3-64 誰かの行動には理由があって
口枷を外されたナウファル殿下は暴れるでもなく、自死しようとするでもなく、淡々と語り始めました。
モスリーを落としたのと同様の手口でルブロザルが狙われた……と知ったときにはほぼ手遅れだったこと。内通者を装って敵国と通じ、情報を操作して侵略速度を遅滞させたこと。
さらにその過程で自分の考えが変化していったことも――。
「どちらにせよルブロザルを明け渡さなければならないなら、友好的に進めたかったのです。過去に戦場となったモスリーは酷い有り様でしたから。それに、国土を守り切るだけの軍事力を持たないのなら、明け渡すべきだとも思いました。現在のタルカークは広すぎる」
それを聞いて私はネルミーン姫やナウファル殿下ご本人の言葉を思い出していました。
ナウファル殿下としては、守るための戦力が不足するなら国土を広げるべきではないとお考えなのですよね。そして国の隅々まで政治が行き渡るべきであり、小国の併合には反対だと。
一方、独断専行のナウファル殿下に対し、元老院のお歴々は苛立ちを隠そうとしません。
中でも最も王室寄りのお考えでオルハン殿下の信頼も厚いファラン殿下は、押し殺した声でナウファル殿下の主張を否定します。
「友好的になど不可能だ。侵略には断固抗する」
「長い時間をかければ不可能ではありません。たとえば……次代の王が非才と同様の考えをお持ちであるならば」
「だからネルミーン姫を後宮へ推薦したのか! なんと気の長い……」
「それに侵略に抗すると言いながら、モスリーには大して兵を割かず見捨てたではありませんか」
ファラン殿下はそこで「ぐ」と喉を詰まらせました。
彼は国王陛下とお年が近いと聞きますから、モスリーの侵略があった頃には既に政治の中枢にいらっしゃったと思います。これには返す言葉もないのかもしれません。
他の貴族たちもモスリーについては思い当たることがあるのか、どこか遠くを見るばかりで我関せずをアピールしています。
しばらく無言の時間が続きましたが、モスリーに関して後ろ暗いところのないオルハン殿下がおもむろに口を開きました。
「つまり叔父上は将来的に国土の一部をルゥデアに移譲するため、その足掛かりとしてネルミーン姫を正妃に据えたかったということですね」
「ええ。端的に言えば」
「なぜ命を絶とうと?」
「計画の最後には非才の死が必要でした。すべての罪を負って幕を閉じる役です。ただそれが少し早まっただけのこと。ネルミーン姫が死を願い出るというのは計算違いでしたが」
困ったように眉を下げて苦笑するナウファル殿下。
ネルのしたこと、私にはなんとなくわかります。好きな人が死んでしまった世界で、たったひとり頑張り続けるってすごく辛いことですから。
ヌーラだって、エドリスと離れ離れになってからは毎日、彼は元気に生きてるって自分に言い聞かせてました。そうじゃないと、心を保てないです。
そこへハラーク公爵が立ち、オルハン殿下の元へ。懐から手紙らしきものを取り出してオルハン殿下へ手渡しました。
「私は叔父上の誤解をひとつ解いておかねばなりません。陛下はモスリーを見捨てたのではない。見捨てさせられたのです。叔父上のご母堂によって」
「母上?」
「この手紙はリーム妃殿下から陛下へ宛てて送られたものです。モスリーは時間をかけて内側から食いつくされ、もはや奪還は不可能。兵の損傷を抑えるため切り捨てよとあります」
「母がなんと言おうと、兄が見捨てたことには――」
「必ずルゥデアの情報をタルカークへもたらすとおっしゃっています。自ら敵陣へ乗り込んでやると。そのおかげで我々はルブロザルの状況を知ることができたのです。調査の過程で内通者のリーダーが変更になったため対応に手こずりましたが……それが叔父上であったとは」
オルハン殿下の持つ手紙にキラキラと精霊が集まり始めました。それが少しずつヒトの形をつくり、何度か瞬きをする間に赤い瞳の女性の姿となったのです。
『ジゼル様、お願いがございます』
「は、はい! 承ります!」
私が突然言葉を発したために、その場の全員の視線が集まってしまいました。
ざわざわと騒がしくなってしまったけれど、イドリース殿下がオルハン殿下に耳打ちすると、オルハン殿下がそっと手をあげて静かにさせてくれたようです。
きっと精霊とお喋りしてるんだって伝えてくれたのでしょう。
『ナウファルに……孫は北に逃がしたと、お伝えいただけますか』
「孫?」
こちらを見つめる全員の瞳の中から女性とよく似た赤を見つめ返し、深呼吸をひとつ。
「ナウファル殿下に伝言です。『孫は北に逃がした』と」
「……ご、冗談、でしたら趣味が悪い」
「赤い瞳の女性がおっしゃってますよ。ええとお孫さんの名前は」
『ルルでございます』
「ルル」
言われるままに名前を復唱した瞬間、ナウファル殿下はその場に崩れるように座り込んでしまいました。手は後ろに縛られたまま背中を丸め、床に額をこすりつけて。
リーム様はナウファル殿下の背を撫でながら、ゆっくりとその姿を消しました。
「ああ、ルル! 生きているのか、ルル……! すまない、すまない。父はお前に何もしてやれなかった」
ああそうか。ナウファル殿下のお母さまの孫って、つまりナウファル殿下のお子様ってことですね。どういった事情かはわかりませんが、お子様のそばを離れているときにモスリーが陥落したのだろうと考えられます。
そのような状況でモスリー奪還を諦めると言われれば、納得いかないに決まってる。
礼拝堂いっぱいにナウファル殿下の嗚咽が響き渡る中、ガタンと耳障りな音をたててイドリース殿下が立ち上がりました。
「悲劇の主人公ぶってんなよ、叔父貴。どんな御大層な理由があろうが、あんたはなんの罪もないエヴレンを殺したんだ。俺は絶対あんたを許さねぇからな」
そうです。私がここへ呼ばれるに至ったきっかけは、エヴレンさんが亡くなったことでした。




