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5:そもそもソフィアさんはわたくしのお友達ですし

 慣れ親しんだ殿下への失望にわたくしが口を噤んでおりますと、その沈黙をどのように解釈したのか、殿下の背後から、取り巻きのお三方が揚々と声を上げられました。


「己が罪を他者に被せようというのですか」

「貴女のバラッド嬢への行いの数々、並びに、学院入学後、王太子殿下の婚約者としての立場を利用しての非道な行いの数々、我々が知らぬとでも思っているのですか」

「公爵令嬢としての誇りがあるのなら、潔く罪を認め、殿下とバラッド嬢に謝罪すべきです」


 まるで舞台で科白を分け合うように、順繰りにわたくしを非難し、責め立てます。

 正直申し上げて、どなたがどの科白を口にしたのか曖昧になる程度には、それは芝居じみておりました。


 ともあれ、わたくし、ローゼリア・フェリアスの名に懸けて、犯してもいない罪の懺悔などできようはずもございません。

 とは申せども、馬鹿正直にそのように申し上げたところで納得いただけそうにありませんわね。

 それでは、まずは状況の確認を。


「わたくしの、ソフィアさんへの行い、ですか。それは例えば、どのような?」

「持ち物を隠したり、汚したり壊したり。聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせかけたり、貴族のマナーに疎い彼女を茶会に呼んで笑い者にしたとも聞いているぞ!」

「何故わたくしが、お友達であるソフィアさんにそのようなことをしなければなりませんの?」

「それはもちろん、私の寵がソフィアに向けられたことに嫉妬して──は? おとも、だち?」


 わたくしの反論──『ソフィアさんはお友達』発言に、一拍遅れて殿下がぽかんと目と口を開けます。

 まさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔──つまりはバカ面です。

 いえ、そのように申しては鳩に失礼ですわね。


「ええ、わたくしとソフィアさんはお友達ですわ。少なくともわたくしは、ソフィアさんを大切な友人と思っております」

「わたしも、ローゼリア様のこと、大事なお友達だと思っています」


 わたくしに寄り添うように立ち、殿下に向き直ったソフィアさんが、体の前で可愛らしく両の拳を握りしめ、力を込めて断言してくださいます。

 嬉しいですね。思わず頬が綻びます。

 あと、とても可愛らしいです。


「そっ、そんなわけが──」

「殿下がなんと仰ろうとも、わたくしたちは友人関係です。明日のパーティも、ご一緒するお約束をしていますのよ」


 にこりと笑ってソフィアさんに視線を向けると、ソフィアさんも笑顔で応えてくださいます。

 そんなわたくしたちの姿は、殿下にはどう見えたでしょうか。普通であれば仲の良い友人同士に見えるはずですが、殿下の理解力は常人のそれに劣り、解釈に至っては一般の感覚から激しく乖離していることに定評があります。


「は? バカを言うな、ソフィアは私のパートナーだぞ」


 案の定、空気を読まない発言をされました。

 ソフィアさんが殿下のパートナーだなんて、ソフィアさんご本人はそんなこと、ひと言も仰っておりませんでしたが……


「ソフィアさんの承諾は取られまして?」

「貴様こそ、ソフィアの承諾を取っているのか」

「当たり前でしょう」


 ソフィアさんにはきちんとお約束を取り付けております。

 お相手の意思も確認せず、しかも本人を前にして、勝手な予定を語るなんて恥ずかしい真似、致しませんわ。


「ね、ソフィアさん」

「はい。ローゼリア様がご一緒にと仰って下さったので、厚かましいかとは思ったのですが」

「ソフィアは私のパートナーだと言っている! なにを勝手にパートナーの申し込みなどしている!」


 にこやかな笑顔で応えるソフィアさんを遮る勢いで、殿下が叫びました。


「パートナーの申し込みではなく、ご一緒に会場に参りましょうとお誘いしただけなのですが」


 通常、婚約者であっても、パーティの前にはきちんとエスコートを申し込むものですが、今回殿下からはその申し込みがありませんでした。常日頃の殿下の態度から察するに、今回のパーティにおいて殿下がわたくしをエスコートするつもりがないことは明白。

 加えて、ソフィアさんがパーティへの参加を尻込みされておりましたので、それなら会場までご一緒いたしましょうとお誘いしただけだったのですが──


「そうですわね。パートナーの申し込みをするのも悪くありませんわ」


 このような状況になったからには、いっそ正式にソフィアさんにパートナーを申し込み、彼女をエスコートするのも悪くありません。


「だから! ソフィアは私のパートナーだ! お前の申し込みなど無効だ!」

「ですから、殿下のパートナーとなること、ソフィアさんは了承しておりますの?」

「してません」

 

 間髪容れずにソフィアさんが答えます。良いお返事です。

 呆れを隠さず視線を向けますと、殿下は何故か胸を張り、堂々と仰いました。


「聞くまでもないことだろう!」

「そんなわけありませんでしょう」


 こちらも間髪容れずに叩き切ります。


「ソフィアさんの意思を無視するおつもりですか」

「なぜそうなる。ソフィアが私の申し込みを断るはずがないだろう」


 自信満々に言い切ると、殿下はソフィアさんに向き直り、王子様然とした微笑を浮かべてその手を差し出しました。


「聞くまでもないとは思うが、そうまで言うならここで申し込もう。ソフィア、明日のパーティ、私のパートナーになってくれ」

「嫌です」


 即答です。まさに瞬殺です。

 しかも、『お断り』ではなく『嫌』と来ました。


「すみません、間違えました。お断りいたします。先約がありますので」

「ローゼリアとは、ともに会場に向かうだけの約束なのだろう!?」

「それではわたくしも、改めて申し込ませていただきますわ。ソフィアさん、明日のパーティでわたくしに貴女をエスコートさせていただけないかしら」

「はい! 喜んで!」


 わたくしの申し込みに、ソフィアさんは満面の笑みで答えてくださいます。その姿に、さすがに殿下もそれがソフィアさんの本心であると理解したでしょう。


「ソ、ソフィア? 私よりローゼリアのエスコートを受けると言うのか?」

「はい」


 はっきりきっぱり、一分の誤解も入り込む余地なく、ソフィアさんが答えます。

 殿下が言葉を無くされた隙に、逸れた話を戻しましょうか。


「それでは話を戻しますけれど、殿下。このように、わたくしとソフィアさんは至極良好な関係を築いておりますお友達ですの。そもそも殿下に対して恋情はおろか一欠片の好意も抱いておりませんわたくしが、ソフィアさんに嫉妬する道理がございませんわ」

「っ、嫉妬でないなら、妃の座を奪われることを怖れたのだろう!」

「殿下の妃の座など、欲しいとおっしゃる奇特な方がいらっしゃるなら喜んで差し上げますし、そんなもののためにソフィアさんに嫌がらせなどいたしません。なにより、わたくし、婚約破棄については承諾すると申しております」

「しおらしい態度で、私の同情を引く気だろう! 私は騙されんぞ!」


 まったく、『騙されない』などとどの口でほざくものやら──自覚のないバカは、本当に扱いに困りますね。


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