3-65 明かされた真実は
ゆらりゆらりと酔っぱらっているかのように大きく揺れながら、イドリース殿下がナウファル殿下のお側へ近づいていきます。
「あんたの年齢とかモスリーが落ちた時期からして、ルルってのはハタチにもならねぇはずだ。娘と同じくらいの年のエヴレンをよく殺せたよな?」
ナウファル殿下はゆっくりと身体を起こし、イドリース殿下を見上げました。
「非才が手をくだしたわけではありませんから」
「そういう話をしてんじゃねぇよ! 目的のために手段を選ばねぇとか最悪だろうが」
「もとより許されるつもりで行動しておりません」
「ったりめぇだろ! そうじゃなくてなんでエヴレンだったんだよ、なんで!」
静かに立ち上がったナウファル殿下は冷たい目でイドリース殿下を見、深いため息をつきます。
呆れたような、けれどどこか諦めたようなお顔。
「神官だからと言う他ありません」
「それだけで……」
「それだけじゃないよ!」
イドリース殿下が拳を強く握って今にも殴りかかるかと思われたそのとき、可憐だけどよく通る声が彼の動きを止めました。
ソニアです。いつの間にか礼拝堂の後ろ、扉近くで事の成り行きを見守っていたみたい。
「エヴレンは子どもの頃からナウファルさんにすごく懐いてたし、ナウファルさんもエヴレンのこと実の娘みたいに可愛がってたの!」
「は? それをなんでソニアちゃんが知ってんだよ。それに、そんな関係ならなおさらだろうが。こんな奴庇うなよ」
「サラマおばさんから聞いた。サラマおばさん、エヴレンとも仲良かったんだって」
サラマおばさんと言えば、面倒見のいい親切な人だったと思います。タルカラに来たばかりの頃、大泣きする女の子と病気の両親のお世話を手伝ってくれました。
ソニアはまだ彼女とお付き合いがあるみたいですね。誰とでもすぐに打ち解けて関係を維持できるのは、とても羨ましいし尊敬します。
「知らねぇ、誰だサラマって。ってかそんな話はいま関係な――」
「自分で死んだんだよ」
いつも元気ハツラツな妹にしては珍しい囁くような声に、時間が止まった気がしました。
ナウファル殿下は唇を強く結び黙り込んでいます。ハラーク公爵は口をポカンと開けてソニアを見つめています。
「いや、おかしいだろ。毒だぞ、毒を盛られたんだ」
「王子様はエヴレンのこと何も知らないんだね。まぁ仕方ないか、目配りも気配りもできなそうですもんね。鈍感だし」
「な……っ」
「ソニア、ちゃんと説明して」
思わず割って入ってしまいました。
あの子が誰かを煽るような物言いをするのも珍しいですけど、よりによって王族相手に好き放題言い過ぎです。びっくりしました。……ソニアなりに言いたくなる理由があるのかもしれないけど。
ソニアはチラっとナウファル殿下へ視線を向け、それに対してナウファル殿下は肩をすくめて応えます。
「エヴレンは自分で毒入りのお茶を飲んだの。そしてサラマおばさんとナウファルさんに手紙を残したんだよね」
「そんな、嘘だろ。俺にはなにも」
「なんで自殺したのか、ナウファルさんは知ってるんでしょ? 病気だったんだよね。余命あとちょっとでさ、どうせ死ぬならナウファルさんの役に立ちたいって言ってたみたい。だから婚姻の儀より前に死んじゃった。でもさぁ、なんでエヴレンは殺された扱いになってるの?」
「おま、お待ちなさい! 病気だなどと吾輩は聞かされていない! 娘は確かに身体が弱かったが、余命を数えるほどでは」
ソニアに駆け寄ろうとしたハラーク公爵をイドリース殿下が止めました。まさかお父様であるハラーク公爵までもが真実を知らなかったなんて……。
ナウファル殿下は目を伏せ、一語一語をはっきりと、でもとてもゆっくり話し始めます。それはまるで、大切な宝物を撫でるような語り口調でした。
「エヴレンは昔から身体が弱かったのです。医者に診せても原因はわからず、ハラーク公爵もずいぶん悩まれたことでしょう。しかしある日、それが魔力排出症によるものだとわかりました」
「魔力排出症?」
「体内の魔力が基準値を超えて抜け落ちる病気です。魔力を持つ者は多くないですが、持つ者にとって魔力は生命に等しい。もしも排出量が自然回復分を上回って枯渇すれば死に至ります。聖女もそうでしょう?」
「……はい」
マナを使い果たすと死に至る、って説明されたのはマナの使い過ぎで二晩寝込んだ後のことでした。性質は違うけど魔力も同じ作用をするみたいです。
それが勝手に抜けてしまうなんて。あれはとても疲れるし苦しいものです。今だって、まだ少し息苦しい。
「珍しい上に発見が困難な病気です。しかも、治療法は見つかっていません。小さなうちは非才が魔力を分け与えることでどうにかなりましたが、長じるにつれ必要な魔力も、排出される魔力も増えていきました」
なんてこと。どれだけ辛かったでしょう。きっと毎日疲労感に襲われて、息苦しかったことと思います。ナウファル殿下だけが寄り添い、助けてくれたのなら……確かに、自分の命を彼のために使いたいと思ってしまうかもしれません。
「なぜ吾輩に相談を……」
「エヴレンは貴方を愛していました。ハラーク家の人間として、必ずや立派な神官になってみせると息巻いてね。しかし、だからこそ言えなかったのでしょう」
ふらついたハラーク公爵をセレスタン様が支え、手近な椅子に座らせました。
イドリース殿下はなおも食い下がります。
「で、それをなんで他殺だってことにしたんだ?」
「エヴレンの最期の願いでした。父に真実を知らせたくないからと」
「我輩は……我輩は娘が苦しんでいることも知らず、死への恐怖を支えてもやらず、いもしない架空の犯人を捜していたのか。なんたる阿呆か!」
ハラーク公爵の悲痛な叫びが礼拝堂内にこだましました。




