第二十章 ②岩の上堂の宇音(ウオン)
奥秩父。
武蔵の国・三峯神社。
コン太は凜花を背に乗せる。
ぴょん、
本殿を飛び越えた。
ストン、
すぐに着地する。
そこは小高い丘だった。
丘の上。
巨大な日本武尊の銅像が聳え立つ。
掌を広げ右手を高く掲げている。
勇壮なる日本武尊像の裏に。
桜色のベンチが隠されていた。
「あら、ここが良いわね!
このベンチの前でお弁当を食べましょう!」
ノアがブランチポイントを決定した。
凛花は頷く。
特大レジャーシートを広げる。
ぺたん、
四人は座った。
矢庭に。
コン太が話し出す。
「なあ、イレーズ。
聞いておくれよ!
実はおいら『童』に呼ばれてさ。
相談があるって言われてさ?
それでおとといの夕方。
『秩父札所二十番』に立ち寄ったんだよ」
「ああ……、『宇音』か。
それで?
宇音は何て?」
コン太は説明する。
「秩父札所・二十番はさ。
かなり歴史の長い霊場なんだけどさ。
江戸時代初期。
『内田家』が私財を投じて『観音堂』を造営したんだ。
観音堂の後ろの高台には。
熊野権現社が鎮座している。
内田家個人所有の観音堂では。
平安時代のものとされる『聖観音菩薩像』が安置されている。
そのご本尊を大切に保護管理してきたんだよ」
「確か……、
個人宅だったよね?」
「そうそう。
そもそも『内田家』は住職じゃないからさ。
檀家システムがないんだよ。
だから数百年も観音堂を守り続けるってのはさ。
至難の業だったはずなんだ。
近隣をはじめ、多くの人の勧募や力添えをいただきながら。
ときには私財を投じたりしてさ。
長きに渡って先祖代々が残してきたってわけ。
そして今でもずっと!
守り続けているんだ。
つまり、内田家がいなかったら!
『観音様』は残っていなかったかもしれないのさ」
「そうだね。
それは並々ならないね」
「それでさ。
宇音は内田家にとても感謝していてさ。
御礼がしたいんだって。
それでおいら、真剣に考えたんだけどさ?
『御朱印』はどうかなって!
おいらと宇音を連想させるような御朱印さ」
「なるほどね」
「それによって少しでもさ。
札所二十番の参詣者が増えたら嬉しいよな?
当然、宇音も喜ぶしさ?
イレーズはどう思うかい?
許可してくれるかい?」
「そうだね……。
内田家当主と相談してみなよ。
当主が良しとしたら進めればいい。
但し。
御朱印の希望者が増えないとだめだ。
負担が大きいからね?」
「やった!
宇音、よろこぶぞ!
龍神の御朱印! かっこいいよねえ?
いつかそのうち。
実現できるといいよねえ?」
「ま、そうだね。
天界との縁ができる御朱印……、
なかなか良いかもね?」
凛花は質問する。
「宇音さんって?
コン太のお友達なの?」
コン太は大きく頷く。
「そうさ!
宇音は『座敷童』なんだよ。
『宇宙(天界)の音』が聴こえる。
だから『宇音』。
そう名付けられたらしいよ?」
「わあっ! 素敵な由来だね」
「イヒヒッ!
宇音は一見すると、幼い子供に見える。
しかしてその正体は……!
ジャカジャーンッ!
…………(コショコショ)、
竜胆色のさ、……なんだよ?」
「……うわあっ、そうなんだ!
『コン太&宇音の御朱印』欲しいなあ!
いただけることになったら。
『秩父三十四観音・札所めぐり』に行こうね!」
「イヒヒ! そうしよう。
岩の上堂はさ。
荒川の川岸の崖の上にあるんだ。
昔は橋が無かったから『渡し船』で川を渡っていた。
それから急な石段を上ってさ。
参詣していんだ」
「わあ! 渡し船?
レトロで素敵だね」
「とは言え現在は。
立派な『秩父橋』が架かっているからさ。
陸続きで行けるんだよ。
だから橋を渡って丘に登ってから。
石段を下って参詣するんだよ」
「そうなんだ。
札所二十番は下り参道なんだね!
出雲大社みたいだね」
「観音堂の扉の裏には。
観音三十三応身。
日天、月天。
風神、雷神の彫刻が施されている。
ちなみに。
七福神の『布袋尊』の大きな袋。
その中には多くの『宝物』が入っている。
希少な『風神・雷神』宝珠が入っている、って。
そんな言い伝えがあるんだ」
「そういえば……。
出雲で仲良くなった『まん丸お爺さん』。
すっごく笑顔が可愛くってね?
布袋さまみたいだったの」
「イヒヒッ!
そりゃあ、そうだろうねえ?
『王の化身』!
おいらも拝してみたかったよ」
「うんっ!
ああ、また会いたいなあ……」
「あっ、そうだ!
これ食べるかい?
宇音が秩父の名産菓子をくれたんだよ。
『オガノコイシ』だってさ。
ふたつしかないけど」
「もちろん食べるっ!
やったあ」
凛花は薄紫色のお菓子の封を切る。
ノアと半分こした。
「わ! 素朴な甘さで美味しい!
これは間違いないね!
秩父の名物菓子だねっ」
「あら、ほんと!
和洋折衷なのね。
珍しくていいわねっ」
コン太は瞳を潤ませる。
上目遣いでイレーズを見つめる。
「なあ、イレーズゥ……。
おいらたちも……、
半分こ、しよっか?
イヒッ?」
「…………。
俺は遠慮する。
ひとりで食べなよ」
「イヒヒッ! いいのかい?
それじゃあ遠慮なく。
いっただきまーす!
ムグムグ。
おおっ、ふんまい(美味い)!」
ふと凛花が問いかける。
「あの?
イレーズさんは甘いもの、食べないのですか?」
なぜかコン太が返答する。
「イレーズのいる『兜率天』はさ。
欲界とはいえども色界に近いんだ。
だから人間の五大欲求がほとんどない。
(財欲・名誉欲・睡眠欲・淫欲・食欲)。
その中でも特に食欲と淫欲は極めて薄いんだ。
だから基本的に食事は摂らないのさ」
「そうなんだ……」
「それに兜率天は無尽蔵だからねえ……?
求めずとも得られ、願わなくても叶う。
常にすべてが勝手に満たされてしまう。
だから欲するものなんて何もない。
つまり。
腹も空かないし喉も乾かないってわけ。
まあだけど噂によると。
『魔導師四人衆』はさ。
水分と酒だけは浴びるほど飲むらしいけどねえ?」
イレーズはため息まじりに補足する。
「ま、俺たちの『時間軸』はさ。
気が遠くなるほど長いんだ。
酔わない酒を飲む……。
それは単なる暇つぶしの余興だよ。
食べても食べなくても。
飲んでも飲まなくても。
そんなの別に……。
どっちだっていいんだ」
凛花は首を傾げて頷いた。
現実味のない不思議な話……。
人間界と天界の違い。
それは計り知れないようだ。
イレーズさんは遠い世界の人……。
そう感じてしまった。
そしてなぜだか。
ほんの少し。
悲しくなった…………。




