3-60 結婚式には笑顔があるべきなのに
広場に早く到着した人から順に会場を埋めていくわけですから、前方にいる人ほどお菓子を食べてしまってます。ソニアが「食べるな」と言うより前に食べてしまったわけですね。
だから幸か不幸か彼らの動きを邪魔する人はほとんどいなかったのです。怪我人の心配が減るのは嬉しいけれど、すごい勢いでこちらに向かって来ようとする人々の姿は恐ろしくもあり。
「神官だ! あの女神官を追い出せ!」
「アルカロマの陰謀だ!」
最前列の柵を越え、階段へと突出した民を聖騎士や神殿騎士たちが押しとどめてくれています。けれど柵も、柵を支える神殿騎士も、数の前には無力で。
「兄上、妃殿下! どうぞ中へ!」
「いいや、民の安全確保を優先しろ」
隅に控えていたイドリース殿下がお二人を神殿内に連れて行こうとしますが、オルハン殿下はそれを固辞しました。親衛隊長としてイドリース殿下は二人を庇うように前に立ちます。
一方ハラーク公爵は神殿騎士に事態の沈静化を指示し、広場の外周で待機していた騎士たちが動き出しました。
もしこの事態を引き起こしたのがナウファル殿下なら、彼を止めれば――。
そう思って振り仰いだナウファル殿下の赤い瞳は、確かに爛々と輝いて見えたのに。
「うぉぉーっ!」
ナウファル殿下を糾弾するような暇などなく、背後から突然、剣を抜いた神殿騎士が襲い掛かってきたのです。
「きゃあっ」
「ジゼル様っ!」
神殿の扉の陰から飛び出したベアトリスさんが、神殿騎士の腰に腕をまわして引き留めようとするのが見えました。
もちろん細く非力な女性ですから、鍛えられた神殿騎士をいつまでも留めておくことは不可能です。
「邪魔だ!」
「ベアトリスさんっ」
振りほどかれ、剣の柄で殴られたベアトリスさんはその場に伏してしまいました。そして再び神殿騎士は私に向かって剣を振り上げて――。
「ジゼル!」
ベアトリスさんが一瞬でも引き留めてくれたおかげでしょうか、私と神殿騎士の間にセレスタン様が身体を滑り込ませ、自身の剣で上段からの攻撃を受け止めてくれました。
「無事か?」
「はい、でもベアトリスさんが!」
「そうだな。ちょっと待ってろ、すぐ片付け――」
「ああくそっ! 神殿騎士どんだけ菓子食ってんだよ、あほか!」
イドリース殿下の心の叫びがセレスタン様の言葉を掻き消します。
あまり周りを見る余裕はないけれど、幾人もの神殿騎士がこちらに向かっているようでした。そして、イドリース殿下とハラーク公爵がそれをどうにか捌いてくれているらしいこともわかります。
諸侯の多くは我先にと神殿の中へ逃げ込み、ステージには呆然とする人が数人残るばかり。
「悪い、すぐには片付きそうもなくなった」
セレスタン様がこぼした通り、私たちはいつの間にか神殿騎士に囲まれていました。目の前のひとりをどうにかしても次から次に襲いかかってくるのです。
そんな中、階段のほうからもブノワさんの悲痛な声が。
「副総長! こっち長く持たねぇっす!」
「死んでもどうにかしろ!」
「死ぬのはいいけど、見物人が!」
死ぬのも駄目ですけどっ? って振り返ったら、なんと階段から広場にかけては民と聖騎士と神殿騎士の混戦になっていました。
民は民でこちらへ向かってこようとする人と、それを止めようとする人がいて。
神殿騎士もまた私たちに危害を加えようとする人と職務を全うしようとする人が混在していて、ぐっちゃぐちゃなのです。
ブノワさんたちは本気を出さないと神殿騎士を抑えられないけど、かといって敵対する民を本気で迎え撃つわけにもいかず振り回されているみたい。
「最優先はジゼルだ。民間人は正気の神殿騎士に任せて、前線を下げろ!」
「んな無茶な! やってみますけどぉ!」
このままだと、聖騎士たちまで全滅してしまいます。それにベアトリスさんの状態も早く確認しないと!
「ナウファル殿下は……っ」
「もういねぇ!」
私の問いにいち早く答えてくれたのはイドリース殿下でした。
「あいつも神殿の中に入った!」
「捕まえられませんか? 術をやめさせられたら――」
「親衛隊を追わせてるが、この調子だと中も敵だらけかもなぁ!」
神殿騎士がお菓子を食べて、神官や小間使いたちが食べていないとは言い切れませんからね。
っていうか、ソニアは? あの子は無事なんでしょうか。
広場には民と神殿騎士と聖騎士が、ステージ上は神殿騎士と親衛隊が敵味方ぐちゃぐちゃに入り乱れている状態で。
ベアトリスさんの身体は横たわったままだし、ビビアナ殿下とオルハン殿下はステージの端っこに追いやられて……。
もう、なんなのこれ! こんなの結婚式として絶対正しくない!
私が幼い頃に見た教会の結婚式は、王都で何度か見かけた誰かの結婚式は、いつだって笑顔に溢れてて。幸せそうで。
ビビアナ殿下には笑ってほしかったのに!
「セレスタン様、私、祈ります!」
「は? それ止めたらやめてくれるやつか?」
「集中したいので、しばらくお願いします!」
「聞く耳もないな!」
神殿のほうを向き、両の膝をついて跪いて杖を掲げます。
何をするかを言えば絶対止められるので内緒ですけど、大規模治癒魔法を使ってしまいます!
治癒魔法って相手に触れないとできませんでした。これはあくまで感覚の問題で、離れた場所から治癒するというのがイメージできなかったのです。
だけど広場全体にキラキラ舞う精霊たちを見ていたら、なんとなくできるような気がして……。
もちろん、できると思った理由は他にもいくつかあって。ひとつが、ナウファル殿下の魔術です。彼がこんなにも広域で術を使えるのなら、精霊にできないはずないと思うので。
ふたつめは、私が今までネルミーン姫やソニアにしてきたのが、治癒というより術の解除だったと気付いたこと。だから使うマナが少量で済んでいたのだと思います。
最後に、この儀仗杖。
神官承認の儀でこの杖にマナを通したとき、手ごたえのようなものがあったのです。なんと言ったらいいかわからないけど、力が増幅されるような。
確か、ヌーラも過去にこれを使って大掛かりなことをしていたような。
「タルカラを愛しタルカラを守る精霊よ、タルカラの民を愛しタルカラの民を守る精霊よ」
グテーナの森のときと一緒。
私の呼び掛けに応えるように、キラキラの精霊たちが集まってきたようでした。




