第十七章 ①ダイアローグ(龍神信仰って)
稲佐の浜。
おやつタイムを終えた。
凛花はこのチャンスを逃したくなかった。
もっともっと知りたくて。
もっともっと学びたいのだ。
そして。
千載一遇の対話が始まった。
凛花は質問をぶつける。
太郎が返答する。
「龍使いの任務とは『是・契約』だけでなく。
龍神信仰を流布させる目的もあるのでしょうか?」
「信仰の流布ですか?
そんな必要はありません。
いかなる信仰も個人の自由です。
推奨をや否定をすべきではありません」
凛花は納得できない。
「龍神信仰を広める役割はない、ということですか?
なぜすべてに等しくチャンスが与えられているのですか?
世間的に龍神は幻想生物と捉えられています。
その中にあっても。
好意的な方々が大勢居られます。
せめて。
是・契約者には龍神を好きになってもらいたいです」
太郎は肩をすぼめる。
「それは傲慢な考えですね。
龍神を好きであろうがなかろうが。
契約には関係ありません。
予め。
ルールとプログラムが設定されています。
そこに合致していればいいのです」
凛花は憤る。
「ですが!
人間が生きる縁として。
何らかの『信仰』は必要なのではないでしょうか?」
太郎は即答する。
「断言してはいけません。
この世には。
無数の信仰、宗教が存在しています。
しかしそれらは良いものばかりではありません。
だからこそ。
自己責任ではありますが選択できるのです。
とはいえ。
『自由』といっても最低限のルールは必要です。
周囲を不快にさせない。
他者を誑かさない。
神仏を悪用しない。
……まあ他にもありますが。
どこかの誰かに洗脳操縦されたり。
歪な思想を埋め込まれたり。
行動の制限をされたり。
施しを強要されたり。
そんな横暴を振るわれる筋合いはありません」
凛花は深呼吸する。
そして本音を打ち明ける。
「ずっとモヤモヤしていたことがあります。
是・契約者は本当に幸せなのでしょうか?」
「なぜ、そのように思うのですか?」
「あまりに。
ハイリスク・ハイリターンだと感じています。
造形なき『誉』を手にしても。
類稀なる成功者になったとしても。
結局、すべてを失くしてしまう方達がいるからです」
「なるほど……」
「稚拙な考えですが。
皆が皆『普通の幸せ』を得ること。
それこそが『平等』なのではないですか?」
「うーん……、
それは果たしてそうでしょうか?
同等こそが平等?
体よく諦めるための言い訳にも聞こえます」
「ですが残酷な現実として。
大願成就には飛びぬけた才能と運が求められます。
凡夫は報われない確率が高いです。
大多数の方々はリズムを最大値にできません。
それならば。
皆が同等平等であるならば。
軋轢や争いは生じないのではないですか?」
太郎は返す。
「それは大変面白くありませんね。
普通が正義? だとすれば。
少数派を打ち消すことに繋がりかねません。
さらには才能ある者の跳躍を妨げることになります。
際立つ才能。
クリエイティブな個性。
地道な努力。
それらを否定すべきではありません」
「ですが。
ようやく願いを叶えてたとしても。
契約不履行があれば否の制裁が下されます。
一瞬にして。
積み重ねてきたものを失ってしまいます。
痕跡のすべてが消されてしまいます。
それでも歯を食いしばって頑張り続ける……。
それは辛過ぎると思うのです」
「叶うとか叶わないとか。
得るとか失うとか。
未確定な結果に対する論議は不毛です。
そもそも。
リスクを伴わない事象など。
ひとつも存在しません。
大切なのはそこへ至るまでの過程です。
革新的情報化社会の現代において。
世俗化は避けられません。
しかし。
妥協や凡庸を安易に受容するのは間違いです」
太郎は口角を上げる。
「実はですね……。
空蝉インコに変じてしまったエラー人間にも。
リズムを最大値に引き上げられなかった方々にも。
再出発の可能性があります」
「そうなのですか?」
「要は『輪廻転生』ですね。
基準数値に到達できれば転生します。
その権利は誰彼なく平等に与えられています」
凛花は感激する。
「わあっ、なんだか少し安心しました。
私は龍神を強く慕うあまり。
力み過ぎていたのかも知れません。
申し訳ありません……」
「ハハ、そうかもしれませんね。
ですが凛花さんには真心があります。
それこそが龍神たちに愛される所以です。
鬼ヶ城の浜辺で紡ぐ言葉は的確です。
フィールリズムには言霊エネルギーが込められています。
潜在意識にある『至情』。
それが龍使いの言葉となって発せられているのです。
それらも先進的システムプログラムです」
「そういうことでしたか!
微かに情景が浮かんで。
言葉が勝手に飛び出してくるのです。
それがいつも不思議でした。
今後は偏見を捨てて、任務を全ういたします」
凛花は得心して諾った。




