↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/143

第十章 ①レンジという男(性根)

 レンジは苦悩していた。

 心は鉛(なまり)のように重い。

 陰鬱(いんうつ)な気分だ。


 主演映画の撮影がクランクインした。

 ノリに乗る人気脚本家・輝(き)章(しょう)の初監督作品である。

 ヒットは確実だ。

 すでにマスコミの注目を集めている。


 少し前まで。

 ヒットメーカー輝章(きしょう)の作品にこだわっていた。

 しつこいまでに出演打診を繰り返してきた。

 だが何度アプローチしても手応(てごた)えがなかった。

 全く相手にされていなかった。


 ところが今回は違った。

 「是非に……」

 輝章側からオファーがきた。

 しかも主演というから驚きだ。

 天から舞い込んだ幸運に歓喜した。

 

 数日前。

 脚本を渡された。

 俺は意図せず震えあがった。

 それは身の毛もよだつストーリーだった。


 「俺は降りる! 

 この脚本内容では出演したくない! 

 今すぐ断ってくれ!」 

 

 事務所で激高して怒鳴り散らした。 

 しかし社長は首を横に振る。


 「降板は認めない。

 二(ふた)つ返事で快諾(かいだく)したのは自分だろう?」


 俺は食い下がる。


 「オファーをされたあの時は浮足立っていた。

 ろくに内容確認をしていなかった。

 だが俺には無理だ! 演じられないっ」


 社長は語気を強めて言明(げんめい)する。


 「この期(ご)に及んでワガママは許さない。

 事務所の決定に従ってもらう。

 もしも破約(はやく)して反故(ほご)すれば。

 違約金を請求する」


 いつもなら多少の主我(エゴ)は通った。

 だが今回ばかりはそれを許さなかった。

 社長の怒りも尤(もっと)もだ。

 最近の俺は明らかに浮(うわ)ついていた。

 人気アイドル羽衣(うい)と密会(おう)逢瀬(せ)を重ねていた。

 不倫疑惑が報じられ好感度が急落していた。


 事務所は輝章(きしょう)の人気に便乗してあやかりたい。

 『俳優レンジ』のイメージアップ戦略に利用する目論見(もくろみ)があるのだ。


 レンジはため息まじりに感慨に耽(ふけ)る。

 ……芸歴四十年。

 俺が受けた称賛のすべてが偽物(フェイク)だ。


 まず容貌は作りものだ。

 顎(あご)と頬骨、かなり削った。

 目元と鼻はだいぶいじってある。

 美容整形には大いに金を投じた。

 なかなかの傑作(イケメン)を完成させたと自負している。

 

 さらに性格が悪い。

 相当な性悪(しょうわる)であることを自覚している。

 だからこそ徹底して善人を演じている。

 特に力を注いでいるのは。

 災害復興支援系統のボランティア活動だ。


 被災地に赴(おもむ)いて汗と涙を流す。

 善行に併(あわ)せて綺語(きご)を吐き出す。

 それから被災者の手を握って激励する。

 カメラの前で国民に訴えかける。


 「どうか希望を失わないでください!

 復興に向けてあたたかなご支援を!」


 これは最高に効率がいい。

 好感度はおのずと爆(ばく)上(あ)がりする。

 偽善者万歳! 演出に抜かりはない。

 

 加えて夫婦関係は完全なるフィクションだ。

 俺はロリコンだ。小児性愛者(ペドフィリア)だ。

 妻のサユミは女性しか愛せないレズビアンである。

 サユミの秘密を知ったのは偶然だった。

 俺はその場で脅迫して娶(めと)った。

 それは世間的に害意(がいい)を抱かれる性癖。

 それの『隠れ蓑(みの)』として援用するためだ。


 役者が生業(なりわい)ゆえ、演(・)じ(・)る(・)ことは容易(たやす)い。

 仮面夫婦だからこそ過剰に円(・)満(・)アピールする。

 結果として。

 世間では美男美女のおしどり夫婦として認知されている。

 昨年は『べストパートナー賞』を受賞した。 


 あげくに。

 俺は世間に秘匿の爆弾を忍ばせている。

 自らの性癖が災(わざわ)いしたリスキーな過去がある。

 若気の至り……。

 二度、未成年をレイプした犯罪歴がある。

 相手は女子中学生と幼女だった。


 しかし俺は運がいい。

 被害者に訴えられることがなかった。

 輝かしい経歴は奇跡的に無傷なのだ。


 築き上げてきた『不動の地位』。

 死守するための手段は選ばない。

 姑息(こそく)な真似(まね)だと言われようとも構わない。

 女遊びは金で解決。

 不利益なリークを食らわないように細心の注意を払う。

 好感度維持のために『良い人』を装(よそお)う。

 俺は常に努力している。称賛に値する。


 四十年に及ぶ俳優人生。

 順風満帆(じゅんぷうまんぱん)だ。

 これから先の未來。

 堂々と胸を張って。

 大衆を欺(あざむ)いて生きていく!

 チヤホヤされて、調子に乗って。

 踏ん反り返って生きていく! 

 

 ……つもりだった。

 そうなるはずだった…………。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
人間の器の大きさがしれるところかな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。