イム
──長く、夢を見ていた気がする。
何もない真っ白な空間にぷかぷかと浮いていた。
『──様。
──師様。お目覚めになられてください
──英雄師様。』
暖かく包まれるような、そんな優しい声で目を覚ます。
いや、正確には夢の中で夢と自覚しているような、そんな感じか。
なんにせよ、目覚めたばかりであろうこの瞬間でも意識ははっきりしていた。
目は開かない。
先ほどの声もそうだけど、ただどこか、陽気に包まれるような暖かさを感じていた。まるで天日干しされたばかりのふかふかの毛布の中だ。
そしてまた声が聞こえてくる。
『英雄師様、よくぞ参られました。』
「──────」
声も出ないのか。
『心配する必要はございません、英雄師である蒼真様には意識を具現化するお力がお有りでしょう?』
俺の考えを読み取ったのか、その声は俺に提案をして来た。
意識を具現化……?
恐らく付加術の事だろう。
そうなると、今話をしている対象に念じた言葉を付加する形で会話が成り立つのだろうか。
「聞こえるか?」
いや、聞こえるっていう表現はおかしいのか?
『おめでとうございます。
新たな異能を獲得されました。
付加術──系統『隠密』──念話』
また異能……。
この世界にきて1週間くらいしかたってないはずだけど、やけにスキル獲得が簡単な世界なんだよなあ。
『あら、英雄師様。どうしてこんなにもすぐに異能の獲得ができてしまうのかなんてお考えですか?』
待て、念じていないのにどうして思考が読み取られてるんだ。
『あらあら、今回の英雄師様は何にも聞かされていないのですね……。』
ため息交じりにそういうと、続けてこう言った。
『私は私であり、同時に貴方でもあるのです。
そしてその逆もまた──。
私の声に聞き覚えはないですか?』
そう言われて見ると、どこか聞き覚えのあるような無いような……。
『メニュー画面、と言えばお分かりでしょうか?あれはあなたが元の世界で使用していたゲームの機能であり、異世界転移時に召喚者を介してもたらされる天啓であり、世界の意思なのです。わかりやすく言うのであれば反則と言うことなのですが、そのままイコール私でもありもちろんあなたの異能なのであなた自身ということにもなるのですが、そもそもこちらへ来られる際の試練の成功率や初期獲得異能は全部神の裁量なのにあのバカ神はあみだくじで全部決めちゃうし挙げ句の果てには召喚時のチュートリアルも飛ばしちゃうし──。』
と、これでもかと言わんばかりに口早に色んなことを詰め込んできたがそれよりも──。
「あ、あの……。」
『は、はい!……今更取り繕っても、もしかして既に遅いですか?』
その声からは姿や形がなくとも過ちを犯してしまったようでどこか諦めてるような、そんな様子が浮かんでくるようだった。
「それよりも、メニューって呼ぶわけにもいかないだろうし、名前はないの?」
気になることは色々とあったが一心同体とも呼べる状態なのであればさすがに名前がないと不便だろうと思った。
『私はイ──。あ……。いえ、名前は無いんです。英雄師様のお好きなようにお呼びください。』
今何か言いかけたような……。
少し引っかかる気もするけど、好きなように呼んでって言われると何か考えなくちゃなあ。
「あ、そうだ。イムっていうのはどう?俺がもともと住んでた世界に人類に分け隔てなくて優しい仏様ってのがいるんだけど、それと俺がこっちにきてから始めて戦ったスライム。ちょっと名前の付け方としてはこじつけ感あるけど二つの世界を繋いでそうなものに願掛けしたいのかも。気に入らなかったら他のも考えるけど……。」
「いや、いい。──イム。私は仏様ってやつほど優しく無いですが。」
そう言ったイムは、なんとなく礼をしたように思えた。
──くん!
──蒼真くんってば!
少し考えていると、突然アイシャの声が聞こえてくる。
『どうやら時間のようですね。
最後に一つだけ私からのお願いです。』
お願いの前に色々と聞きたいことが多すぎるけど、徐々に暖かさが無くなっていく中でそんな余裕はなかった。
『娘を──。あの子を頼みます。』
その言葉を最後に意識が遠のいた。
────────────
────────
────
次に俺が目を覚ますと、そこはどこかの部屋だった。
辺りの様子を確認するため体を起こすと、頭の辺りから何かが落下した。
そして、横には床に座ったままベットに横から伏せる形でアイシャが居ることに気がついた。
その横には俺の頭から落下したであろうタオルと小さな桶と水晶。
もしかして寝ている間、ずっと俺のことを見てくれていたんだろうか。
居ても立っても居られなくなったが動くこともできず、ただ何を思ったのか俺の右手はアイシャの頭を撫でていた。
「イム……。」
名前を付けたのはいいけどメニューを起動するたびにイムの名前を呼ぶことになるのだろうか。
そう思うと少し恥ずかしい気がした俺はイムの名を念じることでメニュー画面を起動することにして、アイシャの肩に布団を掛けもう一度眠ることにした。
アイシャの声で目覚めたはずの俺。
横で眠っていたアイシャが俺を呼び戻すほどの声を出せる状況ではなかったという矛盾に気が付いていれば……。
──後に俺は後悔することとなる。自らの洞察力の低さがあんな事態を招くなんて。




