第二十章 ⑤未來王の使命
三峯の丘の上。
ふたりは桜色のベンチに腰掛けている。
対話が始まる。
イレーズは静かな口調で語る。
「知っての通り。
太郎は『未來王』だ。
約一世紀の時を割いて密かに降臨している。
現況は……。
難関国立大の学生だ。
井の頭沿線で一人で暮らしている」
「太郎さんは天界の王様です。
きっと。
素敵な住まいでお暮しなんでしょうね……」
「うーん……。
それはどうかな?
築三十年位のマンションだよ?
相場より家賃は安いし?
奨学生だし?
もちろんアルバイトもしている。
けっこうな苦学生だ。
両親は細々、田舎町で自営業。
それに同居の祖父母の介護もある。
実家の生活もそれほど楽ではないと思うよ」
「ええっ?
苦学生なのですか?
ご実家は『大富豪』とかではないのですか?
敢えて庶民の暮らしを?」
「王のライフスタイルや時代の流れに併せてさ?
様々な類型と接触すること。
それも目的ひとつなんだよ。
そのために。
多様な人種職種と関わる配置になっている。
人生の道程、数多の縁。
親の選別、進学就職、結婚、転職、転居等々……。
大まかだけど、すべて設定済みなんだ。
権威者、ブルジョワ、開拓者、専門家はもちろん。
出来れば避けたい『嫌忌類型』にも遭遇する」
「すごい……。
この限られた一世紀の間に。
隅々まで見渡すのですね!」
「満遍なく、とまではいかないけどね?
王が人間として暮らすこの約一世紀。
俺たち魔導師四人衆が案内係なんだ。
そしてこの約一世紀の活動に。
重大なる意図と意義が隠されている」
「伺っても……、
よろしいでしょうか?」
「うん。
降臨に際しては幾つかの目的があるんだけどさ?
重要使命のひとつとして。
『マニピュレーター』の研究がある」
「マニピュレーター?」
「潜在的パーソナリティ障害・マニピュレーター。
中でも『先天性』の生態を暴く。
マニピュレーターは社会的強者の確率が高い。
世渡り上手で高い地位に身を置く者が多いんだ。
処世術を心得ていて権威には徹底的に媚びる。
種別的としては……。
薄汚い尻尾を巧妙に隠したインチキ野郎、って感じかな。
奴らは。
ありとあらゆるものを私物化して搾取している」
「権威の乱用は質が悪いです。
それでは悪事も表沙汰になりません。
多くの罪科がもみ消されているのかもしれません……」
「その通り。
『上』に対しては綺語を駆使して追従して取り入る。
『下』に対しては恫喝して節制我慢を強要する。
だけど当の本人は。
蓄財して私腹を肥やす。
色に溺れて欲に塗れる。
酒池肉林、やりたい放題だよ」
「それは相当悪質です。
嫌悪感、凄まじいです」
「マニピュレーターは『自称・正義』の異常思考者だ。
周囲を無遠慮に巻き込む。
共犯者を増やしてマインドコントロールする。
そして正々堂々、毒を撒き散らかすんだ。
まさに正義の仮面を被った悪党だよ。
奴らの下劣な本性をあぶり出すためにはさ。
秘密裏のリサーチが必要、ってわけ。
ま、とにかくさ?
傲慢破廉恥人種類型だよ。
狡猾で厚かましくてさ?
反吐が出るほど大嫌い」
凛花は問う。
「マニピュレーターとは。
身近に存在するものなのですか?」
「残念ながら……、そこかしこに。
人間界に身を置く太郎の表向きはさ。
大学生活を研鑽謳歌する普通の学生だけどさ?
時として。
マニピュレーターと直接対峙している」
「太郎さんは不快な思いをされていませんか?
大丈夫なのですか?
生身の人間は無防備で弱いです。
強い力に押さえつけられれば敵わないこともあります。
もしも何かあったら……。
心配で恐ろしいです」
イレーズの瞳に力がこもる。
「王に危害を及ぼす気配を察知した場合。
魔導師四人衆と仲間たちが瞬時に動く。
たとえ敵意がほんの僅少だとしても容赦しない。
まずは。
身のほど知らずの雑魚や害虫に軽く生前制裁。
その後、苛烈極まる死後制裁。
それは時として縷々延々。
特に『善を装った悪』には辛辣だ。
決して! ただでは済まさない」
「太郎さんはおっしゃっていました。
善に見せかけた悪こそ罪深い。
権威の利用や弱みに付け入った洗脳。
神仏を使い物にした罪。
劇甚に重いと……」
「王の性格……。
それは柔和に見えてシビアだ。
常に現世を見澄ましてジャッジしている。
そして常に『相応』を願われている……」
「相応……。
現状はそれすらも難しいのですね……」
「こんな理不尽な現実世界だけどさ?
それでも人間は生きていくしかない。
王も本音は呆れ返っているはずだけどさ?
それでもなぜか見捨てない。
それは人間の潜在的可能性に。
淡く期待しているのかもね?」
「とても申し訳なくて……。
だけど、ありがたいです……」
「そういえば。
太郎の声、耳に残るだろう?
実は敢えてアンコンヴェンショナルにしているんだ。
理由のひとつは。
『未來王』からのメッセージを聞き逃さないため。
ふたつめは。
この世が呻きや嘆き。
阿鼻叫喚に紛れてしまったとしても。
王からの下命を聞き逃さないためなんだ」
「印象的なバスバリトンヴォイスでした。
すべてにおいて『理由』があるのですね……」
イレーズは説く。
「未來王の教示のひとつに……。
愚かな歴史反復への戒めがある。
……過去から現在に至るまで。
人間が意志ある主体として形成されていない。
大半は単なる数合わせ。
もしくは下級の兵卒要員。
生命尊厳を金で集める手法、変わってない。
自らの生命を軽んじてはならない。
他者に尊厳を奪われる筋合いはない、ってね」
「いくつ時代を重ねても。
人間は目先の損得に惑わされているのですね。
そして愚かな歴史を繰り返しているのですね……」
「そういうこと。
人間の五大欲求。
(※生理的・安全・社会的・自己実現・承認欲求)
それらが過剰になると黒魔術が発動する。
粗悪魔術にかかると幻惑支配されてトランス状態になるんだ」
「それが『洗脳』ですか?」
「うーん、ちょっと違う。
思い込み、かな。
その誤謬を利用する集合体が存在する。
人間の不安や弱みに付け込む偽善者が居る」
「敵であると……、気づけますか?」
「んー、これがさ? 意外と難しいんだ。
最低最悪の悪党なのにさ?
人気者だったり。慕われていたり。
立派な人格者だ! ……とか?
社会的評価を得ていたり。
あげくの果てには。
粗悪魔術の首謀者が『最高指導者』として崇められていたり……?
もはやこの世は末期だよ」
「悲しいです。
ですがそれ以上に失望します」
「人間ってさ?
反省できなくて懲りない生物。
『貧汚生物』だよ」
「貧汚……。
その通りかもしれません……」
イレーズは総括する。
「要するに王の降臨の目的。
それは『研究・リサーチ』ってこと。
諸悪の根源を看取。
『潜在的攻撃性の実体』の調査。
その記録を後世に遺すこと、エトセトラ。
そして俺たち魔導師四人衆の任務はさ。
人間界に降りて生身となられた王の警護(自主的)。
そしてミッションが円滑に進むよう仕向けて導くこと。
当然、制裁任務も担っている。
そのすべては森羅万象のために。
この先の未來王時代が煌々と輝くために。
希望溢れる世界観を多くの者が持てるように……、ね?」
凛花は感激する。
……未來王とは。
なんて広大無辺な御方なのだろう!
日々に身近な場所に存在する。
そして掬いの道筋を熟考されている。
貴き未來王の慈悲と御心が。
地球の果ての果てまで届くように……。
満遍なく隅々まで行き渡るように……。
イレーズは美しく微笑む。
「魔導師四人衆と王との『絆』……。
それは金剛石より固い。
俺たちは王のためなら一切妥協しない。
どこまでも慈悲深く寛容寛大になれる。
その対極に。
どこまでも冷厳無慈悲になれるんだ」
ひゅうう…………、
丘の上に北風が吹いた。
ふと。
イレーズの冴えた脳裏に愛くるしい『童』が浮かんだ。
それは記憶の片隅。
自分が人間界に身を置いていた頃。
唯一の友人だった座敷童……。
ユーモアがあって、憎めない。
ニイッと笑うあの表情……。
「あのさ?
俺の『昔話』に興味ある?」
「イレーズさんの物語?
是非とも聞きたいですっ!
拝聴させていただけるのですか?」




