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奇蹟の少女と運命の相手  作者: 鷹羽飛鳥
後日談 クラリス・コトラの愛
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父の日記念 クラリス・ゼフィラスの恋

 世の中は理不尽だ、と小さな頃から思っていた。

 お姉様は、私が物心ついた時には、もう運命の人と出会っていた。

 それも、王太孫殿下。お姉様は、いずれ王妃となって、やがて国母となる。

 別に、それは構わない。

 正直に言ってしまえば、お姉様の存在そのものが疎ましい。

 まばゆく輝く金色の髪、湖のような淡い青の瞳。なにより、見る者すべてを穏やかな気持ちにさせる優しいまなざし。

 どれひとつ取っても、私にはないものばかり。

 私には、何もない。

 私の髪は、真っ黒だ。輝きの欠片もない。

 目だって、地の底の暗闇を覗いているような黒。

 兄妹の中で、私だけが目も髪も黒い。

 わかっている。私は、お父様に似ただけ。

 お父様も黒髪黒目だ。

 子が親に似るのは当たり前だけど、どうして私だけなのかと思う。

 お父様は優しいけれど、私だけに構ってはくださらない。──お父様が一番大切にしているのは、お母様だから。

 運命の人なんだから、それが当然とは思うけれど、なら、私の運命の人は、どこにいて、いつ会えるのだろう。

 お兄様にだって、義姉様がいる。

 プロポーズこそ、ついこの間だったけれど、義姉様が生まれた時から、お兄様は出会っていた。

 いつも、私だけが、何も持っていない。

 お姉様は、長じるにつれ、どんどん女らしい体つきになっていったというのに、私はガリガリで貧弱な体つきのまま。

 お母様が仰るには、私の体つきは、亡くなったジェラードのひいお祖母様に似たのだそうだ。

 お母様は、元々はジェラード侯爵家に嫁いだ大伯母様の娘で、お祖父様の養女としてゼフィラス公爵家の跡継ぎになった。

 お姉様の優しい目も、ひいお祖母様に似たのだとか。

 私も、どうせなら、こんな貧弱な体じゃなくて、優しい目の方が似たらよかった。そうすれば、この黒い目だって、もう少しマシな印象になっただろうに。

 お兄様も目元は私とそっくりだけど、瞳の色が青いから、随分緩和されている。

 私は、瞳まで黒いせいで、きつい印象がそのまま伝わってしまうというのに。

 うちの使用人達は何も言わないけれど、以前あいさつに来たどこかの伯爵家の令嬢なんか、私のことをジロジロ見てきたくせに、こっちが不愉快だと思ってちょっと見ただけで泣きだした。

 後で、私のことを魔女みたいだとか言っていたらしい。あんなのが学院で同じ学年にいるなんて、冗談じゃないわ。




 学院に入学して早々、私の顔つきが魔女みたいだとかいう噂が広がっているのを知った。どうせあの娘が面白おかしく吹聴しているんだろう。

 とはいえ、腐っても私はゼフィラスの娘だ。

 しかも、婚約者がいない。

 うちと縁を結びたい男共が、常に私を取り囲んでいる。

 誰も彼も、私自身ではなくゼフィラスの家を見ている。

 ゼフィラスと誼を結ぶために、仕方がないから私の歓心を買って娶ろうと思っているのが、ありありとわかる。

 それはそうだろう。ゼフィラスからよそに出て行くのは、兄妹の中で私1人なのだから。




 入学して一月が経った。

 相変わらず、取り巻きの男共は鬱陶しいけれど、算術を飛び級したことで、その時間だけは離れられるだろう。

 そう思っていたのに、講義が始まる時間までは、と教室までついてくる。本当に鬱陶しい。

 そんなことを思っていたら、ふと、教室の隅に座っている男と目が合った。

 私の大嫌いな金色の髪をしたその男は、目が合った後、私の周りを少し見て、ふいと目を逸らした。

 ただ、その逸らし方は、私を嫌ってというものではなく、単に私に興味がないだけに見えた。

 私に媚びず、嫌悪も抱かず、という男は、初めて見た気がする。




 週末の休みに屋敷に戻った際、お兄様に話してみた。

 「この前、算術の講義で、面白い院生を見掛けました。

  私と目が合ったのに、すぐよそを向いてしまったのです。

  世の中、私に媚びたり私を嫌ったりする者ばかりではないのだと、初めて実感しました」


 お兄様は、少し興味を持たれたようです。

 「どんな人かな? もちろん名前は知らないんだろう?」


 どんな? 金髪…は言いたくないし、特徴といえるようなものはないわね。

 「どんな、と言われても。

  椅子に座っていたので、詳しいことは。

  少し痩せた感じの男でした」


 「少し痩せている、ね。

  どこに座っていた?」




 翌日の夜、お父様に呼ばれて部屋に行くと、お母様とお兄様もご一緒にいらした。

 「クラリスが見たというのは、マーカス・コトラ。

  コトラ子爵家の三男で、ヒートルース夫人の教え子だ。少々気が小さく、生真面目すぎるきらいがあるが、優秀な人物のようだ。

  念のため夫人に確認したが、問題はない」


 お父様? たった1日でお調べになったのですか?

 「ネイクの目は確かよ。

  興味があるなら、話してみればいいわ」

 お母様、私は別にあの男に興味があるわけでは…。




 次の算術の講義で、また同じ席に座るマーカス・コトラを見付けた。

 別に、興味なんかないけど、ちょっと話をしてみるのも悪くないわね。

 取り巻きを追い払ってマーカスの隣に座ったら、あろうことか、マーカスは席を1つ隣にずれた。

 悔しいから、さっきまでマーカスが座っていた席に移って話しかける。

 「あなたがマーカス・コトラで合ってるかしら?」


 話しかければ確かに返事はするけれど、あくまで上位の貴族に対する礼儀としてしか対応してこない。

 私に興味がないのかしら。

 「あなた、次の週末は予定が入っているかしら?」


 「週末、ですか? いえ、特には」


 「なら、ちょうどいいわ。

  うちにいらっしゃい。

  お兄様と義姉様とお茶会をする予定なんだけど、お姉様は殿下のところに行くことになっているし、私だけ1人でつまらないと思っていたのよ。

  あなた、私の隣に座ってなさい。

  手土産とかはいらないし、制服着てくればいいから。名乗れば入れるようにしておくわ」


 気が付いたら、お茶会に誘っていた。予定なんかないけど、お兄様ならお願いすれば大丈夫だろう。

 なんだか断ってきそうな雰囲気だったから、断られる前に、絶対に来るように言った。

 「まさか嫌とは言わないわよね? 私がいらっしゃいと言っているのに」


 まさかは私の方だ。マーカスの傍にいたくてたまらない。そうか、これが…。




 講義が終わると、私は王城の研究所にお兄様を訪ねた。お茶会をお願いしないと。

 「お兄様、見付けました。きっとあれが運命の人というものだと思います。

  週末にお茶会に呼んでしまったので、お付き合いいただけませんか?」


 単刀直入に告げると、お兄様は優しく笑った。

 「そうなるんじゃないかと思っていたよ。

  私も会ってみたかったし、ちょうどいい」




 お茶会で、マーカスをお兄様に紹介した。

 マーカスは、思った通り、お兄様にも媚びようとはしない。

 とてもいいことだけれど、私を「お嬢様」なんて呼ぶのは面白くない。名前で呼んでほしい。


 「クラリスが名前で呼べなんて言う日が来るとは、思わなかったな」


 「クラリス様、よかったですわね」


 お兄様も義姉様も、マーカスを認めてくれたようで、祝福してくれた。


 「金髪の子を連れてくるとは思わなかったけれど」

なんて、お兄様が言う。違うわ。マーカスは違うの。私の嫌いな金髪なんかじゃない! 金じゃなくて…、そう、よく見ると金茶なのよ!

 「金じゃありません、金茶です」

と言ったら、お兄様は

 「ああ、そうか。なるほどね」

なんて笑う。

 いいのよ。金茶なの。私は金茶の髪は好きなのよ!



 お兄様にも義姉様にも急がなくていいと言われたけれど、やっぱりマーカスには名前で呼んでほしい。だって、ようやく運命の人を見付けたのだもの。少しでも長く一緒にいたいのよ。

 「いいこと、マーカス。

  今後、算術の時間は隣を空けておくのよ。

  それと、私のことはクラリスと呼ぶの。

  わかったわね」




 マーカスを呼んだお茶会の席で、お兄様から、もう少し柔らかく笑うよう言われてしまった。

 困っていると、マーカスに笑われた。と思ったのだけど、義姉様は、

 「クラリス様、コトラ様は、クラリス様の笑顔が可愛らしくて微笑んだのですわ」

と教えてくれた。

 可愛い…。マーカスが、私を可愛いと思ってくれている。

 嬉しくて、顔が熱い。

 でも、嬉しいと素直に言えなくて、

 「生意気だわ」

としか言えなかった。




 私は、少し意地っ張りなところがあるようで、素直に自分の想いをマーカスに言えないでいる。

 でも、マーカスはちゃんと私の気持ちをわかっていて、私の隣にいてくれる。

 この前もそうだった。



 お茶会を何度もやっているのに、お姉様を一度も呼んでいないのには、わけがある。

 お姉様は、私と正反対の容姿だ。

 明るくて綺麗な髪、つり上がっていない優しげな目、起伏に富んだ体。

 中身はそんなに違わないのに、見た目は全然違う。

 10人いれば10人ともお姉様を魅力的だと言うだろう。対して私は、100人いたら99人が近寄りがたいと言うはず。

 その残ったたった1人がマーカスだと思うけれど、もしもマーカスまでお姉様に目を奪われたらと思うと、どうしても会わせられなかった。

 でも、この前、偶然マーカスとお姉様がすれ違ってしまって。


 「姉君はお誘いしないんですか?」

と言われた。

 まさか…と思ったら、マーカスは


 「誤解です、クラリス様。僕は姉君を初めてお見かけしたなあと思っていただけで、決して邪な気持ちなど持っておりません!」

と、断言してくれた。

 その時のマーカスの目は、本当にまっすぐで。

 決してお姉様に目移りなどしないと信じさせてくれた。

 やっぱりマーカスは、私の運命の人なんだと、強く感じさせてくれた。

 私だけを見て、私だけを愛してくれる、ただ1人の人。私は、マーカスに出会うために生まれてきたのだわ。




 お姉様の輿入れの日が近付いてきた。

 お兄様が義姉様を伴って披露の席に着くと知って、私もマーカスを、と思ったのだけど。

 「気持ちはわかるけど、それは無理だ」


 お兄様は、きっぱりと断じた。

 「でも、義姉様だって、子爵令嬢だわ。マーカスだって」

 「クラリス。ネーナは私の婚約者で、公爵家(うち)に入ることになる。

  マーカスはお前と婚約しているわけでもないし、間もなく平民になるんだ。

  王家の宴に出られるわけがないだろう。

  身分を求めるなら、彼との未来はないよ。

  彼に嫁げば、お前は公爵令嬢ではなく平民の妻になる。その時は、公爵家(我が家)の行事一切に顔を出すこともできない。

  お前は、どっちを望む? 彼か、身分か」


 お兄様の目が、私を試すように見詰めている。

 マーカスと結婚したら、今享受しているもの全てを失うということなのだろう。

 だとしても。

 「もちろん、マーカスです。

  マーカスと生きられるのなら、ほかには何もいりません」

 きっぱりと答えた私に、お兄様は満足そうに微笑んだ。

 「いい答えだ。

  どうやら、本当に彼がお前の運命の人のようだ。

  そこまでの覚悟があるなら、私からは何も言うことはないよ」


 「俺からはある」

 突然、背後からお父様の声がした。

 お父様は、たまに、知らないうちにすぐ傍にいることがある。

 それで驚かされたことがないのは、お母様だけらしい。

 

 「言うことがある…ということですか?」

 驚きすぎて声も出ない私の代わりに、お兄様が訊いてくれた。


 「1つだけ忠告だ。

  今、お前は公爵令嬢という立場にある。

  望めばどこにでも嫁げるし、誰もが受け入れるだろう。だが、どこに嫁ぐにしろ、嫁いだ後は公爵令嬢ではなくなる。

  人の身分など、その場の流れでどうにでも変わってしまうものだ」


 変わる? それはそうね。マーカスは、成人したら平民になるのだし。

 「平民になった時のために、料理や洗濯の仕方を学んでおいた方がいいですね」

 マーカスと結婚したら、きっと使用人など雇えないでしょうし、自分で何でもできるようにならないと。


 「殊勝な心がけだが、それでは足りない。

  公爵家だからこそ享受できるものは多い。

  それに、さすがに平民と公爵家の令嬢では、婚約させるわけにはいかない」


 「お父様は、先程、どこにでも嫁げると…」


 「ああ、言った。

  だが、嫁ぐのと婚約するのは別の話だ。

  公爵令嬢(おまえ)が官僚貴族家の三男と婚約すれば、彼の命が危ない」


 「マーカスの?」

 どういうことです? 人質ならまだしも、命が危ないとは。


 「お前を手に入れたい者は多い。

  それが、官僚子爵家の、嫡男ならまだしも三男と婚約したとする。面白くない連中は、白紙に戻そうとするだろう。

  最悪、命も狙われるってわけだ」


 そんな…マーカスがいなくなったら、私は…。

 「泣くな。まだ殺されたわけじゃない。

  とにかくだ。コトラの安全のためにも、まだお前達のことは公にはできない。

  彼が研究所に入れば、護衛を付ける大義名分が立つが…」


 「では、私が推薦しましょう」


 お兄様…。それなら、きっと。


 「マリーは、好きにさせたらいいと言っていたがな。

  ベルのこともあるし、単に研究所に入っただけではつけられる護衛は不十分だ。特に、クラリスが嫁ぐことを考えれば、屋敷ごと護衛を付けたいところだ。

  そうなると、爵位持ちでないと、陛下は納得してくださらないだろう。こちらで勝手につけるというわけにもいかん」


 「爵位、ですか」


 「最低でも男爵だな。お前が嫁ぐのは、それからだ。

  それと…コトラさえいれば、本当に何もいらないか?」


 「はい」


 「子供もか?」


 「子供?」


 「官僚貴族の子供が、未来の王の従弟妹というのは、色々と厄介だ。

  お前は、子供を産んではならん」


 マーカスと私の、子供…。

 マーカスの子供なら、可愛いだろう。でも。

 「いりません。マーカスの傍にいられるのなら」

 ずっと2人きりで、マーカスを独占するのも悪くない。娘でも産まれて、マーカスにぺったりとくっつかれたら、嫉妬しないとも限らない。


 「いい覚悟だ。ならば、後はコトラの努力次第だな」


 マーカスなら、絶対大丈夫。







 「ねえ、クラリス。そろそろ私もあなたの運命の人に会わせてもらえないかしら」


 正直言って、お姉様にはマーカスを会わせたくはない。

 マーカスが目移りするようなことはないと知ってはいるけれど、何もかも私と正反対な上に、普通なら、誰が見たってお姉様の方が魅力的だと言うに決まっているから。

 でも、それでは私がマーカスの気持ちを疑っているようで、面白くない。

 お姉様が輿入れしたら、もう二度と会わせることはできない。なら、今のうちに会わせておいた方がいいかもしれない。




 マーカスは、お姉様に対して何も感じていない。わかっていたことだけど、それでも嬉しい。

 この前の、研究所入りの話をお兄様にされて、マーカスは喜んでいた。

 マーカスは知らないけれど、これが私との結婚への第一歩になるのだ。


 「頑張るのよ、マーカス。

  全てはそこに掛かってるんだから」


 「はい、クラリス様。ありがとうございます。

  僕のことをそんなに想っていただいて」


 面と向かって、マーカスから、私の気持ちを言い当てられてしまった。

 そ、それはたしかに、誰よりも何よりも大切な人だけれど、マーカスは前から知っていたことだろうけれど、お兄様やお姉様の前でそんな堂々と言うだなんて…。


 「今更、なに言ってんのよ。

  私のためにも、きっちりやってよね」





 お姉様は、卒業と同時に、殿下に輿入れした。

 お父様とお兄様が仰っていたとおり、私は1人で列席した。

 けれど、お兄様と義姉様との結婚披露の式には、マーカスを隣に置いて列席することができた。

 私がマーカスと並んで出られる唯一のもの。お兄様の温情に甘えたけれど、マーカスもこういう式に憧れるんだろうか。多分、私は式などなしに嫁ぐことになるのだけれど。

 「マーカスは、こういう式に憧れたりする?」

 恐る恐る訊いてみると、緊張した面持ちで、

 「ちっとも。緊張しすぎて、明日は全身筋肉痛です」

と言ってくれた。本音だとわかって、嬉しかった。




 義姉様が懐妊したことで、お茶会はもう開かないことになった。

 元々、あれはマーカスをお兄様に会わせるためにやっていたことでもあるし、もう必要ないのだけれど、マーカスに会える数少ない機会だったのに。

 マーカスとは研究室が別だから、何か理由がないと顔を合わせることさえできない。

 今は仕方ないとわかっていても、マーカスに会えない日々は、とても辛い。







 今日、数か月ぶりに、偶然マーカスと顔を合わせることができた。

 お姉様が王子を産み、義姉様にももうすぐ子供が産まれる話になって。

 つい、羨ましいと言ってしまって、マーカスから、いずれ私達にも子供ができるからと慰められた。優しいのね…でも、駄目なのだ。

 「私は、駄目だわ」


 「まさか、何か病気が?」


 そうか、マーカスは、私達は子供を作ってはいけないことを知らないのだった。

 子供を作れないということは、マーカスが爵位を得ても、一代で終わりということで。それは嫌だなんて言われたら、どうしよう。

 「もしかして、マーカスは子供が大好きだったりする?」


 「…考えたこともありません」


 よかった。マーカスは、子供が作れなくても大丈夫なようね。





 一足早く学院を卒業したマーカスは、無事お母様とお兄様が研究所に引き入れてくれた。

 お兄様も会うことはほとんどないらしいけれど、働きぶりは悪くないそうだ。


 「今日、マーカスの意思を確認してきた。

  お前と結婚できるなら、何もいらないと言い切ったよ。

  まったく、似た者夫婦だな」


 「マーカス…」

 思わず涙が出た。わかっていたけど、やっぱり嬉しい。

 魔女のような顔で、貧相な体で、子供も産めない、公爵家を出る私を、それでもと求めてくれた。


 「最低でも男爵になれと言ってある。

  今後の彼の頑張りが楽しみだね」






 私がお兄様の秘書として研究所に入ってからも、相変わらずマーカスとは会えない日々が続いている。

 マーカスの覚悟が試されているのはわかるけれど、やはり会えないのは辛い。


 そしてある日、

 「おめでとう、コトラ夫人」

 お兄様から告げられた。その日が来たことを。


 「マーカスの覚悟は本物だったということだね。

  お前はもう公爵家の人間ではなくなるが、父上が屋敷と、護衛兼任の使用人を手配してくれた。

  幸せになるといい」


 「はい、お兄様」




 陛下の宣言を受けて、ようやく私達は結婚できた。

 これからは、私達はお互いのものとして生きていく。

 「あんたは、私を幸せにすることだけ考えていればいいの。

  その代わり、あんたは私が幸せにしてあげる」

 私は、あんたが傍にいてくれるだけで幸せだけれど。

 悔しいから、そんなことは言ってあげない。


 「2人で一緒に幸せになりましょう。

  絶対に離しませんから」


 そうね、絶対に離れないわ。

 私があんたから離れるのは、私が死ぬ時よ。

 愛してるわ、マーカス。

 あんたが傍にいてくれるなら、私はほかに何もいらない。


 世の中は理不尽だと思っていたけれど、ちゃんとあんたとの未来が掴めたんだから、よくできているのかもしれないわね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかとても悲しくなりました。 幸せだったはずなのに、とっても辛い!! ほんと、ヒューマンドラマだなあと思う。 でも、ゼフィラスはやっぱり変かなあ。 愛が強すぎるのかなあ。 [気になる…
[良い点] 読み応えたっぷり、楽しませていただきました。ありがとうございます。
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