第十七章 ②ダイアローグ(信仰って)
稲佐の浜。
ダイアローグは続いている。
凛花は質問する。
「人生には。
強大な『運』と『努力』が必要なことは理解できました。
しかしながら。
私財を投げうってでも『何か』に委ねてしまう。
そんな方々が多く居られる気がします。
先々を悲観して縋ってしまうのでしょうか?
それとも善導を願っているのでしょうか?」
太郎は答える。
「そもそも自分の人生は自らのものです。
だとすれば生き方の選択権は自らにあります。
思案熟考して決断すべきです。
決定できないから天の神様に任せてしまう。
それは投げやりな博打です」
「自分自身で選択決断ができないからこそ。
権威ある指導者のもとで修行し善導を乞う。
心を矯正して成長したい。
そのように願っているのでしょうか?」
「そもそも。
『至上者』はどこに存在しているのですか?
何を根拠に『善導』というのですか?
その『確証』はどこにあるのですか?
何かを神格化して大げさに崇め奉る。
そんなのはもう時代遅れです。
現代の賢い若者には違和感しかないでしょう」
「はい。その通りです」
「革新的時代の変遷による転換。
それらに合致できずに埋没していく集合体。
今後は増えていくのかもしれません。
埋没というより『淘汰』ですね。
盛者必衰。
終わりの時期を迎えたのでしょう」
凛花は問う。
「たとえそれが得体のしれぬ集合体だったとしても。
頼り縋っていた『寄る辺』を失う。
それは暗く不安な日々の再来です。
心許なく感じる方々も居られるのではないでしょうか?
次の灯りを模索すべきなのでしょうか?」
太郎は警告する。
「寄る辺を求める方々。
崇め奉る心を持つ方々。
大半は心優しく思いやりを有しています。
しかし善意の方向性を誤れば仇となります。
親切心や真心さえも裏目に出ます。
不調和を招き寄せて亀裂を生じさせます」
「正解を教えてください!」
「正解などあるのでしょうか?
こうでなくてはいけないとか。
こうすべきだとか。
普通はこうだとか。
それこそが世俗化を推奨する人間たちが極めた信仰。
『凡庸信仰』に他なりません。
他人の意見など所詮は無責任なものです。
参考にするのは結構ですが。
意思決定を下すのは自分自身にほかなりません」
「では、淘汰されなかったもの。
残った集合体は正しいものですか?」
「さあ? どうでしょう?
正邪の基準が曖昧なので分かるはずがありません。
そこには様々な背景や事情が見え隠れしています。
判断を濁らす利権が絡んでいるかもしれません。
密約や不正な裏取引きがあるかもしれません。
暗中模索の藪の中。
結局のところ。
自己判断しかないのです」
「人生の選択。
そのすべては自己責任である。
この心理的恐怖こそ。
何かに縋りたくな要因でしょうか?
どうしたら正しく判断できますか?」
「さあ?
正解がないので答えはありません。
人間の心は動くし変わります。
揺らめく心理を解き明かすことなど不可能です」
「救いの術はないのですか?」
「ない、とは言い切れません。
しかしどちらにせよ。
この先の未來に『狂信的信仰』は適合しにくいように思います。
かといって。
封建的思想、常識、世間体などを重要視して。
時に夢を諦めさせ。
時に忍耐を強要する。
ある意味それも『狂信的凡庸信仰』です。
凡庸がまかり通ることは薄っぺらいと思えるのですよ」
凛花は天を仰ぐ。
「進む方向を間違えてしまったとき。
どのように修正すればよいのか。
迷ってしまいそうです」
「人間は完璧ではありません。
間違えることで学びます。
気がついたら正せばいいのです。
その瞬間からがスタートです」
「どうしたら。
多くの方々が幸せを感じられるのでしょうか?」
「幸せの感じ方など千差万別です。
知ったことではありません」
太郎は静かに微笑む。
「凛花さん、あなたは龍使いです。
そして『選ばれし者』です。
精一杯頑張っている方々を応援して。
人々に相応な『未來』を与える。
それこそが使命です。
そのために龍使いの任務があるのではないでしょうか……」
凛花は改めて。
使命の重さを噛み締めた。




