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第22章  ~親愛~




私はあなたたちがどのように出会ったのか知らない。


私はあなたたちがどのように恋に落ちたのか知らない。


でも、私はあなたたちがどれだけお互いを大切に想いあっているのかは知っている。


それでも私はあなたが愛おしい。


嬉しくて。


辛くて。


時々泣きたくなる。


私の居場所は何処?


私の立場は何?


考えれば考えるほど、心のどこかに置き去りにした想いが低迷しながらモヤモヤと渦巻く。


どんなに傷ついても。


どんなに悲しくなっても。


私はそれでいい。


あなたたちが笑顔でいてくれれば。


あなたたちが幸せでいてくれれば。


私はそれがいい。


私はあなたを、あなたたちを愛しているのだから。















-君の笑顔も泣き顔も- 第22章 ~親愛~















「あははっ、そんなことがあったんだね」


「おかしな話と思いません?兄ちゃんって昔からバカなんですよ」


昔話を話すありさに対し、輝は可笑しく笑った。


ありさの告白の後、いったん落ち着いたありさと輝は、拓也に関する昔話に花を咲かせていた。


「やっぱりありさちゃんの話は面白いね。もっときかせてほしいな」


よほどありさの話が気に入っているのだろう。


輝は興味津々な表情でありさに頼んだ。


「いいですよ。これは昔話ではないんですけど、いまだに兄ちゃん塩と砂糖間違えるんですよ」


「へー。まぁ確かに見た目はあまり変わりないよね」


「そうですけど普通見分けぐらいつきますよ」


ありさはそう言うと、できの悪いわが子を見るような顔つきで呆れた態度をとった。


そんな彼女の行動を見て、輝は少し可笑しく笑う。


「笑っちゃいますよね」


「うん。それも面白いけどありさちゃんの行動にも笑っちゃったよ」


「へ?」


拓也のことで笑ったのかと思いきや、まさか自分も笑われていたとは。


思いもしない返答にありさは腑抜けた声をだしてしまった。


「ごめんごめん。バカにしてるわけじゃないんだ。ただ、見てて飽きないなと思って。ありさちゃんも拓也も」


「そ、そうですか?」


自分で自覚のないありさは少し戸惑った。


「あたしと兄ちゃんってどこか似てます?」


「似てるよ。やっぱり兄妹っていうのもあって、外見もそうだけど、なんとなくしぐさとかも似てると思うんだ」


「・・・・」


ありさはそれを聞いて少し黙り込んでしまった。


「ご、ごめん。気に障っちゃったんなら謝るよ」


「ううん、そんなんじゃないんです。同じことを実は今日お母さんにも言われて、なんか変な気持ちになっちゃったって言うか、その・・・・」


もどかしそうな表情をしたありさはうっすらと愛想笑を浮かべた。


そんな彼女のほうへ輝は静かに手を伸ばしはじめる。


それに驚いたありさは思わず眼をつぶった。


「!?」


突然頭部に優しい感覚が走った。


「ひ、輝先輩?!」


撫でられたありさは驚いて頬を真っ赤に染めた。


「香さんは見てとれるようにそう言ったのかもしれないけど、俺は違うよ」


「どういう意味ですか?」


「確かに外見的にも似てると思ってるけど、俺は拓也は拓也、ありさちゃんはありさちゃんなんだってちゃんと二人を想ってるから」


つまり、輝は拓也とありさのことを、ちゃんと一人ひとりの大切な人として考えているのだ。


同じに見えて、同じでない。


拓也と重ねられるのが嫌なありさにとって、この言葉は嬉しかった。


彼女自身、拓也のことを嫌いに思っているのではないが、恋愛的に今のありさにとって彼と重ねられるのはどうも悔しいようである。


「やっぱりあたしの見込んだ輝先輩は違いますね。またひとつ、輝先輩が好きになりました」


そう言われると、輝は少し照れるようにして赤面した。


そんな彼の姿を見たありさは優しく微笑む。


「なんだかやっぱり輝先輩は可愛いですね」


「!? そ、そんなことないよ。ありさちゃんのほうが普通に可愛い」


また言われてしまったと言わんばかりに、輝はついついおどける。


「その様子じゃぁ、兄ちゃんにも言われてますね」


「な、なんでわかるんだ?」


「輝先輩の顔にそうかいてありますから」


もちろんありさの言うことは冗談に過ぎない。


それほど輝はわかりやすいと言うことである。


嘘をつくのもへたくそだ。


「絶対可愛くなんかないのに・・・・」


「そうやってリアルに気づいていないところが可愛いんですよ。すごく癒されます」


ありさは穏やかなまなざしで輝を見つめた。


「俺もありさちゃんの笑顔に、いっぱい元気もらってるよ」


「ありがとうございます」


褒めてもらえて嬉しくなったありさはお礼を言う。


「輝先輩、まだお話したいのはやまやまなんですけど、お時間大丈夫ですか?」


「んーと、今何時?」


聞かれてありさは自分の部屋にある時計に目をむける。


「わっ、もう21時まわっちゃってます」


「もうそんなに時間たってたんだ。ごめんねありさちゃん、こんなに長く居座っちゃって」


「謝る必要なんてないですよ。それにあたしが話しにつき合わせたんですし」


そう言ってありさが立ち上がると、輝もそれにつられるように立ち上がった。


そしてドアを開けて廊下に出た。


「兄ちゃーん!そろそろ輝先輩帰るそうよ!」


ドア越しにありさがそう言うと、すぐに拓也の返事が返ってきた。


そして数秒ほどで拓也の部屋のドアが開き、中から拓也が出てきた。


「もう帰っちゃうのかよー。前みたいにまた一晩泊まってけばいいのに」


顔を出すなり、拓也は本音をポロリとこぼす。


「これ以上みんなに迷惑かけるわけにはいかないよ」


「ったく、そう言うところ頭固いよな輝は。じゃぁ泊まるときには前日に言って。そしたら問題ないだろ?」


「ま、まぁそれなら」


相変わらず輝は謙虚だ。


「俺は急に言われてもかまわないけどな」


「だよねー」


拓也とありさも、相変わらず輝に対するのフリーダムっぷりはなかなかのものである。


「外真っ暗だし、途中まで見送るよ」


「ありがとう。でも悪いからいいよ。それに俺、男だし」


そう言って輝は一人で帰ろうとする。


そんな彼の前に拓也は仁王立ちした。


「一人で帰らせないぜ」


拓也はそう言って輝の行くてを阻む。


「輝先輩も少しは甘えることを覚えてみてはどうですか?」


ありさも拓也と同じように行くてを阻み始めた。


拓也とありさの態度に輝はとうとう困り果てる。


「・・・・甘えていいのか?」


「いいに決まってんだろ。てか俺はむしろ甘えてほしい。いっぱい今まで輝に助けてもらったから、お礼に輝に優しくしてやりたい」


そう言われると、輝は少し赤面した。


「恋人の言うことは聞いてあげてください」


「ありさちゃん・・・・」


にっこりとこちらに笑顔を見せるありさに、輝はもどかしくなった。


「じゃ、じゃぁ途中までお願いするけど、本当にいいか?」


「あぁ。どこまでも見送りするぜ」


拓也がそう言うと、3人はそろって玄関にむかった。


すると台所にいた香が顔をだしてきた。


「今日は泊まっていかなくてよかったの?」


「はい。いつもすみません、迷惑かけちゃって」


「そんなことないわ。毎日遊びにおいで」


香は優しい笑顔を浮かべた。


そんな彼女の気遣いに、輝もまた感謝の念をこめて笑顔を見せた。


「それじゃぁそろそろ行こうか」


「いってらっしゃい。輝先輩のことは頼んだわよ」


「何言ってんだよ。ありさも一緒だ」


「え?」


驚いた表情を見せるありさを拓也は少し強引に引っ張った。


「ちょっ、痛いじゃないっ!」


「悪ぃ。ちょっと強く引っ張りすぎたかも」


そう言うと拓也はありさに視線を送った。


その様子にありさは怒る気を失う。


(兄ちゃんのバカ。せっかく兄ちゃんと輝先輩が二人っきりになれるチャンスなのに、またあたしなんかの肩をもつなんて、優しすぎなのよ)


ありさは大きな声でそう言いたかったがやめておいた。


「ありさちゃんにも、お願いしていいかな?」


「あ、はい!喜んで!」


ありさの許可を得た輝は明るい笑顔を見せた。


「それじゃぁ行ってくるから」


「はーい。三人とも気をつけるのよ」


『はーい』


彼らは明るくそう返事をし、外へ身を乗り出した。



















左から順に拓也、輝、ありさの並びで夜道を歩く3人。


そんな中、輝の動きはぎこちなかった。


「兄ちゃん、そんなにくっついたら輝先輩が歩きずらいじゃない」


「そう言うお前こそべったりじゃねぇか」


拓也とありさはそれぞれ両サイドでがっちりと輝の腕をつかんでいた。


さすがにそのような状況だと、輝もスムーズに歩けなかった。


「そんなにつかまなくても大丈夫だよ」


「物事には用心深くならなくちゃだめですよ」


「そうだぜ」


「でもさすがにそこまでしなくても」


もともと拓也たちの住む地元は穏やかなほうであった。


犯罪などそうそう起こりえない環境である。


「万が一のことがあったらどうすんだよ。俺、輝がさらわれたら飯食えなくなる」


「大げさだよ」


そう言うと輝は可笑しく笑った。


「輝先輩がさらわれるようなことがあったら承知しないわよ!」


「バーカ。そんなへまはしねぇよ」


二人は視線をぶつけ合っていがみ合う。


「二人とも落ち着いて」


輝はいつものように二人の仲介に入った。


すると、二人はピタリと対立し合うのをやめた。


「二人ともほんとに仲いいよな」


『仲良くない!』


拓也とありさは率直に否定した。


そんな彼らだが、実際には仲がいい。


兄妹だからだろうか。


そうであっても認めたくない―――否、照れくさいのだ。


「二人のやり取り見てると癒されるよ。なんか優しい気持ちになる」


「そ、そうですか?輝先輩には兄弟いないんですか?」


それを聞いた輝は、一瞬だけだったが、少しだけ悲しそうな顔をした。


拓也もまた、必要以上に過剰反応してしまいそうになった。


「いないよ。俺、一人っ子なんだ」


「そうなんですか」


ありさは返事を聞いて何の疑いもなくすぐに納得した。


「だから兄弟がいてうらやましいなって思うんだ。『無い物強請り』だけどね」


そう言うと、輝は可笑しく笑った。


「『無い物強請り』かー。それだったらあたしは輝先輩みたいなお兄ちゃんがほしいなー」


「おい、それどういう意味だよ」


「言葉のままの意味よ」


拓也はまたいつものように理不尽に皮肉を言われた。


しかも拓也は『兄ちゃん』と呼ばれるのに対し、輝に対しては『お兄ちゃん』である。


そうとなっては、どこかやるせない気持ちになってしまうのは決して間違いではないのかもしれない。


「兄ちゃん、何か勘違いしてない?」


「何がだよ」


気に障ったのか、拓也は少し無愛想な態度をとった。


「『兄ちゃんと輝先輩を取り替える』んじゃなくて、『兄ちゃんもいた上で輝先輩も』っていうことよ」


ありさの言葉に拓也は驚いた。


まさしく拓也が思っていたのはありさの言う『兄ちゃんと輝先輩を取り替える』のほうだと思っていたからだ。


「いまさら機嫌とろうとしたって無駄だぞ」


「別にそんなんじゃないわよ」


拓也の表情は何か気難しそうである。


「やっぱり仲いいね」


『仲良くない!』


気がつけば、会話は簡単にループしてしまっていた。


「何処からどう見たらそんな風に見えるんだよ」


「普通に見てて仲いいと思うけど」


そう言って笑いだす輝に、拓也とありさはおとなしくなった。


穏やかな笑顔を見せる輝を見ていると、なぜか自然と拓也とありさも笑顔になり、ケンカする気をなくしてしまったようだ。


「あ、そろそろ自分の家だ」


しばらくやりとりをしているうちに、目的地に近づいていたのであろう。


3人は輝の家の近くまでたどり着いていた。


「輝先輩、遠慮しなくても最後まであたしたち見送りますよ?」


「ありがとう。でも大丈夫、ほんとにすぐそこだから一人でも全然平気だよ」


「そうですか・・・・」


ありさは少し残念そうな表情を浮かべた。


そんな彼女に対し、拓也は珍しく輝の言うことを素直に受け入れている。


それには理由があった。


本当のところ、彼自身も最後まで見送りたかった。


しかし、輝にとっての我が家は病院だ。


最後まで見送るとありさは輝の我が家を病院だと知ってしまう。


したがって場合によっては、ありさに輝が病もちであることが知られてしまうのだ。


その可能性はほぼ100%に等しい。


ありさのことだ。


すぐに事実を理解してしまいそいな勢いである。


「まぁ輝がそこまで言うんだったらしゃーねぇな」


「う、うん」


「ありがとう。二人の気持ち、すごく嬉しいよ。ありさちゃん、またたくさん話聞かせてね、とっても楽しかったよ」


「こ、こちらこそありがとうございました。輝先輩と過ごした時間、幸せでした」


輝の言葉に素直になったありさはお礼を言った。


「じゃぁな輝。また遊びにこいよ!」


「輝先輩、また一緒にお話しましょう!」


「わかったよ!じゃぁ帰り道気を付けてね!それじゃぁまたね!」


そう言うと3人はそれぞれ手を振った。


そしてそれぞれの行くべき方へ歩き出した。


(ありさ・・・・・・)


そんな中、拓也は気になってついついありさのほうを見てしまいがちになっていた。


上手くありさは輝に告白できたのであろうか。


そのことが気になってしかたがないのだ。


無理に聞き出すのもよくないだろう。


拓也は自分なりに空気を読もうとした。


「さっきからなに?なんかあたしのことチラチラみてない?」


「!?」


突然言葉を突きつけられた拓也は少しびくついた。


「んなわけねぇだろ。自意識過剰か?」


「はぁ!?」


腹の立つことを言われたありさは、声を上げてケガをしない程度に、拓也の腹に蹴りをおみまいした。


「いってぇ!何すんだよ!」


「兄ちゃんのバーカっ!あたしさきに帰る!」


そう言ってありさは自分の家へ走り出した。


「お、おい待てよ!お前女なんだから少しは自分の身に気をつけろよ!」


そう言って拓也もまたありさの後を追う。


(何なんだよあいつ。やっぱり意味わかんねぇ・・・・・・)


拓也はその思いを心にしまいながら、夜道の中を走り続けた。












*****












「おかえりなさい・・・・ってありさ?」


香がそう言うと、ありさは返事もなしに自分の部屋にむかった。


「ただいま」


しばらく香がありさの態度に疑問を抱いていると、今度は拓也が帰宅してきた。


「拓也!」


「ぬわっ!な、何だよいきなり!」


帰って早々名前を呼ばれた拓也は驚いた。


「あんた、ありさに何か言ったんじゃないんでしょうね?」


「言ってねぇーし。なんで俺が悪いみたいな言い方すんだよ」


「だってあんなにさっきまで機嫌がよかったありさが急に無愛想になったのよ?」


「だからと言って俺のせいだとはかぎらねぇだろうが。てか知らねぇよあいつのことなんか」


理不尽に怒られた拓也はより機嫌が悪くなってしまった。


「そもそも被害をこうむったのは俺のほうだ」


拓也の言うとおり、被害を受けるのは拓也の場合が多い。


今回もそのとおりであって、拓也は何も悪いことをしていない。


「はぁ・・・・・」


突然香はため息をこぼした。


拓也もまた、ため息をつかれて嫌気がさし始める。


「拓也も知ってるんでしょ?」


「何をだよ」


急に話が変わったため、拓也の反応は少し素っ気ない上に遅れていた。


「ありさが輝君に惚れてるってこと」


「なっ!?」


拓也は素直に驚いた。


まさか実の母が娘の意中の相手を知っていたとは。


「やっぱりあなたたちって同じ反応するのね。ありさも相当驚いていたわ」


「べ、別に驚いてなんかない。それに俺には関係ない話だろ」


「そうかしら?口ではそんなこと言ってるけど、本当はありさのこと想って気をつかってあげてるんじゃないの?」


それをきいた拓也は黙って顔を背けた。


「素直にそうだって言えばいいのに。ちゃんとわかってるのよ、拓也は優しい子だって」


「おだてられても嬉しくない。それに俺は優しくなんか・・・・・」


拓也は静かに抵抗した。


「やっぱり拓也はお兄ちゃんね。ありさを可愛がってくれてありがとう」


「だからそんなんじゃねぇって」


拓也はそうはき捨てると、ありさと同じようにその場から立ち去った。


(やっぱりあなたたちって似通ってるわ)


香は口には出さず、静かにそう思った。














*****












「ふー。疲れた」


拓也は湯船につかりながらそう言うと、グッと手足をのばした。


時刻は23時過ぎ。


風呂に入る時間帯はいつもより少しだけおそかった。


(女心ってほんとにわけわかんねぇ・・・・・)


拓也は下手に悩むのが得意だ。


そのため、的の外れたことを深読みしてしまい、結果的にわけがわからなくなりがちである。


拓也はそうなりながらずっと考えていた。


どうすればありさの気持ちが晴れるのか、と。


それは簡単なことであった。


自分とありさの立場を逆転にする。


それが一番手っ取り早くありさを喜ばせるだどろう。


しかし、そう言うわけにもいかない。


拓也もまた、青春真っ盛りである。


彼にだって譲れないこともあるのだ。


その中でも輝だけは絶対的な存在に値する。


(俺はどうするべきなんだ・・・・・)


拓也はそう悩みこみ、湯船からあがった。























「やっぱり風呂上りはのどが渇くなぁ」


拓也はそう言って牛乳をラッパ飲みした。


自分自身でも行儀が悪いと思ったが、誰も見ていないため、この際気にしなかった。


そしてある程度のどが潤うと、今度は自分の大好きなココアを作り始める。


これは今飲むものではなく、勉強中に息抜きとして飲むつもりのものだ。


ココアの粉をコップに入れ、お湯を注いだ。


スプーンで少々混ぜると、いつもの拓也のお気に入りであるココアの完成。


決して寒くなく、むしろだんだん暑くなるこの時期にホットココアであるのは、単に拓也の好みであるためだ。


拓也はそれを手に持ち、勉強をするために自分の部屋にあがった。


ココアが零れないよな場所に置き、静かに自分の机にこしかけ、いつもの睨めっこの相手である医学の参考書を広げた。


「よし、やるか」


拓也はいったん深呼吸をし、自分を集中させた。


しかし、いまいちスイッチが入らない。


「・・・・・・」


目を閉じる。


「んー・・・・」


頭を抱える。


「あぁー・・・」


天を仰いぐ。


拓也は最終的に、集中することをなげだした。


(なんでこんなにも気になるんだよあいつのことが・・・・・・)


『あいつ』とは言うまでもなくありさのことである。


あんなにも突き放されたのに。


あんなにも皮肉をいわれてきたのに。


それでも拓也はありさを心配していた。


自分でも驚いているほどにまでありさに気をつかっている。


(もう寝てるかなぁ・・・・・)


このままの状態で勉強してもはかどらない。


そう思った拓也は、デリカシーがないと思いつつ、ありさの部屋に向かった。


そしてありさの部屋の前のろうかで立ち止まる。


彼女の部屋のドアの隙間を見てみると、部屋の明かりが漏れている様子はない。


このことから、ありさはすでに寝静まっているのだと断定できた。


試しに拓也はドアノブをひねる。


すると、何のためらいもなくドアが簡単に開いた。


(ありさ?)


拓也は黙ってありさを起こさないように不法侵入した。


部屋は電気の一番小さい豆電球だけで照らされており、それなりに暗かった。


この程度の明かりでは、さすがにドアの隙間からあかりは漏れないであろう。


そしてありさはすでにベットの上で静かに寝ているように思われた。


「・・・・・ありさ」


拓也は言葉にならない程度の声でそう言い、起こさないようにありさの元へ近づいた。


そしてすぐさまありさの寝顔に遭遇する。


拓也同様、彼女の寝顔はとても童顔であった。


そんな彼女を見ているなり、拓也はありさの頭を撫でてやりたい衝動にかられた。


起こしてしまうのを覚悟しながら、拓也はそっと彼女の頭を撫でる。


やわらかい髪の毛の感覚。


それは、やはりありさもまた、一人の女の子に過ぎないのだと思わされる瞬間だった。


そして拓也がそこから手を離そうとしたその瞬間、突然自分の腕が何かにつかまれた。


「!?」


驚いたと同時に自分の体が押し倒される。


そして拓也は取り押さえられてしまった。


「もう逃げられないわよ!」


ありさは寝起きとは思えない威勢の良い声を上げる。


拓也は何が起きたのかわからないまま、無理やり力をねじ込み、すぐそこのベッドのそばにおいてあった小さな家庭用の電燈をつけ、光をともした。


すると、二人はたちまち急に光が差し込んできたため、目が慣れるまで目を思わずつぶってしまった。


「いったい何なんだよ」


拓也はそう言うなり徐々に自分の目をゆっくりと開き始める。


そしてありさも同じように、目が慣れてきたため、徐々に目を開き始められるようになった。


「きゃぁっ!!」


お互いの姿が視界に入り込んだそのとき、先にありさのほうが大きな悲鳴を上げた。


「うるせぇ、今何時だと思ってんだ!近所迷惑だろうが!」


確かにそうかもしれないが、悲鳴を上げてしまうのは少々しかたがないほどの状況だと言っても過言ではない。


「な、なななななんで兄ちゃんがここにいるのよ!」


「そのことはちゃんと話してやる、とりあえず俺の上から降りろ」


「へ?」


ありさは腑抜けた声を出して、自分の状況を確認し始めた。


すると、拓也の居場所が自分の下であることに気がつく。


ありさは拓也と向き合うようにして拓也の上にまたがっていたのだ。


「~~~~~~!!??」


状況を理解したありさは相当驚いてしまったのだろう。


言葉にならない声を上げ、逃げ回るかのようにして拓也の上から飛び降りた。


「ったく、ひどいことしてくれるぜ」


「だってしょうがないじゃない!変態泥棒だと思ったんだもん!」


ありさは赤面しながら事実を伝えた。


「あ、でも変態なのは兄ちゃんも同じか」


「おい、俺は変態じゃねぇ。何度いったらわかるんだ」


拓也は少しふてくされてそう言った。


「まぁそれはともかく、それで寝たふりなんかしてたのか?」


ありさは拓也を泥棒と勘違いして寝たふりをし、あとから捕らえようとしていたらしい。


「うん。・・・・もしかして、起きてたのバレてた?」


「いや、腕つかまれるまで気がつかなかった」


拓也は少し悔しそうにそう言った。


そんな彼に対し、ありさは目をそらしてまた赤面していた。


「? どうしたんだ?なんか顔赤いぞ」


「!? べ、別に変なつもりで赤くなってるんじゃないわよ。自然現象よ」


「自然現象ねぇ」


拓也は半信半疑なまなざしをありさに飛ばした。


そんな彼に対し、ありさは少し口ごもる。


「ねぇ兄ちゃん・・・・・・さっき、あたしの頭・・・撫でた・・・・よね?」


「!? ・・・・・撫でたよ」


言われて初めて拓也は、自分の置かれている状況に気がつき、いまさらながらも赤面し始めた。




“ずっとありさは起きていた”




このことから、拓也がありさの頭を撫でたときには、もうすでに彼女自身に意思があったことになる。


つまり、知られていないはずである拓也の行動は、ありさにすでに知られていると言うことだ。


拓也は急に恥ずかしくなってしまった。


「どうしてそんなことしたの?」


ありさは気になって聞いてみた。


「べ、別にいいだろ。そうしたくてそうしただけだ」


拓也は照れて顔を背ける。


そんな彼にありさは優しい笑顔を向けた。


「心地よかったよ」


「え?」


「な、なんでもない!」


ありさもまた、照れて自分で自分の言葉を否定した。


肝心なことをいつも聞き漏らす拓也。


時々そんな彼に呆れるありさ。


このような会話もいつしか日常化していった。


「何だよ、気になるだろうが。もう一回言え」


「別にどうでもいいことよ。だからもう言わない。だいたい聞き漏らす兄ちゃんが悪い」


教えてくれないありさに、拓也はふくれっ面になった。


「で、そんなことより何か用があってここにきたんでしょ?」


「? あ、あぁ」


いきなり本題に入られた拓也は少し戸惑った。


「えっと・・・・そのだな・・・・・・」





“上手く告白できたか?”





拓也はそう聞きたかった。


しかし、いざとなると直接ありさから聞き出せなかった。


いろんな想いがこみ上げていき、上手く言葉がのどを通らない。


自分の想いとありさの想い。


お互いが同じ想いを抱いているからこそ余計に辛くなる。


「はぁ・・・・どうせ兄ちゃんのことだからあたしの告白のゆくへについて聞きたいんでしょ?」


「!? ・・・・あ、あぁ」


どうやらすべてありさにはお見通しのようだ。


「すまない。デリカシーのないことを聞こうとして」


拓也は申し訳なさそうにそう言った。


「別に問題ないわ」


ありさはそう言うと、少し深呼吸をした。


「輝先輩に、ちゃんと告白できたわよ」


「そ、そうか」


無事、ありさが輝に告白できたことに対し、拓也は素直に喜ぶ。


「告白の返事、聞きたい?」


「!?」


唐突、一番拓也の気にしていることを話にもちだした。


「・・・・・・・」


「いいのよ、素直に言って」


「・・・・聞きたい」


「そう。わかったわ」


口ごもる拓也にありさは明るい表情で承知した。


そんな彼女に対し、拓也の表情はどこか不安そうである。


「もちろん、フラれたわよ」


「!?」


それを聞いた拓也は動揺してしまい、戸惑いを隠せなかった。


「フラれちゃったけど、後悔はしてないわ。自分の想いを輝先輩に知ってもらえたからそれでいいの」


「ありさ・・・・・・」


ありさは潔かった。


拓也に憎まれ口を叩こうともしない。


「やっぱり・・・・・つらい・・・・よな?」


「・・・・・・すこしね」


ありさはそう言うと、拓也から顔を背けた。


「ごめん、辛い思いさせて・・・・・」


「いいのよ。何も兄ちゃんが謝ることなんてないわ。それに、あたしはこれでよかったんだって思ってるから。それに前にも言ったでしょ?今の関係が一番いいんだって」


ありさの笑顔は優しい反面、辛そうであった。


「ありさ・・・・・」


拓也は彼女の名前を呼ぶと、そっと優しく抱きしめた。


「な、何?!」


突然のことに、思わずありさは赤面する。


「我慢する必要なんてない。辛くて苦しいときは泣いてもいいんだよ」


「・・・・・兄ちゃんのバカ・・・・・。嬉しくないってば・・・・」


ありさはそう言いながら、ずっと我慢していた涙をボロボロとこぼした。


拓也の優しさに、感情は押さえ込めなくなってしまったのだ。


ありさも拓也と同じように本気で輝に惚れていた身。


わかっていても辛くてしかたがないこともあるのだ。


「心配させてごめんね。あたしは大丈夫だから」


「・・・・本当か?」


「うん」


ありさは自らの手で自分の涙をふき取った。


「もう泣かないよ。だからもう心配しないで。それからもう一つ」


ありさは再び拓也に視線を戻し、


「絶対に兄ちゃんとあたしの立場が入れ替わればいいだなんて思わないでよね」


と言った。


その言葉を聞いた拓也は動揺した。


今まで散々そのようなことを考えてきた彼なだけに、言葉を詰まらせてしまう。


「わかった?」


「・・・・・」


「わかった?」


反応が薄い拓也に対し、もう一度少し強めに言い返すと、拓也は縦に首を振った。


そんな彼を見て、ありさは穏やかな笑顔を見せた。












あたしは輝先輩の恋人にはなれなかった。


でも、それでもいいと思っている。


兄ちゃんと輝先輩が幸せであるかぎり、あたしの幸せはいつもそこに存在する。


そして、それこそがあたし自身の幸せなんだ。















*****












校門。


そこで輝は何かを見つめていた。


彼の手の中には自分のケータイ。


画面にはこの間拓也と一緒に撮った写真が表示されていた。


輝はそれを見つめているのだ。


彼のお気に入りで、あのときから密かに待ちうけ画面に設定している。


そんな彼の表情はとても穏やかだ。


静かにそうやって拓也の帰りを待っていたそのときであった。


「何やってんの?」


突然発せられた声とともに、よく知っている顔に覗き込まれた。


驚いて輝は思わずびくついた。


「そんなにびっくりしなくても」


「ごめんごめん」


可笑しく笑う拓也に、輝も笑顔を浮かべた。


「それはそうとさっきから何見てたんだ?」


「!? えっと、その・・・・ただボーっとしてただけだよ」


恥ずかしがり屋の輝は、二人で撮った写真を見つめていたなんて言えない。


そのため彼は、妙に不自然な反応をしてしまった。


とたんに視線を合わせなくなった輝に、拓也は意地悪そうな笑顔を見せつけた。


「この前二人で撮った写真、待ちうけ画面にしてるんだな」


それを聞いた輝は頬を赤く染めた。


「な、何で知ってるんだ?も、もしかして!」


「そう、そのもしかしてだよ」


そう言うと、拓也は爆笑し始めた。


彼は後ろから輝に気づかれないようにこっそりと接近していたのだ。


隙を狙って、輝の行動を伺った。


そのときに見たのがケータイの画面だ。


そこには笑顔の二人がいた。


「・・・・・・へ、変かな?」


「ううん」


拓也は突然自分のケータイをズボンのポケットから取り出し、それを開いて輝の目の前に差し出した。


画面には輝のと同じように、この間二人で撮った写真が表示されている。


「これで御相こな。実は俺も待ち受け画面にしてるんだ。照れくさくて今まで言わなかったけどな。」


拓也は照れて、少し視線を落とした。


「なんだか嬉しい。拓也もそうしててくれて」


拓也を見て、輝も赤面したまま喜びの言葉を述べた。


「じゃぁお互い暴露したところで帰ろうか」


「そうだな」


二人は仲良く並んで足を動かし始る。


歩いているうちにいろいろと話は弾んで言った。


学校のこと。


テレビ番組のこと。


お互いのこと。


どれも特に他愛無いことばかりだったが、とても楽しさを感じさせるものであった。


「あ、兄ちゃん!輝先輩!」


楽しく話していると、二人のよく知っている女の子の声が聞こえてきた。


名前を呼ばれた彼らは反射的に声の聞こえるほうへ振り向いた。


そこには笑顔のありさがいた。


「? おいありさ。帰り道こっちじゃないんじゃ」


「うん。今から友達に借りたもの返しに友達の家に行くの。だからこっちの道通ってる」


急いでいるのだろう。


ありさは駆け足のままでそう言った。


「それじゃぁ早く行かなくちゃいけないからこのへんで」


そう言って彼女はそのまま姿をくらませた。


「ほんと明るくていい子だね」


「本気で言ってるのか?んなわけねぇだろ」


拓也が愚痴を吐くと、輝は可笑しく笑った。


そんな彼を、拓也は横目で複雑な表情を浮かべながら見た。


「拓也はそうやって言うけど、本当にありさちゃんはいい子だと思うよ・・・・本当に・・・・・」


突然口ごもる輝に、拓也は少し動揺して彼のほうを見た。


「急にこんな話して悪いんだけど・・・・俺・・・・・・」


「ありさに告白・・・・されたんだろ?」


「!?」


今から言おうとした言葉を、先に言われてしまった輝は驚いた。


「全部、知ってるのか?」


「・・・・あぁ。ありさが輝のこと、前々から惚れてたことも」


「・・・・・そうか」


輝は視線を落とした。


そして動揺をどうしても隠し切れないでいた。


告白されたのはつい昨日の話。


時間がさほどたっていないだけに、動揺しないでいるというのは難しいことであろう。


「こんな話、する気なかったんだけど、ありさちゃんの姿見るとつい・・・・」


「大丈夫だよ。言葉にしたいことがあるのなら俺がそれを受け止める」


辛そうな表情をする輝に、拓也は優しくそう言った。


「・・・・俺、やっぱりありさちゃんのこと、傷つけちゃった・・・・よな?」


それを聞いた拓也は否定も肯定もしなかった。


「あまり良い返事、してあげられなかったんだ」


「輝・・・・」


拓也は複雑な表情を見せた。


しかしそれはほんのつかの間。


「本当に輝がそうだというのなら、それは間違いなんじゃないか?」


「間違い?」


「あぁ」


疑問を抱く輝に拓也はそう言った。


「確かにそうだったかもしれない。でも、ありさはこれっぽっちも輝の返事に対して悪く言っていなかった」


「・・・・・ありさちゃん」


思わず輝はありさの名前をつぶやいてしまった。


「告白したことに後悔はしていない。このままの関係が一番だって言ってた。きっとありさは決して告白の返事に対して何の不満も抱いていないと思う」


「・・・・本当に、そう思っていいのかな?」


「あぁ、ありさの兄である俺が言うんだ。間違いねぇよ」


拓也は自慢げに胸を張ってそう言った。


そんな彼の姿と言葉に、輝の表情は徐々に和らいでいった。


「あれからありさと何か話したか?」


「話したよ。廊下でばったり会ったとき、今までと変わりなく俺に話しかけてくれる」


彼の言うとおり、ありさと輝の関係が崩れることはなかった。


今までどおり、仲良く会話している。


お互いを恨むことなく、むしろ今まで以上に信頼しあい、仲も深まったように感じる。


「そうか、よかった」


拓也は輝の言葉に安心した。


「ごめんな、迷惑かけて」


「全然そんなことねぇよ。困ったときはお互いさまだろ。隠し事はナシだぜ」


そう言って拓也は元気な笑顔を見せた。


輝も同じように優しい笑顔を見せる。


「ちょっとそこの兄ちゃんたち!」


一段落落ち着くと、突然威勢の良い声が聞こえてきた。


二人は自分たちのことを言っているのか疑問に思っていると、


「そうだよそこのイケメンの二人だよ」


視線を合わせてそう言ってきたので自分たちのことを言っているのだろうと自覚した。


"イケメン"は少々余計だと思いながらも、二人は声の主のほうへ向かった。


どうやら声の主はたい焼き屋のようだ。


話を聞いたところ、この辺をまわって屋台を出しているらしい。


たまたま今日はこの場所のようだ。


「間近でみるとほんとに二人ともイケメンだねぇ!よし、ここは特別に一つずつタダでたい焼きをやろう!」


よってきた拓也と輝にそう言うと、40代手前くらいの男性はせっせと二人分のたい焼きを用意し始めた。


「悪いからいいですよ、それにお金ならちゃんと払います」


「おぉ!イケメンの上に謙虚なんだね!気に入った!もう一個オマケだ!」


彼の商売魂はみなぎっていた。


自分の謙虚な態度が裏目に出てしまった輝は困った。


そんな彼をよそに、拓也はいろんな意味でニヤけていた。


「はいよ!」


彼は出来立てのたい焼きを拓也と輝に手渡した。


「すみません。タダにしていただいた上にオマケまで付けてくださって」


「いいってことよ!よかったらまた来てくれよな!」


「はい、ありがとうございました」


拓也はそう言うと、男性はニカッと笑顔を見せ、商売に戻った。


拓也たちも自宅を目指して歩き始める。


「なんだか悪いことしちゃったかな?」


「そんなことねぇよ」


相変わらず拓也はのんきだった。


その上食いしん坊な彼は、さっそく先ほどもらったたい焼きを口に運んだ。


(何か、似合ってるなぁ・・・・・)


拓也の姿を見て、輝は密かにそう思った。


実際に理由はわからないが、拓也がたい焼きを食べる絵面はどこか良かった。


「ん?どうした?もしかしてまた顔に食べカスついてる?」


輝の視線に気がついた拓也は、あたふたと口元に食べカスがついていないか指で確認し始めた。


「ははっ、違うよ」


「じゃぁ何?」


「特に何もないんだけど、なんだか拓也ってたい焼き似合うなぁと思って、ちょっとみとれてたんだ」


輝にそう言われ、拓也は複雑な表情を浮かべた。


この言葉は褒め言葉だったが、拓也にはイマイチピンとこなかった。


「俺のも食べる?」


輝は拓也に自分のたい焼きを差し出した。


「え!?いいのか!?・・・・って、ダメだ。それじゃぁ輝に悪い。前にも何度か食べ物もらってるし」


「別にいいって、俺お腹すいてないしさ」


「・・・・やっぱり優しいな、輝」


「そんなことないよ。たい焼きならいつでも食べられるし」


結局拓也は遠慮がちにたい焼きを受け取った。


そして輝の優しさに拓也は感動する。


「輝の恩、絶対忘れねぇ。何倍にもして返すから」


「ありがとう」


二人は顔を見合わせ、とても幸せそうに笑った。













*****














「今帰りました」


輝がそう言うと、すぐに原田看護師は彼に駆け寄った。


「やっと帰ってきたー。体の調子はどう?大丈夫だった?」


「はい。何の異常もありません」


輝は帰ると必ず原田看護師と小池医師に報告するようにしたいた。


「そう、よかったわ」


彼の言葉に原田看護師は思わず胸をなでおろす。


「さ、小池先生が待ってるわ。治療をしましょ」


「はい」


いつものように治療を受けるため、二人は小池医師のいる診察室へと向かった。


「小池先生、輝くんが帰ってきました」


「おぉ。お帰り、輝君」


「ただいま」


「輝君、早速で悪いんだが治療を始めたい。すぐに取り掛かっても大丈夫かい?」


「大丈夫です」


輝は鞄を邪魔にならないところに置き、治療用のベッドに寝転がった。


「いつも言ってるけど、リラックスね」


小池医師は輝を安心させるようにそう言いきかせた。


原田看護師も治療を受ける輝を心配しながらそばで見守った。


そして、治療は始まって約3,4時間ほどでいつものように何事もなく無事に終わった。


「気分はどうだい?」


治療を終え、一旦役目を果たした小池医師は心配そうに輝に問いかけた。


「悪くないです」


そう言うと、輝ははだけた服を正し始める。


「そうか」


小池医師は笑顔を見せた。


「どこか痛いところは?」


「それも特にありません」


毎日続けてきた治療だが、今までの中で治療後に痛みを感じたことが多々あった。


しかしここ数日間、その症状がまったく現れない。


その上、日常内で急な痛みに襲われることもあまりなくなった。


方向的にはいい方に向かっている。


その場の誰もがそう思った。


「大丈夫そうだね。じゃぁもう夜遅いから一回検査だけして終わろう」


「はい」


輝は彼の指示にしたがった。

















時刻は深夜を回っていた。


検査も終わり、皆寝静まっている。


もちろん輝もだ。


時間帯が遅い時刻なだけに、よりいっそう病院内は物静かだった。


そんな中、まだ仕事中である原田看護師と小池医師は診察室にのこっていた。


「原田さん、そっちの資料片付きそうかい?」


「はい。なんとか」


そう言うと、原田看護師は手をぐっと伸ばした。


そんな彼女に対し、小池医師は患者のカルテに目を通していた。


目を通した限り、誰一人と問題のある者はいないようだ。


ある程度片付き、小池医師はさっき行った輝の診察結果に目を通し始めた。


しばらくそうしていると、突然彼の瞳がある一点を見つめて見開いた。


「原田さん!」


「どうなさいましたか?」


突然呼ばれた彼女は彼のもとへとむかった。


「これ、ちょっと見てくれないか?」


「はい・・・・・!?」


言われたとおりにすると、原田看護師も彼と同じ反応をした。


そして二人は同時にお互いを見合わせた。


静かな診察室の中。


そこには一際笑顔を浮かべる二人がいた。





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