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6:ソフィアさんも殿下のこと、好いてはおりませんし

「フェリアス公爵令嬢。先程も申しましたが、学院における貴女の行いはすべて、我々の知るところです」


 不意に、殿下の背後より進み出てきたトール様が、重々しく口を開かれました。

 そういえばまだいらしたのですね。すっかり存在を忘れておりました。


「貴女の下級貴族家の生徒への態度、取り巻きを使っての他生徒への嫌がらせ行為など、どれほどの苦情が殿下のもとに届けられているか」

「王太子殿下の婚約者として、他の令嬢方の規範となるべき方が、嘆かわしい限りです」

「あげく、その行動を諫めた令嬢に対して、王太子殿下の婚約者であることを楯に脅迫まがいの言動をされたとか」

「そうだ! この半年の貴様の横暴な行いの数々を、私が知らないとでも思っているのか!」


 やはり科白を分け合うように順繰りに語った取り巻きたちの最後を、殿下が引き継ぎドヤ顔で胸を張ります。

 いえ、今の科白の中に誇るべき要素はなにひとつございませんが?

 わたくしが純然たる疑問に首を傾げておりますと、トドメとばかりの勝ち誇った表情で、取り巻きたちが口を開きました。


「フェリアス公爵令嬢。貴女が学院入学以降、殿下の婚約者としての立場をいかに悪用されていたか、殿下はすべてご存知です」

「その行いは到底、王太子殿下の婚約者として相応しいものではありません。このことは、すでに国王陛下にもご報告済みです」

「まあ、陛下にも」


 それは先走ったことを──いえ、こちらとしましては手間が省けて大変好都合ですが。


「では、もはやここで議論することに意味はありませんね」


 まさにわたくしが言おうとした科白を発したのは、わたくしのよく知る声でした。


「お兄様」


 声の主は、わたくしの兄であるアーネスト・フェリアス。そして、お兄様と肩を並べてこちらに歩み寄ってくるのは、殿下のお目付け役であるデミオ・ハーノス様です。

 おふたりとも、()()()()()()良いタイミングですわ。


「ごきげんよう、ハーノス卿。──お兄様、いかがなさいまして?」


 どうにも暗いお顔のデミオ様に一礼し、視線をお兄様に向けます。

 この問いかけは、少々白々しかったでしょうか。


「今日は王都の屋敷に帰る予定だったろう? 遅いので迎えにきた」

「まあ、申し訳ございません。殿下とのお話が、少々長引いてしまって」

「そうか。──ソフィア嬢にも迷惑をかけたようですね。申し訳ない」

「いえ、迷惑だなんて。アーネスト様のせいでも、ローゼリア様のせいでもありませんから」

「アーネスト・フェリアス! 私のソフィアに馴れ馴れしく話しかけるな!」


 相変わらず空気を読まない殿下が、わたくしたちの和やかな会話に割って入ってまいりました。

 それはともかくとして、ソフィアさんが誰のものですって? いえ、それ以前に、わたくしのお兄様を呼び捨てになさいましたか、この男は?

 一言ならず物申したくはございますが、当のお兄様が殿下に対し冷ややかな視線を向けるのみの大人な対応をされておりますので、わたくしがでしゃばるわけにはまいりません。


「殿下。バラッド嬢は殿下のものではございません」


 代わりのように、デミオ様が冷静に指摘なさいますが、それに対し、殿下は視線を鋭くし、


「ソフィアは私の新たな婚約者になるのだ。そう表現してなにが悪い」


 さも当然に周知の事実を語るような口調で仰られましたが、当事者のひとりであるソフィアさんは顔を引きつらせておりますわよ。

 どうせ、王太子である自分の婚約申し込みが断られるはずがないとでもお思いなのでしょうが……相手の意思くらいは確認しておくべきでしたわね。

 そうすれば、せめて傷も浅く済んだでしょうに、事ここに至っては、穏便には済みませんわよ。


「バラッド嬢と婚約、と。本気で仰っておられますか?」

「もちろんだ」

「バラッド嬢──」

「お断りします!」


 頭痛を堪えるように眉間に指をあて、投げやり気味の棒読みで確認するデミオ様に被せるように、ソフィアさん渾身の否定を叫びます。

 立場が上の方の言葉を遮るのはマナー違反ですが、この場合は仕方ありませんわね。ソフィアさんの気持ちはわかります。みなまで言わせず一秒でも早く否定しなければ、殿下の主張通りに話が進みかねないという恐怖があるのでしょう。

 デミオ様はソフィアさんの早すぎる否定に僅かに目を瞠り、そして苦笑なさいました。


「……まだ、なにもお聞きしておりませんが」

「殿下と婚約なんて冗談じゃないです。絶対に嫌です」

「殿下。バラッド嬢はこのように申しておりますが」

「な、なぜだ、ソフィア?」


 むしろ、この期に及んでその疑問が出てくる殿下の思考回路に『何故』と問いたいですわ。


「殿下のことが嫌いだからです」

「──は?」

「バラッド嬢……」


 腐っても王族を相手に、その言動は不敬です。

 さすがに咎めるように声をかけたデミオ様に対し、ソフィアさんも怯んではいません。


「王太子殿下に対して不敬でしょうか? でしたらどうぞ罰してください。殿下と婚約とか婚姻とかって話になるより、そっちのほうが百倍ましです」


 言い切りました。

 殿下と婚約させられかねないという危機感が、平民である自身の立場を十二分に理解しているソフィアさんをして、ここまで言わしめたのでしょう。


 誤解の余地もなく言い切られた殿下は、立ったまま灰にでもなられたように固まっています。風が吹けば崩れそうな風情で──風のせいにして崩してしまいたくなりますね。いっそ再起不能にしておいたほうが、後腐れなく済みそうですし。

 ──いえ、いけません。どれほど愚かしくいっそ害悪なほど無能でも、王子殿下に対してわたくしはなんということを考えているのでしょうか。

 どれほど甘美な誘惑であっても、抗わねばならないものはあるのです。


 わたくしが抗いがたい誘惑と戦っておりますと、デミオ様が「ふむ」と、なにやら得心した様子で口を開かれました。


「学院においては、王子殿下と言えど一生徒に過ぎませんので、好悪の感情を伝えることは、不敬にはならないかと。婚約に関しても、()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、バラッド嬢がエルリック殿下に対して愛情を抱いておられないのなら、お断りするのが筋でしょう」


 淡々と、その場にいる者たちに説明するように語られます。

 学院における生徒の平等性が多分に建前であろうとも、今はその建前を押し通すおつもりのようですね。

 婚約の拒否に関しては、殿下ご自身のお言葉が言質ですので、文句はないでしょう。


 このような状況でソフィアさんを不敬罪で罰することにでもなれば、エルリック殿下にとって──と言うよりも、王家にとって醜聞の上塗りですもの。

 デミオ様としましても、ここは穏便に済ませたいところなのでしょう。

 本当に、苦労なさいますわね。

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