第12話「税もレベルアップな件」
教室に、再び鐘の音が響いた。
昨日の熱気はまだ空気の中に残っていて、生徒たちの表情にはどこか高揚と緊張が混ざっている。
ライ先生が黒板の前に立ち、静かに教室を見渡した。
手には新しい帳簿の束。いつもの教材より一段と厚みがあり、紙面には細かな列が並んでいた。
「さて、みんな。今日は“売上税ゲーム”の続きをやる……と言いたいところだけど、その前に少しだけ、“現実の税の話”をしよう」
「昨日までは、あえて簡単なルールで進めてきたけど……今日は少し難しくするぞ。実際の商売に近づくほど、帳簿の中も複雑になっていくからな」
生徒たちが一斉に姿勢を正す。昨日の“戦い”が彼らの意識を変えていた。
「実際の商売では、税というのは“引いて終わり”じゃない。
売ったときに預かった税は“預かり金”。仕入れで支払った税は“仮払い”。帳簿の中でちゃんと分けて記録する必要がある」
ざわめきが広がる。黒板に書かれた新しい仕訳の例を見て、生徒たちが顔をしかめた。
「わかりやすいように、税率10で計算しよう。
まず仕入れ、110で仕入れたとする。ここで仕入れた材料に支払った税金は10だ。
[仕入]
仕入 100 仮払税 10
仕入れで払った税金は、販売時に納める税金から差し引くことができる。これを“仕入れ税額控除”と呼ぶ。商売のたびに税が何重にもかからないようにする、大事な仕組みだ。
次に、材料を加工して220で販売したとする。税込みでだ。
[売上]
売上 200 預り金(仮受) 20
そして、すべてをあわせるとこうなる。
利益 = 売上200 − 仕入100 = 100
税額 = 預り金(仮受)20 − 仮払税10 = 10(納税額)
仮払と仮受、両方を帳簿で扱えるようになって、ようやく“税の流れ”が見えてくるわけだ」
ライ先生は黒板の右端に、例の言葉を書いた。
『利益 = 売上 − 仕入 − 税』
→ 『税 = 預り金(仮受) − 仮払』
「というわけで、今日からは“新しい帳簿”を使ってもらうよ。 ちょっと難しいかもしれないが、ついてこれるかな?」
帳簿が配られると、教室にどよめきが起きる。
「これ……まじで難しくない?」
「払った税と、預かった税を分けるってこと? なんかごちゃごちゃしてきたな……」
それでも、誰一人として後ろ向きな顔はなかった。
むしろ、昨日の興奮を思い出すように、皆がページを開き、例題の計算に手をつけていく。
「最初は少し戸惑うかもしれないが、安心していい。こうした帳簿の処理は、理屈よりも経験がものをいう。実際に手を動かしながら、少しずつ理解を深めていこう」
ライ先生は、生徒たちの様子を一通り見渡すと、静かに歩き出した。
数人の生徒が、帳簿と黒板を交互ににらみながら、眉間にしわを寄せている。
「焦らなくていい。ここは仕入れの記録だから、仕入れた額から税分を分けて書くんだ」
先生はひとりの生徒の机の横にしゃがみ込み、指先で帳簿の列を示す。
うなずいた生徒は、少し安心したように鉛筆を走らせた。
ライ先生はまた別の机へと向かう。
難しそうな顔のまま固まっていた生徒にも声をかけていく。そうして、教室の熱気はさらに高まっていった。
「休み時間でも計算してるやつがいる……」
「あいつ、昨日の計算ミスでずっと落ち込んでたもんな……今日は燃えてるよ」
黒板には新たなルール、そして難解な仕訳の例。
だが、生徒たちの目は真剣だった。誰もが“新しいバトル”の始まりを予感していた。
鐘の音がまたひとつ鳴る。午後の授業が始まる合図だった。
そして——その直後、扉が軽くきしんで開き、一人の男が顔をのぞかせる。ゼントだった。
「おう、盛り上がってるか? なんか難しくなったって聞いたぞ」
生徒たちの間にどよめきが走る。
昨日、教室を沸かせた男、ゼントの登場だった。
「きたっ、ゼントさん!」 「よし、昨日ミスった分のリベンジだ……!」