第七章 ①地下アイドル・羽衣(契約)
地下アイドル・羽衣。
年齢・二十二歳。
身長百五十センチ。
血液型・A型。
特技・ダンスと料理。
二十二歳という年齢は。
アイドルとして売り出すにはすでに遅いのかも知れない。
しかし羽衣の容貌はかなりの童顔だ。
そのために高校生にも見えなくもない。
甲高いアニメ声。
大きな瞳。
笑顔は愛らしく元気いっぱい!
典型的アイドル向き性質だと言える。
所沢市・公営住宅。
羽衣は投稿した動画を振り返っていた。
思わずため息をもらす。
……揶揄する言葉が増えた。
嫌いだと吐き出すワーディングが目立つ。
【飽きた。
可愛くない。
見てるとムカつく……】
今のところ。
再生回数はそれほど減っていない。
けれど。
最新投稿には低評価と非難のコメントが押し寄せている。
ことさらに堪えた失望の声。
【若作り。
もう推さない。
他のアイドルに乗り換える……】
それは長年応援してくれている男性ファンから。
『訣別宣言』だった。
根強いファンはいてくれる。
だけど有料会員のほとんどは女性が占めている。
男性が渉猟するのは。
ルックスとスタイルだけなのだろうか。
……少しだけ、つらい。
ううん。
本当はかなりつらい。
だけどめげない。
どれほどの非難を浴びても構わない!
どんなに嫌われてもアイドルの夢は捨てない!
絶対にあきらめるわけにはいかない……!
羽衣は健気にひたむきに。
芸能活動を続けていた。
新所沢駅。
凛花は駅の東口近くにあるスーパーに来ていた。
今日は特売日。さらにポイント3倍デーだ。
近隣小売店の特売情報はチェックしている。
買い物は底値で! それがモットーだ。
慣れた様子で店内を歩く。
お目当ては特売キャベツと卵。
それから『手作りおはぎ』だ。
おはぎはノアの大好物!
迷わず買い物かごに入れた。
店内の少し離れた場所から。
甲高い声が響いた。
「うっわあっ、嘘みたい!
都市伝説って本当だったんだあ!」
若い女性が一目散に駆け寄って来た。
「うふふっ、こんにちは」
その女性は凛花の顔を覗き込む。
ピッタリとくっついて離れない。
凛花は焦る。
……どうしよう、周囲にばれたらまずい!
「私は凛花といいます。
ここでは迷惑が掛かります。
一旦外へ出ましょう」
どうやら買い物は継続できそうにない。
会計を済ませる。
食材をエコバックに詰め込んだ。
店外に出た。
彼女はにこにこして後ろから付いてくる。
柱の陰にはノアが立っていた。
「こっちに来て」
小さく手招きする。
人けのない場所へといざなった。
三人は向かい合う。
「私は羽衣!
瑞光オーラ見えました!
やったあ! 嬉しいっ」
すでに興奮状態だ。
ピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。
凛花は笑みをこぼす。
……愛らしい女性だ。
黒縁メガネの向こうにはクリっとした大きな目。
瞳の奥がキラキラ輝いている。
邪気のない笑顔。
とっても可愛い。
…………?
凛花は違和感を覚える。
なぜだろう?
ノアの表情が曇っている。
ノアは囁く。
「凛花、悪いけど席を外してくれるかしら?
羽衣さんと二人で話したいの」
「うん、わかった。
じゃあ先に帰るね。
では羽衣さん、また後でお会いしましょう」
「はい!
凛花さん、また後で!」
羽衣は元気よく返答した。
スッ、
羽衣の目の前に『是・契約書』が差し出された。
「私は真珠色龍神ノア。
あなたはグラビリズムね。
この契約書を読んでサインするか決めてちょうだい。
だけど断る権利もあるの。
だから、よく考えて……」
「はいっ」
羽衣は契約書を読む。
何度も何度も読み返す。
そうして告げる。
「私ね、スーパーアイドルになりたいの。
みんなから愛されるマルチタレントになりたい!
だから契約したいです」
ノアは答える。
「この契約締結によって運命は大きく変わる。
時にそれは。
思わぬ方向へと動くこともあるの。
その覚悟はある?」
「うーん、それはよく分からないけど……。
覚悟しますっ!
だって絶対に芸能界で活躍したいの!
そのためにダイエットもスキンケアも頑張ってきたの。
だから、お願いしますっ」
「…………。
そう? 意志は固いのね?
じゃあ、このオーロラペンでサインして……」
オーロラの曲線が象られたペンが差し出された。
「うっわあっ!
水のペン、掴めた!」
キラキラ……、
右手から五色の光が発せられた。
羽衣は感極まって涙を流す。
泣きながら契約書にサインを記す。
パシャッ、
ペンはただの水になった。
幻のように掌から零れて消えた。
『是契約』は成立した。
所沢市・公営住宅。
夜陰に紛れて真珠色龍神が天高く飛び立った。
ワープして辿り着いたのは熊野の鬼ヶ城の浜辺だった。
羽衣は歓声を上げる。
「すごいっ、綺麗っ!
夢みたいっ!
あっ、凛花さん!
また会えて嬉しいっ」
夜明けを待つ。
海面が朝焼けに染まりゆく。
東天に太陽が昇る。
暁光が降り注ぐ。
羽衣は確かに目撃した。
朝陽を背に天高く飛翔する『至極色龍神』の姿を!
そして造形無き『誉』を手中にした。
龍使い・凛花は告げる。
「羽衣さんの心はとても綺麗です。
その心をずっと忘れずにいてください。
溌溂とした元気印がトレードマークです。
輝く個性を大切にしてください。
この先いただくお仕事は精いっぱいに取り組んで下さい。
ひたむきに努力を続けてください。
きっと多くのファンを楽しませることでしょう。
私たちは二度と会うことができません。
けれどずっと願っています。
羽衣さんが幸せになれますように。
幼い頃からの願い続けている一番の夢……。
それがいつか叶いますように…………」
羽衣は感激して涙を流す。
珠玉の言葉が胸に響いた。
瞬きをして目を開ける。
いつの間にか。
自宅の玄関前に立っていた。
ああ、どうしようっ。朝帰りを疑われるかも……?
そーっと……、
ドアを開ける。
「こらっ、この不良娘っ」
「まったく、心配しちゃったよ」
ママとバアバに叱られた。




