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第二十二章 ①三峯のオオカミ

 三峯の丘・桜色のベンチ。


 『昔話』が終わった。

 ふぅ……、

 イレーズは小さく息を吐き出した。


 「凛花、ごめん……。

 楽しい物語(ストーリー)じゃなかったね?」

 

 「……うっ、ううっ」


 凜花は泣いていた。

 大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちている。

 目も鼻先も真っ赤だ。

 ヒック、ヒック、

 呼吸は荒く乱れている。


 空を見上げて涙を払う。

 途切れ途切れに言葉を(つむ)ぐ。


 「イッ、イレッ、

 イレーズさんっ! 

 こっ、孤独に慣れ、ないで……、

 くだっ、さい……!」


 ピューーー…………

 風が音を立てた。


 ヒューン…………

 冷たい北風が吹き抜けた。


 ガサッ、ガサリッ……、


 枯葉を踏みつける音が聞こえてきた。

 それはヒグマほどもある巨大狼(オオカミ)

 二頭の銀狼(ぎんろう)神霊獣が姿を現した。


 銀狼(ぎんろう)は。

 大口真神(おおくちのまかみ)化身(けしん)と伝えられている。

 その獣毛(じゅうもう)は白銀色。

 毛先は青紫色(あおむらさきいろ)に輝いている。

 ギラリッ、

 深い紺青(こんじょう)色の瞳を鋭く光らせた。


 凛花は息を()む。

 龍神以外の神霊獣……。

 目にしたのは初めてだった。


 ジイッ、

 二頭は(しば)し様子をうかがう。

 それからゆっくり()を進める。

 カリスマ神霊獣使い・イレーズの足元に()り寄った。

 ザザッ、

 (おごそ)かに敬仰(けいぎょう)する。

 平身低頭してひれ伏した。

 

 イレーズが呼びかける。


 「(カン)……。(ダン)……。

 (そろ)ってどうした? 

 俺になにか依頼(たのみ)があるの?」


 ピョンッ! 

 カンとダンの背から()()が飛び降りた。

 ふたりの目の前に。

 丸々()えた(わらし)が現れた。


 (かすり)の着物姿。

 足元は裸足(はだし)だ。

 金太郎のような散切(ざんぎ)り頭。

 長い前髪を輪ゴムで束ねて『ちょんまげ』にしている。


 (わらし)仁王立(におうだ)ちする。

 細い半月目をさらに細める。

 ニターッ…………、

 意味深顔で笑った。


 「よお、イレーズ! 

 あたいを呼んだか? 

 寂しくなったのか?」


 イレーズは目を(みは)る。

 小さく叫ぶ。


 「え? ゴン子…………?」


 シュッ!

 ゴン子は凛花を指差した。


 「おいっ! 

 イレーズの隣にいるそこの女っ! 

 あたいと友達になってくれないか?」

 

 凛花はびっくりする。

 あわてて姿勢を正す。


 「はいっ、もちろんです! 

 凛花と申します。

 ゴン子さん……、

 どうぞよろしくお願いいたします」

 

 ゴン子は浅く頷く。

 そして問いかける。


 「では、凛花。

 『友達』として問う。

 イレーズを恋人にしないのはなぜだ?」


 「え? 

 あの……? えっと……」


 凛花は口ごもる。

 ゴン子は問い詰める。


 「もしや……?

 イレーズが()()()の者ではないからか?

 得体(えたい)の知れぬ男など迷惑か?

 落胤(らくいん)など嫌か?

 誰からも愛されなかった孤独男……。

 ごめん(こうむ)るということか?

 この程度での男では……。

 相手にならないということか?」


 「ちっ、違います!」


 「では。

 愛想が無いからか? 

 顔が整い過ぎているからか? 

 冷たくて恐ろしいか?

 それとも。 

 魔術を(あやつ)魔導師(ウィザード)……。

 気味が悪くて耐えられないということか?」


 「ゴン子さん、お願いです!

 もうやめてくださいっ」


 イレーズが傷つくのではないか……。

 凛花は心配になる。

 浴びせかけられる辛辣な言葉。

 必死に振り払う。

 

 「全部全部、違いますっ!

 イレーズさんはこの上なく素敵な男性です。

 聡明であり清らかで思いやりもあります!

 申し分ない完璧(パーフェクト)御方(おかた)です」


 「じゃあ、何が不足だ?」


 「不足などひとつもありません! 

 イレーズさんに相応(ふさわ)しいお相手……。

 それは私のような凡夫(ぼんぷ)であるはずがない!

 それだけですっ」


 「そうか……。

 では、改めて問う。

 イレーズ相応(ふさわ)しい相手……。

 それはどんな人間だ? 

 あたいに教えてくれ」


 「恐らくですが……。

 群を抜いて聡明であり。

 純然(じゅんぜん)たる女性ではないかと思います」


 「ふうーん……? 

 それで?」


 「イレーズさんと同様。

 (きら)めきを放つ容姿端麗の佳人(かじん)

 そんな御方がお似合いではないかと思います」


 「へーえ……? 

 それから?」


 「…………。

 とにかく! 私は相応しくありません!

 『友人』にしていただけでも過分です。

 恋慕(れんぼ)などおこがましいですっ」


 「恋人になる気はないのか?」


 「イレーズさんの恋人……?

 こんなチンマリした私が?

 この(けが)れた人間が?

 とんでもないですっ」


 「ふうん……? 

 じゃあ仮に。

 聡明な極上美女が現れたとしよう。

 そのときお前は友人として。

 イレーズを祝福するのだな?」


 「…………。

 はい、恐らく……」


 「美男美女でお似合いだと?

 相応(ふさわ)しい相手だと?

 そこに一切の『愛』が存在しなかったとしても?

 ベストだというのだな? 

 これこそが。

 イレーズとっての『幸せ』だというのだな?」


 「いえっ?

 あのっ? それはっ…………!」


 凛花は言葉を()まらせた。

 ゴン子は大げさに落胆して肩を落とす。


 「要するに。

 イレーズは永遠に……。

 愛する者から愛してもらえない。

 想いに応えてもらえない。

 『その程度の男』だということか……。

 不憫(ふびん)な奴だ」


 「いいえっ、それは違いますっ! 

 イレーズさんはこの上なく素敵な男性です!

 ですが私には。

 愛する資格が無いのです」


 「はっ? なんだそれは。

 人を愛し(うやま)うのに資格が必要なのか? 

 どこかで資格を取得するのか? 

 選抜をくぐり抜けねばならぬのか?」


 「いえ……。

 私はただ単純に。

 私(ごと)きがおこがましいと……」


 「勝手に思い込んで決めつけるな!

 お前の『本音』は違うだろう?

 今すぐに本音を言え! 

 早くしろっ!

 本音しか聞きたくないっ」


 「わ、私は……。

 イレーズさんにたくさん笑って欲しいです。

 たくさん愛を感じて欲しいです。

 もしも私がイレーズさんの恋人になれたなら……。

 どれほど幸せなのだろう……、って。

 本音はそう思っていますっ」


 凛花は観念した。

 正直な胸の内を吐露(とろ)した。


 ゴン子の辛辣尋問(じんもん)(くっ)した……。



 

 

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