表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/142

第二十三章 ⑥男たちの決意

 市川市相之川(あいのかわ)

 輝章のマンション。


 湯気が立ち上る。

 芳醇(ほうじゅん)な香りが(ただよ)う。

 リビングには。

 モダンなソファーが置かれている。

 そこには。

 ()()()()が腰掛けていた。


 「どうぞ」


 コトリ、

 ()きたて()れたてのコーヒーが置かれた。

 来客の男は。

 それを一気に飲み干した。


 「ぷはぁっ! 

 やっぱり良いねえ!

 『デロンギ』で()れたコーヒーは美味しいねえ? 

 最高だねえ?」


 「はい。

 あっ、プレミアム上映会ですが。

 会場と日時が正式決定しました」


 「イヒヒッ! 

 遂に! いよいよ! 

 ……だねえ?」


 「はい…………」


 「ん? あれれえ? どうしたの輝章くん。

 もしかして?

 躊躇(ためら)っているのかい?

 まさか……?

 (ほだ)されちゃったのかい?」


 「いやっ、あのっ……、

 ただ改めて……。

 『名俳優』の実力を思い知らされて……」


 「ありゃりゃりゃ……」


 輝章はわずかに(うつむ)く。

 気まずい顔をした。


 「俳優レンジ……。

 とにかく圧巻の演技力でした。

 彼の実力は本物でした。

 作品と真摯(しんし)に向き合っていました。

 スタッフたちも大いに感銘を受けました」


 「ふーん……?」


 「それに羽衣さんは。

 過去を知らないとはいえ……。

 レンジさんを心から(した)っている様子でした」


 「へええっ? 

 じゃあつまりさあ?

 才能があって人気があれば!

 何をしたって許されるってことかい? 

 たとえそれが犯罪でもかい?」


 「そっ、それは違います!」


 「そうだよねえ? 

 それじゃあ輝章くんに見せてあげるよ。

 おいらの恋人・ノアがさ。

 十五年前。

 空から見た景色を……!」


 コン太は親指を立てる。

 グッ、グッ、

 輝章の眉間(みけん)を二回、押した。

 

 ……目を閉じる。

 輝章の脳裏(のうり)に。

 無音の映像が投影された。


 はじまりは宇和島。

 瀬戸内海を見下ろすみかん山。

 この景色には見覚えがある……。


 地面が濡れている。

 雨が降っている。

 みかん畑に何かが転がっている。


 ググッ、

 映像がズームアップする。

 ぽつん、

 『ボロ人形』が捨て置かれている。


 「あっ……?

 あ? あっ…………!」

 

 輝章は青ざめて震え出す。

 動揺して(わめ)(さけ)んだ。


 「うっ、ううわああっ! 

 うわああああああっ!

 りっ、凛花さんっ、凛花さんっ……!」 


 ……違うっ! 

 これはボロ人形ではない。

 幼い子供だ。

 五歳の『凛花さん』だ……!


 幼女は地面にぐったりと横たわっている。

 着衣は乱れ下着が脱がされている。

 泥と血液で全身が赤黒く汚れている。

 命が尽き果てる寸前だ。


 輝章は戦慄(せんりつ)する。

 もはや見るに()えない。


 「ああ……ああ……、

 嗚呼(ああ)ッ……!」 


 幼女は意識朦朧(もうろう)としている。

 譫言(うわごと)を繰り返している。

 何かを(つぶや)く。

 それは消え入りそうなか細い声……。

 必死に何かを伝えようとしている。


 ザザッ……、

 影像に音声が入った。


 「龍が……、……龍が、

 たすけ、て、くれた、の…………」 


 それは最後の力を振り絞って。

 宇和島湾の龍神に感謝を伝える姿だった…………。

 

 ……プツンッ!

 影像が切られた。


 コン太は冷めた瞳で問いかける。


 「どうだい? 

 決意は定まったかい?

 準備(スタンバイ)オッケーかい?」


 輝章は目を開ける。

 ぶわっ!

 涙が溢れ出た。


 「許せ……、ない……」


 「輝章くん? 

 もういいかい……? 

 ……どうやら。

 もういい、みたいだねえ?」 


 輝章は決意を新たにする。

 憎悪(ぞうお)が渦巻く。

 怒りが支配する。


 「許せない……。

 許せない許せない! 

 どうしても許すことができないっ!

 ……僕は絶対に!

 レンジを許さない……!」 


 「へえぇ? 

 なかなかいい感じだねえ? 

 それじゃあ輝章くん、よろしくねえ?」


 「はいっ……!」


 輝章は涙を拭う。

 迷いを振り払って承服した。


 「レンジさんの『願い』……。

 おいらが叶えてあげるからねえ?

 首を洗って待っていてねえ……?」


 ニヤリ……、

 コン太は不気味な笑みを浮かべた。


 港区白金。

 レンジのマンション。


 ビリッ……!


 レンジは痛みに耐えきれずにうずくまった。

 十五年前の古傷が痛み出したのだ。

 首筋の火傷の(あと)は赤黒さを増していた。

 輪郭を(あら)わにしていた。


 空蝉の烙印。

 それは龍神界からの指名手配の証憑(しょうひょう)だ。


 制裁が間近に迫っていた……。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ