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第五章 ②否の女社長・コウメ(契約)

 渋谷区・スクランブル交差点。


 キラリ……、

 眩しい。

 

 往来激しい雑踏(ざっとう)に五色の光が見える。

 エステティシャン・コウメは『瑞光オーラ』の輝きを捉(とら)えた。


 コウメは狂喜する。


 ……やった! 

 巷(ちまた)で話題の『龍神・都市伝説』。

 あの胡散(うさん」)臭い噂、まさかの真実(リアル)だった。

 このチャンス、絶対に逃(のが)さない。 

 念願だったトータルビューティーサロンを開業したい。 

 何としてでも龍神との契約を取り付ける!

 誰もが羨む『勝ち組』になってやる! 


 そっと後をつける。

 龍使いの女は人混みの中を軽やかに歩いている。

 JRの改札に入った。

 コウメは人波に紛れ、山手線に乗り込んだ。


 習慣的に値踏みする。


 ……それにしても平凡な女ね。

 チープなファッション。

 ほぼノーメーク。

 靴もバッグも量販の安物だ。

 この地味で冴えない女、本当に龍使いなの?

 いやだ、危なかった! 

 もしも瑞光オーラがなかったら……。

 視界にすら入らない! 


 龍使いは電車を乗り継ぐ。

 西武新宿線・新所沢駅で下車した。

 慣れた様子で西口改札を通り抜ける。

 大通りから閑静な住宅地を歩く。

 煉瓦造りの三階建てマンションへと入っていった。


 『赤煉瓦ベル』。

 龍使いの住まいを特定した。

 だけど、契約方法が分からない。

 住まいに面した公道を不審にうろつきまわる。

 インターフォンを押してみようか……。


 「行ってきます」


 龍使いが再び表に出てきた。

 腕にはエコバッグをぶら下げている。

 どうやら買い物に行くようだ。

 コウメは咄嗟(とっさ)に声をかける。


 「ねえ、あなた……、

 噂の龍使いでしょ?」


 「え……?」 


 「私はコウメ! 

 私ね、あなたの瑞光オーラが見えたのよ? 

 だから今すぐ契約してちょうだい」


 「えっと……、私は凛(りん)花(か)と申します。

 あ、あの……、

 少しだけお待ちください」


 ガチャリッ! 

 勢いよくドアが開いた。


 赤煉瓦ベルの一室から背の高い若い女性が出てきた。

 そして小声で促(うなが)す。


 「ここは任せて。

 凛花は部屋に戻って」


 「うん……。

 コウメさん、それではまた後でお会いしましょう」


 龍使いは部屋に戻った。


 コウメは思わず息をのむ。


 ……目の前に立っている美しい女性はアフロディーテ? 

 もしや美の女神(ヴィーナス)? 

 スラリとしたモデルのようなスタイル。

 黄金比の顔立ち。

 艶やかな長い髪。

 ツルツルの透明肌……。 

 完璧(パーフェクト)な造形美を有したとびっきりの美女だ。


 長身美女は不機嫌顔で言葉を発す。


 「私は真珠色龍神ノア。

 あなたはモアレリズムね。

 是(ぜ)契約書に記(しる)されている内容すべてに同意できる? 

 龍神との契約には厳しい掟(おきて)があるのよ?」


 コウメの目の前に『是・契約書』が差し出された。

 即座に受け取って読み込む。

 興奮してせっつく。


 「すべてに同意します! 

 だから今すぐ契約して! 早くっ」


 ノアはゲンナリ、ため息を漏らす。

 天(あま)の岩戸の名水から創られたオーロラペンを手渡した。

 サインを記し終える。

 途端にペンは砂になる。

 指の隙間(すきま)から零(こぼ)れて消えた。


 契約は成立した。


 豊島区・池袋。

 深夜3時。

 コウメの自宅マンションから真珠色龍神が飛び立った。

 龍神の固い背に乗せられてワープする。

 辿り着いたのは、熊野の鬼ヶ城の浜辺だった。


 コウメは上機嫌だ。


 ……私はもうすぐ『大成功者』になる! 

 欲しかったもの、すべてを手に入れる!


 洋上(海面)が朝焼けに染まる。

 至極(しごく)色(いろ)龍神が太陽を背に優雅に飛翔する。

 コウメは『誉』を手中にした。


 龍使い・凛花が告げる。


 「トータルビューティサロン開業の夢は早々に実現します。

 劣等感を抱く女性たちに自信を与える。

 そのコンセプトサロンは全国的に人気を博すことでしょう。

 慢心せず、お客様第一の精神を貫いてください。

 そして、どうかお願いです。

 どれほどの成功を手にしても『思いやり』を忘れないでください。

 大金を手にしても『謙虚さ』を失わないでください。

 何より人材は宝です。

 スタッフを大切にしてください。

 信頼の置ける仲間たちと共に。

 恩沢(おんたく)を享受(きょうじゅ)してください。

 コウメさんとは、もう二度と会うことはできません。

 ご活躍を願っています。

 そっと密かに応援しています……」


 瞬(まばた)きしてふと気づく。

 池袋の自宅マンションに戻っていた。


 あれから何もかもがトントン拍子に運んだ。

 念願だった夢が叶った。

 総合(トータル)美容(ビューティー)サロンを開業した。


 ……嘘みたい!

 あっという間に夢が叶ってしまった。

 

 サロンの評判は上々だ。

 優秀な技術者。

 良心的な価格設定。

 スタッフの神対応。

 ネットの口コミで話題になる。

 親切・丁寧・高技術。

 当然ながら高評価を得る。

 セレブ層から女子大生、主婦や男性に到るまで。

 幅広い世代幅からの支持を集めた。


 サロンは破竹の勢いだ。

 【劣等感を自信に変える・明日が変わる】

 コンセプトに則(のっと)って店舗数を増やし続けた。

 多くの顧客を集め、多くの雇用(こよう)を生んでいた。


 コウメは成り上がった。

 今や都会的(アーバン)美人(オー)経営者(ナー)と褒めそやされている。

 コウメの実年齢はアラフォー(三十代後半)だ。

 しかし二十代と見まがうほどに若々しい。

 容姿は磨き上げられ、洗練されている。


 しかし実のところ。

 コウメは山間部の田舎育ちだ。

 両親は南高梅農家である。

 学生時代は存在感が無かった。

 素朴で、野暮ったくて、冴えない少女だった。

 自らの容姿に強いコンプレックスを抱(いだ)いていた。


 だからこそ美しくなりたかった。

 堂々と胸を張って生きたかった。

 劣等感を克服したかった。


 高校卒業後、美容スクールに通うために上京した。

 徹底的に『美(び)』を探求した。

 卒業後も研鑽(けんさん)して学び続けた。

 その『ひたむきな努力』こそ、

 夢の実現を手繰(たぐ)り寄せた根源だった。


 コウメの容姿は過剰なまでにあか抜けた。

 目指す『理想形』。

 それは『美の女神(ヴィーナス)』だ。

 パーフェクトな造形美を手に入れる!

 そのために至る所に手を加えた。

 顔の造形は整形でチューンアップ(調整)した。

 肌はエステで磨き上げ、陶器のように滑(なめ)らかだ。

 メリハリあるスタイルは『美魔女』と評判だ。

 今も全身大改造を重ねている。


 ……だけど足りない! 

 まだ全然足りない!

 もっと綺麗に! 

 もっと麗(うるわ)しく!

 憧(・)れ(・)の(・)女(・)性(・)に近づきたい。

 そっくり同じになりたい!


 真珠色龍神ノアの複製(デュプリケイト)になりたい……!



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