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おまけ 王子様も悩ましい

「カンサス、聖女選定の儀の日程が決まったよ」

 この国の第一王子、王太子であるマートル兄上に聖女に関する書類を渡された。

「聖女候補となったバジル男爵家には娘が三人居る」

 長女エリー。ラムズ子爵家の三男セージの婚約者だ。セージは同年代の中では剣の腕が非常に優れていて、学園卒業後はすぐにでも兄上の護衛にと内定していた。

 オレも戦ったことがあるが勝てる気がまったくしなかった。

 あまりの強さに誰に剣を習ったのか訊ねたが、師はいないといわれた。そんなはずはないと思うのだが…、と思って調べてみたが、それらしい存在は本当にいなかった。

 婚約者との仲は良好であるし、わざわざ次代の剣聖と噂されているセージを敵に回すのは愚策だ。

 エリー嬢が聖女であってもなくても、ラムズ子爵家に任せることになるだろう。

 残るは二女フラン。そして三女リマ。この二人に関しては情報がほとんどあがってきていない。

 バジル男爵家はきちんと自領地を治めているし税も滞ることなく納めているが、王都に来ることが滅多にない。年頃の娘が三人もいるというのに社交デビューもさせていなかった。

 ラムズ子爵家の話では三姉妹とも美しく、性格も良いそうだが…。

「オレが婚約をするとすれば二女フランか。さすがに十四歳は幼すぎる」

「フラン嬢は十六歳で物静かなご令嬢らしいよ」

 おとなしい女…ね。本当に見た目通りならばつまらないし、かといって王都に居るようなガツガツとしたご令嬢達にもうんざりしている。

 どんな女だろうと同じだ。

「ま、この国の第二王子としての務めは果たすさ。聖女、または聖女を輩出した家との関係強化だろ」


 この国の王子は兄とオレの二人で女兄弟はいない。兄を押しのけて国王になる気はないし、何より…、兄のほうが国王にふさわしい。

 見た目は爽やかで誠実そうな王子だが、腹の中は良い意味で真っ暗だ。でなければ人の上に立つことなどできない。

 兄の執務室を出て少し体を動かそうかと騎士団の訓練所に向かっているとベンダー公爵家のレイカ嬢とすれ違った。

 嬉しそうに笑いそばに来る。

 儀礼的な挨拶だけでさっさと離れようとしたが、何かと理由をつけて話しかけてくる。

 毎回のことでうんざりする。

 おまえは兄の婚約者だろう?何故、オレに色目を使う。

 王宮に出入りしている女の大半がこんな感じだ。

 兄とオレ、それから…、高位貴族の独身である見目の良い男達に群がってくる。

 まるで羽虫のようだ。

 冷めた目で羽虫を眺めつつ、いっそ羽をもいでその辺りに捨てられたらスッキリするのにと考えていた。


「確かに私は割と虫が平気なほうですが、でも、虫と見ればすべて抹殺なんてしていませんよ。益虫もいますからね」

「それにしても…、フラン聖女様がこれほど虫に詳しいとは」

「バジル男爵領はとっても田舎なので、虫が多いのです。領民の中には虫を食材とする者もいます。それがなかなか美味しそうで…、私も食べたいと言ったのですが、泣いて止められました」

 すごく美味しそうだったのに。と、握り拳を作っているが、一応は領地のお姫様だ。見た目が清楚な美少女なだけに、虫は食べさせられないだろう。

「それは…、私でも止めますよ。フラン聖女様が虫を食べる姿は見たくありません」

 年老いた王宮の庭師に言われて少し残念そうな顔をする。

「そう、ですか…。仕方ないですね。一応、聖女としての外聞もありますものね」

「皆、聖女様に憧れておりますからね」

「でも、蛇を手掴みで捕まえたリマよりはましだと思うの」

「いえ、使用人達の間では虫をミンチにしたフラン聖女様が一番とんでもないと評判ですよ」

 どちらもやばいが、オレも虫をミンチ…のほうがやばい気がする、なんとなく。幸い虫は平気なので嫌悪はなかったが、虫嫌いの男ならば即破談にしていただろう。

 可憐な清楚系美少女の足元に散らばった虫の死骸たち…は、婚約破棄がよぎる程度には衝撃的だった。おかげでフランを狙う男達が半分以下に減った。

 そしてエリー聖女とリマ聖女を狙う男達も激減した。

 戦う聖女達があまりにも印象的で、犯罪に加担していた貴族達の印象がものすごく薄くなったのも結果的には良かった。

『公爵家が黒幕?いや、それよりもリマ聖女だよ、あんなに可愛らしいのに、笑顔で蛇をさぁ…』

 といった形で、あの場にいた者達の記憶には聖女達の姿しか残らなかった。

「ミンチにしてはいませんって。ただ動けないようにしただけです」

「ご令嬢は小さな虫一匹でも気絶するそうです」

「気絶して地面に倒れたりすれば、それこそ虫まみれになりそうなのに…」

 貴族令嬢であれば虫一匹…の前に、そもそも虫について嬉々として語ったりはしない。蛇を目にすれば三日は寝込むだろう。

 しかしバジル男爵家の三姉妹は全員が恐ろしくタフだった。

 そして三人とも聖女としての資質を持っていた。

 さらに、貴族のご令嬢としては首を傾げたくなるような女達だ。

 特にフラン。

 長女エリーは一応、貴族のご令嬢らしいところもある。女にしては異常な強さではあるが、隣にセージがいれば結婚を夢見ている可愛らしい令嬢だ。

 末娘のリマは報告によるとすぐにサボろうとしているようだが、そこは神殿側がうまく抑えている。

 協議の結果、年齢的には倍程の差になるが、ラデス神官に任せることになった。ラデスは兄と同じ系統の人間で、見た目は優しそうだが敵には容赦がない。

「リマ聖女は可愛らしく性格も素直で楽しい娘ですよ。時々、おかしな事を口走り、突拍子もない行動をしますが、コントロールできないほどではありません」

 確かに素直すぎるほど素直そうな娘だ。ちょっと心配になるほど。

 しかし…、三姉妹の中で最も特異な娘はフランだった。

 聖女選定の儀からして、おかしかった。

 清楚な美少女の口から信じられないほど現実的、かつ予想外の言葉がポンポンと出てくる。

 しかし、どれほどおかしな女でも、オレには責任と義務がある。

 兄よりも女ウケの良い外見で、国の第二王子。

 声をかければ簡単に落ちるだろうと思い側に行ったのだが、逃げられた。

 それも全力で、不審者扱いされた。

 いや、よく見ろ。この国の王子で、女達がキャーキャー騒ぐイケメンだろ?


 結婚式の当日。

 お互い正装に身を包み式典のために合流をすると、フランが固まっていた。

「フラン、どうした?」

 何か呟いた。

「何だ?何か問題でもあるのか?」

 ドレスが気に入らないのだろうか。しかしフランはドレスや宝石に興味がない。メイド達に任せっぱなしで文句を言うこともない。

 一応、王家の一員となるため側付きのメイドや侍女、護衛騎士に確認をしたが驚くほど評判が良かった。どれほど忙しかろうと不平不満を言うことなく笑顔で過ごしているし、メイド達には朝の挨拶、身支度のお礼など欠かさずに言う。騎士に対しても指示に従い、護衛の邪魔になるようなことをしない。

 本来は使用人に挨拶や礼を言う必要などないが、フランは『まだ婚約者の身だから』『聖女とはいえ元は男爵家の娘だから』と謙虚な姿勢を崩さない。

 多少、想定外の言動をとることはあるが、悪意があってのことではない。

 それに…、個人的には使用人を物のように扱うことは好きではない。

「フラン?」

「………だ、駄目、です」

 目をそらされた。

「体調でも悪いのか?式典の当日ではあるが、もしも体調が優れないのなら…」

「カンサス殿下がかっこよすぎて、目が潰れそうです…」

 ………あ~、それは、まぁ。

「わかった。ならばオレの方はできるだけ見ないようにして、なんとか乗り切れ」

「うぅ…、わかっていたけどイケメンの正装、破壊力が半端ない…」

「いつもとそう変わらないだろう」

「いつも、冷静でいられるように、心の中でムカデの足の本数を数えているのです」

 いや、数えるのならば他のものにしろよ、なんでムカデなんだ?

「今日は頭の中に何も浮かびません」

「そうか」

「なんでこんなイケメンと結婚することになったのでしょうか?聖女になんて、なりたくなかったのに」

「そのことだけどな」

 顔を覗き込み、しっかりと目を合わせてから言う。

「フランが聖女でなくとも、身分差があったとしても、出会っていたらフランを嫁に望んだと思う。聖女でなくとも、おまえと結婚したい。一生、大事にする。幸せだと思ってもらえるように努力をするから、諦めて嫁にきてくれ」

 フランは真っ赤になって。

「ど、ど、どうしましょう、あ、頭の中、カンサス殿下でいっぱいです」


 公爵家の他、いくつかの貴族が取り潰し等の処分を受けたが、庶民の生活にはあまり関係がないようで、聖女と王子の結婚に国全体が盛り上がっていた。

 経済効果…というものがあり、田舎の村でも『結婚祝い』で祭り状態だった。

 聖女達の絵姿も飛ぶように売れたとか。

 特注品である近衛騎士の制服に身を包んだ赤の聖女の絵姿は若い女性達に人気で、花々に囲まれた陽の聖女の絵姿は子供達が欲しがった。そして…、青の聖女と王子の婚姻記念の絵姿は。


「なんか、この絵を飾っていると良縁に恵まれるそうです、デマですよね?詐欺ですよね?絵姿ひとつで結婚できるのならば、世の行き遅れのお嬢さん達は誰も苦労しませんよ」

 しかし庶民の娯楽を制限できるものではない。

 本当に詐欺まがいのひどい商売ならば制限もするが、今回は自然発生的な口コミだ。

「そんな噂が出回るほど、オレ達が幸せそうに見えたということだ。事実、フランと結婚で来たオレは世界一幸せだな」

 フランは顔を真っ赤にして。

 からかうなんてひどいとか、そんな言葉には騙されないとか、女の敵だとか。

 何故か怒っていたが、そんな姿も可愛らしい。

 今後もフランに振り回されそうだが、そんな苦労も幸せなのだろうとフランを抱き寄せた。

閲覧ありがとうございました。

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