」
……違うっ!
これはボロ人形ではない。
幼い子供だ。
五歳の『凛花さん』だ……!
幼女は地面にぐったりと横たわっている。
着衣は乱れ下着が脱がされている。
泥と血液で全身が赤黒く汚れている。
命が尽き果てる寸前だ。
輝章は戦慄する。
もはや見るに堪えない。
「ああ……ああ……、
嗚呼ッ……!」
幼女は意識朦朧としている。
譫言を繰り返している。
何かを呟く。
それは消え入りそうなか細い声……。
必死に何かを伝えようとしている。
ザザッ……、
影像に音声が入った。
「龍が……、……龍が、
たすけ、て、くれた、の…………」
それは最後の力を振り絞って。
宇和島湾の龍神に感謝を伝える姿だった…………。
……プツンッ!
影像が切られた。
コン太は冷めた瞳で問いかける。
「どうだい?
決意は定まったかい?
準備オッケーかい?」
輝章は目を開ける。
ぶわっ!
涙が溢れ出た。
「許せ……、ない……」
「輝章くん?
もういいかい……?
……どうやら。
もういい、みたいだねえ?」
輝章は決意を新たにする。
憎悪が渦巻く。
怒りが支配する。
「許せない……。
許せない許せない!
どうしても許すことができないっ!
……僕は絶対に!
レンジを許さない……!」
「へえぇ?
なかなかいい感じだねえ?
それじゃあ輝章くん、よろしくねえ?」
「はいっ……!」
輝章は涙を拭う。
迷いを振り払って承服した。
「レンジさんの『願い』……。
おいらが叶えてあげるからねえ?
首を洗って待っていてねえ……?」
ニヤリ……、
コン太は不気味な笑みを浮かべた。
港区白金。
レンジのマンション。
ビリッ……!
レンジは痛みに耐えきれずにうずくまった。
十五年前の古傷が痛み出したのだ。
首筋の火傷の痕は赤黒さを増していた。
輪郭を露わにしていた。
空蝉の烙印。
それは龍神界からの指名手配の証憑だ。
制裁が間近に迫っていた……。




