↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実に主人公はいない  作者: 薪焚灯火


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/19

プロローグ

 ミノタウロスの足音が、ケンタウロスの嘶きが、五臓六腑を振るわせる。

 足元では、二足方向で斧を担いだネズミが、チョロチョロ走り回って陣形を組む。

 山羊と獅子の頭を持つ、蜥蜴の上半身と馬の後ろ足を生やした奇怪な生物は、蛸の触手のような髭をこちらの左腕に絡めて甘えて来る。

 これが俺の仲間。心強くて逞しい仲間たち。

 彼らは手にした得物を掲げ、敵へ向かって殺意の乗った雄叫びを上げて襲い掛かった。

 眼前には土煙の窓掛けが広げられ、周囲に置かれたネオンライトの光を折り曲げ、こちらに影を伸ばす。

 右を見ても左を見ても、瓦礫の山とプレイヤーたちの死体が転がってばかり。

 まるで悪夢のような光景だが、鼻腔を擽る土煙も、周囲に漂う血と脂と殺意を孕んだ風は、ここが一つの現実なのだとこちらの五感に押し付けて来る。

 何人殺したのか、もうわからない。

 向かってくるプレイヤーの首を切り、腕を刎ね飛ばして胴を断って、全ての暴力をそれを越える暴力で返り討ちにした。

 血のような黒が色を一段暗くさせた赤い剣を握り、首の周りを飛び回る鎖を操る全身を血で染めた今の俺の姿を彼女が見たら、一体何と言うのだろう。

 幽霊サン、車にでも撥ねられた?

 契約でも持ちかけに来たのかな? 悪魔のオニイサン。

 もしかして、私を迎えに来たのかな? 死神サン。

 この辺りだろうか。

 悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらの首を狙うと豪語した彼女の姿を、俺は無意識にこの地獄の中から探していた。

 もういないというのに。

 もう、会えないというのに。

 まぁ、そんな事をこれ以上考えてもしょうがない。

 これから行うのは、命懸けの殺し合い。雑念は祓うべきだ。

 ところで話は変わるが、最後に眠ったのはいつだっただろう。

 ――集中しろ、剣を抜け。

 寝起きがよかったのは、何歳までだったっけ。

 ――敵が来るぞ、刃で切り返せ。

 ずっと耳元で剣がぶつかり合う音が鳴り響いていて煩い。

 ――今のお前なら、この場を静寂で包み込む事ができるはずだ。

 どこなら、静かになるんだろう。

 ――お前の居場所はただ一つ、戦場だけだ。

 どこなら、自分を見つけられるんだろう。

 ――虐殺を始めろ。お前の価値はそこにある。

 …………いや、どうでもいいか。もう、全部どうでもいいよな。

 頭上に掲げた右手を、雑に振り下ろす。

 こちらに攻撃を仕掛けて来ていた全身鎧に身を固めたレギルスプレイヤーを袈裟斬りで両断した。それを合図に、背後に控えていた無数の兵士が飛び出した。全身をチタン合金に置き換えたオークが、右腕を電磁投射砲にしたミノタウロスが、獅子と山羊の頭を擦り付けて甘えていたキマイラが、足元を駆け回っていた子ネズミたちが、それぞれに得物を携えプレイヤーへと研ぎ澄まされた殺意を振りかざす。

 光線は一直線に土煙を吹き飛ばし、代わりとばかりに血潮を吹き上げさせた。

 相手もこちらが本気だと理解したのか、一斉に銃口を向けてきた。

 時代遅れの火薬点火式から、高圧バッテリーを搭載した電磁砲が一斉に眩い光を放つ。

 土煙から飛び出た手足が蠢く眼下の戦場に、悲鳴の合唱が湧き上がる。

 血が舞い、火花が散り、悲鳴がそれらを包み込む。

 醜悪な一枚絵を見せられた修学旅行生の背中を見ているような憐憫が、眼球の裏側からこちらの顔を覗き込んできた。

「…………っ!」

 今、誰かに呼ばれた気がした。

 夏祭りの出店が両側を挟み込んだ通路を、肩を狭めて歩く参加者を見下ろす位置にいては、聞こえるはずはないというのに。




 戦が始まり、半刻が過ぎた。

 お互いの兵力は均等に削られたわけではない。

 こちらの方が被害が大きく、多くの参加者が強制覚醒(ログアウト)している。このままではこのノーツは維持できず、崩壊の道を辿る事だろう。そのすべての元凶がたった一人の男子高校生だというのだから、この世界の脆さが窺える。

 ――いや、それは逆だ。

 人一人の力でも、世界は簡単に覆せる。その証拠が、偶然にも彼であっただけの話だ。

「ダク、このままじゃジリ貧だよ」

 外見は筋骨隆々の強面巨漢の大熊だが、その中身は虫すら殺せない精神的非力な私の味方であるサムズが、こちらに指示を求めた。

 少しは自分の頭で考えろ。今回の件が始まった頃、私の意見など無視していたくせに。そう言いたいのをぐっとこらえる。

 異動命令からここまでの三か月、目まぐるしく私の周囲は変化を続けている事には感謝しなければ。

「……ふざけんなっての」

「何か言ったか?」

 少年のような見た目の、現実での私の上司が眉間に皺を寄せた。

 独り言のつもりだったが、声量を間違えたらしい。

「いいえ別に。それより作戦よ」

 眼前には、戦場となっている周囲の地図が貼られ、その上には互いの駒が多数置かれている。

 わたしはその一つ、サムズとその部隊を示す駒を摘み上げ、それを高台の上へと移動した。

「そこだと牛頭人身(ミノタウロス)を狙えない」

 オタク特有の早口は、何故こうも私の気分を害するのだろう。苛立ちが秒針を刻むごとに増して行く。

 まったく、神様気取りもいい加減にしろよ。

「今厄介なのはレールガン持ちの牛じゃないの。頭上を取られていては、いくら戦力が多かろうが、潰されて終わりよ」

 テントの外に視線を向けた事で、わたしの意図がサムズにも伝わった。

「飛竜(ワイバーン)を撃ち落とす。そういう事?」

「ええ。あいつら、ミスリルの鱗で全身を覆って、隙間には防弾ゴムを張り合わせてる。貴方の持ってるコイルブラスタが必要なの」

「コイルブラスタ? あれは、費用バカ食いの鉄屑なんだよ? それに、この前ダクが連射したせいで、バッテリーが少ししか残ってない」

 だからどうした。そう言えたのならば、どんなに良かっただろう。しかし、この非力巨漢は現実世界ではわたしの先輩にあたる。少しは敬意を払わなければ。たとえ、敬う部分が何一つない人物だとしても。

「とにかく一体でも撃ち落とせればそれだけでいいの。サムズ、お願い」

「……了解」

 呆れたような諦めたような、そんな表情のまま、サムズはテントを後にした。



 事の発端は今から三か月前。年度明けの異動指令が私の手元に届いた頃には、あの男の計画は始まっていた。


 人事異動内示書

 武蔵部(むさしべ)真実(まみ)警部補

 四月一日付で、サイバー犯罪捜索課・夢観測潜入係第四班への異動を命ずる。


 夢観測潜入係第四班――通称『レムレス部隊』への配属。

 言い渡され、指示書を受け取った時の私は、一体どんな顔をしていただろう。

 平均睡眠時間が三時間にも満たなくなったこの現代日本において、最も革命的だったのは言うまでもなく、遊戯型夢没入システムの導入である。

 遊戯型夢没入システム――『レムシス』によって、国民の平均睡眠時間は七時間にまで上げられた。

 そんな夢のようなシステムの導入はしかし、この国に新たな犯罪を呼び覚まし警戒させなくてはならなくなった。その対策班こそが、サイバー犯罪捜索課夢観測潜入係の仕事という訳だ。

 私は、レムシスが嫌いだ。

 人間に必要な睡眠をゲームという形に落とし込むなど、狂気の沙汰だったのだ。

 レムシスによって形成された没入型夢遊戯の一つ『サイバースシグマ』というのが、人事異動から三カ月が経過した、現在の私の持ち場である。

 そして、墓場になるかもしれない場所でもあった。



 薄っぺらい布をめくりあげ、血と脂の臭いが鼻を突く戦場へと出た私は、腰嚢型聖遺物から、愛用の銀槍を取り出し、私の身長と同じ長さのグリップを握りしめた。

 光線銃だとか、高熱エネルギー成形剣だとかが市場に出回っている近未来が部隊の世界においては、かなり浮いた得物だ。

「双葉、フィルチ! 戦闘準備!」

「ダク。サムズがボヤいてたぞ。コイルブラスタを使うって?」

 金の髪を三つ編みに編み込んだ女性アバターが、聞きなじみのある男声を吐き出しながら腕を組んで眉を顰めていた。

「ええそうよ。このまま飛竜を放置していては、みんな強制覚醒させられて、このノーツが崩壊してしまうわ」

「何時からソムニアの信者になったんだよ? マミちゃん」

 膝下まで伸びた枯れ枝のような細い腕を持ち上げた、細長男のフィルチが、現実でも嫌と言うほど見せられた軽い雰囲気に包まれたその顔を上から見せて来る。

 因みに、ソムニアとはレムシスを開発した企業『ソムニアトール』の名前で、この会社に心酔しているヘヴィユーザーを、彼は信者と呼んで小馬鹿にしている。

「ノーツが一つ消えれば、その損失は私たちの評価にもつながる。分かってるでしょ」

 これ以上話している暇はない。

 目の前に広がる地獄を、一刻も早く終わらせなければ。それこそが、一般市民を守るという私たち警察の使命ではないか。

 正面の元大通り――ペリデュート・ストリートの向こうから、獣の咆哮が五臓六腑を震わせた。

「始まったわ。さぁ、私たちも仕事を始めましょう」

 ネオンライトの仄かな光を吸収して、妖しく光る銀の槍を携えて、私は大きく踏み出した。




 何時からこうなった? どうしてこうなった?

 僕はただ、俺はただ、いつも通り変わらぬ毎日を過ごしていたはずなのに。

 だけど、今はどうでもいい。もう、どうでもいいんだ。

 剣と槍が交じり合い、火花と鉄錆の醜悪で甘美な香りが戦場の酩酊を誘う。

「どうしてこんなことをするの、カルガモ!」

 現実では警察官である彼女の声が、どこからともなく聞こえてきた。

「貴女にはわからない。清廉で崇高な使命を胸に、囚人服に袖を通して管理番号を胸に留める貴女には」

 槍の聖遺物、<夢槍ファンタジア>の矛先が、俺の首元に狙いを定めて突き出された。それを右手の血染めの剣で弾き上げ、体の捻りを威力に変えて彼女の胴を狙って振り抜く。

 再三の火花を散らせる剣戟の外側で、ワイバーンが撃墜された。

 ――翼を失ったな。だが、まだ牙は抜かれていない、爪は折れていない。そうだろ相棒。

「スコップを右手に、バケツを右足に」

「何を言っているの、カルガモ」

 ――鱗は炎を照り返し、槍の尾は獲物を薙ぎ払う。

「陽光は濡らした砂場で城を積み上げる」

「カルガモ!」

 ――踏み鳴らせ、嚙み潰せ、風を受けて舞い上がれ。

「月光は羽ばたき、水飲み場を枯らすだろう」

「っ、ダメ! フル、レムシスを止めて!」

 ――世は廻り、命は巡る。名は地を駆け、歴史は海へと流れ行く。そして、夢は極彩色の虚無へと帰す。



 夢見る龍から、剣を引き抜いては決してならない。

 悪夢が飛び出し飲み込まれてしまうから。

 夢に飲まれれば、現実は泡沫の如く消えるだろう。

 揺れた水面は景色を崩す。

 広がった波紋は戻らない。

 現実は夢に蝕まれ、いずれ石灰の境界線は消えるだろう。

 気を付けろ。夢見る龍は欠伸の一つで喉元を一噛みで千切るぞ。

 気を付けろ。鼻息一つで都を丸ごと吹き飛ばすぞ。

 気を付けろ。夢見る龍から、剣を引き抜いては決してならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。