3-58 お菓子って変更になったんですよね?
あらためて皆さんとご挨拶をして、今日のスケジュールについて再確認です。
会場は神殿の入り口。広場から神殿へ上がるのに高い階段がありますので、それをステージとみなすようですね。
進行はハラーク公爵で、ステージの左右にはずらりと諸侯が並びます。
ネルミーン姫も、ルブロザルの王の名代として来ているのでその中に席があります。国王陛下はベッドに臥せっていらっしゃいますから玉座は空席なのだとか。
入場や挨拶の順番とか私がすべきこととかの確認を終える頃、神殿の小間使いがやって来て会場の様子について報告をくれました。
偉い人たちはもう礼拝堂に集まっているそうです。ふふ、今日は礼拝堂が待合室みたいな扱いなんですね。
気になって窓から広場を眺めると、すっかり人人人、という感じ。前方はもう土がぜんぜん見えません。
「広場もあっという間に埋まってしまいそうですね」
「水不足とそれに付随する物価高で民の生活は苦しい。彼らにとって私とビビアナの結婚の儀が、未来への希望となっている……と信じているよ」
「確か神殿主導の水の配布にわたしの名を使ってくれたとか。それが民の期待にも影響したのでしょう。ありがたいことですわ」
オルハン殿下とビビアナ殿下が口々に言って微笑みます。
「ビビアナ殿下のお名前で水を配ろうって言ったのはソニアなので、ソニアに――。あれ、あっちのテントは何を売っているんですか?」
最も門に近い場所にあるテントは大盛況で、人々が長い列を作っていました。テントの色も他とは違うみたいです。
背後から覗き込んだイドリース殿下が「ああ」と頷きました。
「あれは店じゃなくて、記念品を配ってるだけだな。お菓子だろ。確か今日はパイみたいなヤツ配るって言ってたよな。俺も食いてぇ」
「ハハハ。端切れでよければ厨房にあると思いますよ。切り分けるときには必ず形の悪いものなどが出ますから」
ハラーク公爵が冗談めかして厨房のある方向を指差します。
王子様をつかまえて厨房で切れ端を食べろとは、ハラーク公爵も意外とお茶目な人ですね。なんてほっこりしつつも、何かが引っ掛かります。今の会話におかしなところなんてなかったと思うけど……。
テントを見つめながら違和感の正体を探っていましたら。
「端切れってどんだけ小せぇんだよ。配ってるアレより小さいってことだろ。そんなんじゃ腹膨れねぇっつーの」
窓から記念品を受け取った民の手元を見つめるイドリース殿下。
あんな遠くまでよく見えるなと思ったのですが……目を凝らして見れば確かに、人々の手にある包みはパイが入っているというには小さく見えます。
っていうかわかりました、違和感の正体!
「そんなに小さいですか? おかしいですな、厨房と話をしてみ――」
「お菓子を切る作業はなくなったはずですよ。朝、そんな話を聞きました。お菓子が急に変更になって切ったり包んだりしなくてよくなったって」
「いえ? 変更などしていませんが」
目を合わせ首を傾げる私とハラーク公爵。おかしい、何かがおかしいと、室内全体の空気がまるで質量を持ったかのように重くなっていきます。
「情報が行き違っていたっぽいのは確かです。今朝も『言った言ってないで揉めた』と言ってるのを聞きましたから」
「しかし我輩は昨日、ナウファル殿下と納入物品について最終確認を……」
その名前が出たことで、全員の思考が一致しました。
来場者全員に配る記念のお菓子に、もし何かが混ざっていたら?
「公爵!」
「すぐに!」
イドリース殿下の叫びにハラーク公爵が短く応え、部屋を飛び出します。セレスタン様とイドリース殿下も、それぞれの部下をここへ呼ぶよう小間使いを走らせました。
張り詰めた空気の中、コツと音が。見ればビビアナ殿下が扇を取り落としたようです。お顔は青ざめていて拾おうとする手も震えています。
私が動くよりも先にオルハン殿下が扇を拾い上げ、ビビアナ殿下の手を包みながら扇を持たせました。大丈夫と安心させるように耳元で囁く様子は本当に夫婦。素晴らしいです、はい。
私はこのふたりの結婚の儀を必ず成し遂げて、ビビアナ殿下を正妃にしなくちゃいけません。誰がどんな手を使って邪魔しようとも。
「一瞬たりとも気を抜くな。狙いは神官ジゼルとビビアナ妃殿下だ、何を置いてもお守りしろ!」
「最悪、広場に集まった民衆すべてが敵になると思え。命懸けで守れ、聖女を必ずアルカロマへ連れ帰るんだ!」
集まった部下たちに親衛隊長、聖騎士会副総長ふたりの鼓舞が飛びます。
そこへハラーク公爵が戻って来て、オルハン殿下とビビアナ殿下、そして私にも礼拝堂へ移るよう言いました。
「諸侯は会場の各席につきました。皆さまも、そろそろ移動をお願いいたします」
「公爵、神殿騎士は大丈夫だったか?」
「間食を禁じていますから問題ないはずです、が、禁じているからこそ信頼ならない」
「……ああ、くそ。神殿騎士まで警戒が必要なのかよ、めんどくせぇな」
もしも軽い気持ちで間食した人がいたら、食べたかと聞かれてもそう簡単に自白しないってことですね。だから万一の可能性がある。
確かに、民衆が相手なら広場から階段をのぼってくるのだからわかりやすいし、殿下たちを神殿内に逃がす余裕もある。
けれど、神殿騎士まで操られると距離が近いから猶予がないし、神殿内も安全とは言い切れなくなります。
「本当に菓子に細工されているのか、どれだけの人間が食べたのか、何もかもが不明だ。あまり焦らず、だが用心はしてほしい」
オルハン殿下の言葉に、その場にいる全員が頷きました。
私はみんなを信じてやり遂げるだけ。頑張らなくちゃ。……って頭ではわかってるんですけど、狙われているのは私だもの。どうしても不安があって。
どうにか心を落ち着けようと深く息を吸ったとき、窓の外から聞き馴染みのある声が微かに聞こえてきました。
「みんなー!」
ソニアです。
窓をあけて広場の様子を窺うと、ソニアがお水を配るときに使う台を足場にして立ち上がり、何事か叫んでいるのが見えました。
「お菓子は、家に帰ってから食べてよねーっ! 今は結婚式に集中しよーっ!」
振り返るとハラーク公爵と目が合いました。彼は小さく笑って頷きます。
ソニアに事情を説明してくれたのでしょうか。でも、そうですね。ソニアは誰よりも民衆のそばにいて、彼らのために毎日頑張っていたから。ソニアの声なら届くかもしれない。
ええ、きっと大丈夫。みんながついてる。きっと、やり遂げてみせる。




