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第八章 ①爺と凛花(切望)

 凛花は雲の上。

 羽田から松山行の飛行機に搭乗している。


 昨晩遅くに母から電話が来た。

 爺(じい)の容態が良くない。

 すぐに帰って来い、と……。


 半年前。

 爺が救急搬送された。

 持病の糖尿病から合併症を起こした。

 三週間の入院を経て。

 退院後は自宅療養をしていた。

 そして今。

 予断を許さぬ状況らしい……。


 凛花は眠れない。

 蒸し暑い夜に。

 晩夏の虫が休むことなく鳴いていた。

 まだ明けぬ朝に。

 始発よりも早い所沢発羽田線。

 始発のリムジンバスに乗った。

 そして松山行の国内便に搭乗した。


 「早く! 背中に乗って!」


 ノアはそう言ってくれた。

 けれど。

 龍神を私的な事柄に使うわけにはいかない。


 この飛行機の上には真珠色龍神が飛翔する。

 きっと。

 霊芝雲(れいしぐも)が棚引いているだろう。


 凛花は切望する。

 一刻も早く到着したい!

 指先が白くなるほど力が入る。

 気ばかりが焦る。


 ……爺は私の帰りを待っている。

 首を長くして待っている。

 爺、お願い! 

 まだ逝(い)かないで! 

 すぐに帰るから待っていてっ……!


 松山空港に到着した。

 ターミナルには迎えの父が立っていた。

 凛花の姿を見つけると大きく手招きをした。

 小走りに移動する。

 軽トラックの助手席に乗り込む。

 シートベルトを締めた途端に走り出す。


 車中に。

 爺の容態を確認する。


 「爺は、大丈夫なの?」


 父は首を横に振る。

 小さいため息を漏らす。


 「どうやら好物の酒を隠れて飲んでいたようなんだ。

 かなり病状が悪化してしまった。

 一刻(頑固)だから医者や家族からの警告にも従わない。

 困ったことに。

 誰の言うことを聞かないんだよ……」


 「うん……」


 「ひと月まで杖(つえ)をついてみかん山に登っていた。

 爺は何としても。

 みかんを作り続けたかったみたいだ。

 なにしろみかんが大好物の孫がいるからな」


 「うん……」


 「だけど数日前から寝たきりになってしまった。

 昨夜は高熱が出て意識が混濁していた。

 医者が言うには。

 もう長くもたないらしい」


 「…………。」


 父親は由(よし)ありげに付け加える。


 「だけど今朝方。

 ぱっと目を覚ました。

 意識もわりとはっきりしていた。

 しきりに凛花を気にかけていたよ……」

 

 実家に到着する。

 母は眉をハの字に下げた。

 それから無言で二度頷いた。

 爺の容態が良くないことを悟った。


 爺はレンタル介護ベッドに横たわっていた。

 凛花は駆け寄る。


 「爺っ、ただいま! 

 帰ってきたよ」


 爺は静かに目をあけた。

 和んだ笑みを漏らす。


 「おお凛花……、

 おかえり……」

 

 爺はやせ細った手を伸ばす。

 溺愛《できあい》する孫に向かって

 震えながら手を伸ばす。


 凛花は爺の手を握る。

 そして思わず涙ぐむ。

 力が、弱い……。


 爺は掠(かす)れた声で告げる。


 「凛花や……、聞いてくれ。

 死ぬ前に、お前に……。

 どうしても伝えねばならないことが、ある……」

 

 宇和島市吉田町(よしだちょう)。

 凛花の実家の上空には真珠色龍神が空上静止していた。

 キラリ! 

 龍眼が光る。

 ノアが『ラストラリー(中治り)』現象に固定した。


 その瞬間。

 爺の容態は落ち着いて安定した。

 瞳に光が宿る。

 か細く掠(かす)れていた声音(こわね)に生気が宿る。

 ラストラリーのリミット。

 それは『五十五分間』である。


 ぎゅうっ、

 爺は握る手に力を込めた。

 そして確かな口調で告げる。


 「凛花に『あの日』のことを話しておきたい。

 辛(つら)いかも知れないが聞いてくれ。

 十五年前の忌まわしい『あの日』。

 真実を伝えさせてくれ…………」



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