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第四章 ②帰省と出会い

 愛媛県・松山空港。


 エル・シー・シーの飛行機を降りた。

 大学は春休み。

 凛花は吉田町(よしだちょう)の実家に帰省する。

 これから予讃(よさん)線を乗り継いで宇和島へ向かう。


 今回は途中下車をする。

 ちょっとだけ寄り道する。

 その目的は。

 八幡浜(やわたはま)でちゃんぽん麺を食べること! 

 (じい)のシークワーサーがトッピングされているのだ。


 ……ああ、美味しくてお腹いっぱい! 

 幸せだ。


 浮き浮きした足取りで八幡浜駅に戻る。

 時刻表を見る。

 次の電車は五十分後だ。


 待合室には二十代後半の男性がひとり。

 ノートパソコンを広げて何やら真剣に作業していた。


 青年が不意に顔を上げた。

 凛花を視界にとらえた。

 その刹那(せつな)、驚愕して目を見開いた。

 その一瞬の瞳孔(どうこう)の拡大。

 それは『瑞光オーラ』を(とら)えたことを示していた。

 

 すかさず声をかける。


 「こんにちは。

 私は凛花と申します。

 観光ですか?」


 「…………。

 観光、です」


 青年は不愛想(ぶあいそう)に返答した。


 ノアが『()契約書』を持って現れた。

 「私は真珠色龍神ノア。

 あなたは龍使いの瑞光オーラが見えたのね? 

 この契約書を……」


 「オーラ? 

 そんなもの見えていませんっ!」

 青年はノアの言葉を(さえぎ)った。


 ノアは怪訝(けげん)顔をする。


 「見えてない? 

 嘘よ、だってあなたは……」


 「迷惑です! 

 僕のことは放っておいてくださいっ」


 差し出された是契約書を振り払って突っぱねた。

 青年は首を横に振る。

 (かたく)なに拒絶した。


 凛花とノアは顔を見合わせる。

 彼は非常に稀有(けう)な状態にある。

 グラビリズムとモアレリズム。

 ふたつのリズムが最大値なのである。


 ノアは耳打ちする。


 「私は宇和島湾に居るわ。

 もしも彼の気が変わったら念じて呼んで……」


 そうして音もなく飛び去った。


 電車の発車時刻になった。

 ふたりは宇和島に向かう予讃(よさん)線に乗車した。


 車両はガラガラ、貸し切り状態だ。

 青年はキョロキョロする。

 戸惑(とまど)いの表情を浮かべている。

 それでも割と近くに腰をおろした。


 気まずい時間(とき)が流れる。

 意を決した青年が話しかけてきた。


 「あ、あのっ! 

 先ほどは感情的になってしまって……。

 すみませんでしたっ」


 バツが悪そうに頭を下げた。


 「いっ、いえ、こちらこそ! 

 初対面なのに驚かせてしまって……。

 すみませんでしたっ」


 凛花は率直に詫びた。

 それから他意なく微笑んだ。


 青年は胸をなでおろす。

 凛花の柔らかい笑顔と声音(こわね)

 心底安堵(あんど)した。


 「えっと……、

 愛媛(えひめ)のご出身ですか?」


 「地元は宇和島です。

 四国は初めてですか?」


 「はい。

 初めての四国を気まぐれに巡っています。

 卒業旅行の一人旅(ひとりたび)です」


 「わあ、卒業旅行なのですね! 

 私は数か月ぶりの帰省です。

 愛媛(えひめ)はとても良いところですよ」


 会話が弾みだす。


 「どこかオススメの観光場所はありますか?」


 「今の時期だと南楽園の梅が見頃かもしれません。

 だけど一番は『みかん山』からの景色です。

 実は私、みかん農家の一人娘なんです」 


 「そうなのですか! 

 本場のみかん、美味しいでしょうね」


 「はいっ、

 (じい)のみかんは日本一です!」


 青年は笑みをこぼす。

 (なつ)こい笑顔。

 清爽な人柄。

 心が(やわ)らいでいく。


 向かい合う席に移動して座りなおす。

 打ち解けたふたりは雑談する。

 話題は『将来(未來)』に転じていた。


 ぼそり、

 青年は自信なさげに(つぶや)く。


 「大学院の博士論文を仕上げて。

 発表も終わりました。

 社会人まであと少しという段階です。

 それなのに。

 (いま)だに迷いがあって定まらないのです。

 往生(おうじょう)(ぎわ)が悪いですよね……」


 「就職先は……。

 希望の職種ではないのですか?」


 「いえ。就活はそれなりにうまくいきました。

 内定先は大手企業です。

 両親は『将来安泰だ!』

 そう言って喜んでくれました。

 祖父母からは

 『早く良い相手と結婚してひ孫を見せてくれ』

 そんなことを言われています……」


 青年は天を仰いで薄く笑う。

 それから昏々(こんこん)として目を伏せた。


 確信する。

 ……やはり。

 この青年は心からやりたい『何か』を封じ込めている。

 今まさにグラビリズムとモアレリズムが最大値に到達している。

 そして龍神と『是契約』を交わせる奇跡が目の前にある。

 それなのに。

 夢の実現を放棄しようとしている。

 あふれんばかりの才能に(ふた)をしようとしている……。


 凛花は提案する。


 「もしも行き先が決まっていないなら。

 私の実家の『みかん山の絶景』を見に来ませんか? 

 段々畑からの眺望は最高ですよ?」


 青年は思案する。

 車窓から空を見上げる。


 「みかん山の絶景、か……。

 うん、良いですね!」


 「ふふ、決まりです。

 私の実家は吉田町(よしだちょう)です。

 宇和島駅まで父に迎えに来てもらいます。

 あっ、軽トラックじゃ無理ですね。

 自動車で来て! って、電話しますね」


 「…………」


 青年は言葉を詰まらせた。

 屈託ない愛らしい笑顔。

 思わず見惚(みと)れてしまった。

 しどろもどろに返答する。


 「あっ、あの実は今日、

 宇和島のゲストハウスに宿泊予定で……。

 それで偶然にも、

 宇和島駅でレンタカーを予約してあって……。

 だからその、

 凛花さんをご実家まで車で送ることができます……」


 「わあっ、(よろ)しいのですか?」


 「はい! 

 是非とも『絶景』を見せてください」





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