ウィッシュ・ド・ノエル 4*挿し絵付き
「あれも町?」
「大学の中だと思うよ。大きな総合大学は、学部ごとに建物があって、学生が寛ぐ公園や広場があって、まるで一つの町みたいなんだ」
「グラットン教授やヘートリンク教授はどうしてるかな?」
「グラッドストン教授は、何処か南の方で発掘をしていて、ボランティアの学生と麦酒を飲んでるかな。ヘルトリンク教授は、奥さんと二人で慎ましくお祝いしてるかも。ピプト教授と助手は早く帰って、クリスマスプレゼントをイリスに上げて、パァティをしたかもね」
「無くしたフラッピィの代わりを貰えるといいね?」
「もうぬいぐるみは卒業だと思われるか。そうだ、欲しいと言ってた小犬を貰うかも知れないよ」
「僕、小犬より子豚が欲しいな。ポニィでもいいけど」
「あっ、あの家、リルケのいる大叔母さんの家みたいだ」
「周りも真っ暗で怖いよ。リルケ兄ちゃんはあんな所で暮らしてるの?」
「田舎の一軒家だから暗いのは仕方ないよ。でも夜の闇は、眠りを守ってくれているんだよ。怖いことなんか何もないよ」
「あっ、海だ」
「ほら、船乗り達が肩を組んで歩いて行くよ。これから酒場に繰り出すんだね」
「でもあの子は、兄さんと同じぐらいの年に見えるよ?」
「あれは見習い水夫の。あっ後から来たの、兄さんじゃないかな。クレイブ兄さんに似てた」
「忘れん坊のうっかり者の大間抜けでしょう?」
「長男なんだから、もっと大事にして上げたら?」
「幼児教室の体験入学に兄さんを連れて行くように言われたのに、兄さんを連れて行かずに自分だけ行って、ちょうどいいからって小さい子の相手をさせられて家に戻って来たって。兄さんはその間、家にずっといたって。言い付けを忘れたり破るならともかく、自分一人で行って、おかしいって思わなかったんだろうかって、ママが頭を捻ってたよ」
「・・・まぁ・・・兄さんだからね」
「ルナパァク。ルナパァク。サァカスのテントもあるよ。世界一素敵なサァカスかも」
「ほらほらノエル、駄目じゃないか。新品の靴と言っても、座席に靴のまま上がっちゃ駄目だよ」
「見て見て、大きなツリィだ」
「制服を着た少年が沢山いるね」
「学校を抜け出して来たのかな?」
「校外学習だと言って、賛美歌をグループごとに歌って回ってるんだよ。双子なら小遣い稼ぎにやりそうだ。きっとクリスマスに帰って来ないのも、パァティの費用を稼ぐ為に、ああ言うことをしてるからだよ」
「あれ、双子だ」
「双子って、僕らの兄さんの双子ってこと?」
「多分」
「双子? それとも空の方の双子だろうか」
「あっ、雪だよ、ラジニ兄ちゃん」
「何だかウサギが跳ねてるみたいだね」
「わぁ。アァビィだ!」
「大きなエキシヴィジョンだね。アァビィの世界もクリスマスだ。きっと明日になってあのプレゼントを開けたら、本が一杯出て来るよ。それとも他の物も入ってるのかな?」
「ねぇ、ラジニ兄ちゃん。アァヴィに会ったって本当?」
「あれ、手紙に書いたけど、信じなかったの?」
「手紙にあったっけ? クレイル兄さんみたいに出し忘れじゃないの?」
「そんな筈はないよ。透明シィルに保護された、厚さ3センチ程のテレビィがあっただろう。アァビィのホログラフの絵が着いた、テレヴィ塔のお土産。あれ、シィルを剥がすとボタンがあって、押すと音声が再生されるんだ。気付かなかった?」
「気付かなかった。ママがシィルは破っちゃ駄目って言うから」
「ボタンのところが赤いセロファンになっているから、メモしなくても分かるかなと思ったんだ。家に帰って確かめてごらん」
「うん」
「あのカァド、クリスマスカァドだろうか?」
「うん?」
「帰省途中みたいな男の子達が、カァドを見せ合ってるだろう。もしかしてデンキネズミかもね」
「騙されてるって、教えて上げれば良かったんじゃない?」
「反対側のホォムだったしね。それに騙されると分かっても、ネズミに餌を上げないのは可愛そうだもの」
「今、星の印のある看板を見つけたよ。あの星を辿れば、何処に行けるのかな?」
「サイタオ飯店だといいね。あそこの冬の名物、蒸し饅頭はおいしいよ」
「いいなぁ、お兄ちゃんばっかり」
「僕もノエルぐらいの時は、クレイブ兄さんを羨んだものだよ。船であちこち行けて羨ましいって。でも兄さんは遊びで船に乗っているんじゃないし、海には嵐も恐ろしい幽霊船も、巨大な深海の生物だっているからね。僕の旅は危険じゃないし、何よりも先生が一緒だから」
「僕もラジニ兄ちゃんと一緒がいい」
「今はまだノエルは小さいから、無理だよ。でも僕もいつまで先生と御一緒させて戴けるか分からないし、また一緒にいられる日は来るかも。でもその時には、ノエルが自分の行く場所を見つけてるかも知れないね」
「どうかなぁ――あっ、あんなところに男の子がいる」
「どうしたんだろう? ノエルぐらいの小さい子が一人で」
「一人で寂しそうだったよ」
「本当だね。兄さんの誰かが、家を出てしまったところなんだろうか。それとも、鳥祭りで鳥を放せなくて落ち込んでいたあの子みたいな子だろうか?」
「僕が側にいたら慰めて上げられるのにな」
「そうだね。いつかあんなふうに寂しそうにしている子を見つけたら、側にいて上げるといいよ」
「うん。僕、絶対そうする」
「あっ、あれは花牧公園に違いないよ」
「ポランの広場で、イィハトォブ劇団が公演してたらいいな」
「そうだね。ケンタウリやリトルガァルが、元気にしてるといいね。新作の劇がまた掛かっているかもね」
「そうだ。僕、パパって人に会ったよ」
「本当?」
「変な人が家の前に立ってたから、僕が怪しい人だってママに言ったら、パパだって言われた。フィドルを弾いてくれたよ。僕のこと、お兄ちゃんと間違えたけど」
「髪の色も全然似てないよね」
「でもお兄ちゃんのことは、クレイル兄さんと間違えたって」
「それも無理があると思うけど。そうか、ノエルは父さんに会ったんだ」
「旅をしてたら、いつかは会えるかも知れないって言ってた。それとも本当はもう会ってるかも知れないって」
「そうだね。僕もいつか父さんに会うかも知れない。それとも見かけていたりしてね」
「ねぇラジニお兄ちゃん。汽車を降りたらどうするの?」
「鉱石亭で先生が待っていてくれるから、一緒にお茶を飲もう。ノエルには甘くてとびっきりおいしいココアにして貰おう」
「わぁい」
「すぐにお行儀を忘れるんだから」
兄さんと話している内に、あっと言う間に目的地です。兄さんは駅に着く前にオゥバァを着て、ノエルにもオゥバァを着せてくれました。
兄さんは自分の青色と白の縞のマフラァを、ノエルの首に巻いて頭にフゥドのように被せてくれました。
兄さんは、忘れ物がないよう気を付けます。
ジンジャア少年のくれた生姜クッキィは、割ったり無くしたりしないよう、兄さんが預かってくれます。
少し大きめのブゥツが脱げないよう、ノエルは気を付けて歩かないといけません。ドアからホォムへ。ピンク掛かった石で出来たホォムから、改札を抜けます。
兄さんの切符は、フリィパスで見せるだけで済みます。
兄さんはノエルの特別切符を、記念に取っておけるよう貰ってくれました。その駅で降りた人はノエル達を入れて、数人でした。
ノエルの歩調がゆっくりなので、駅を出るのは一番最後になりました。途中汽車の発車の合図がして、汽車は次の駅を目指して走り去ってしまったようです。
広場で演奏しているのでしょうか。駅の中まで、弦楽器のメロディが流れて来ます。
ノエルはほんのチラリ、パパかな?と思います。勿論そんなことは、ないでしょう。
兄さんはピアノを弾いていたし、リルケ兄さんもセロを習っています。他の兄さん達も全員楽器が出来るそうです。
ノエルはまだタンバリンを叩いたり、鈴を振ったりするぐらいしか出来ませんが、いつか家族全員で集まって、合奏出来たらいいなと思います。
駅の前に、ほっそりして背の高い優しそうな男の人が、雪の中で立っていました。柳で編んだ、白い旅行トランクを提げています。
兄さんに言われなくても、初めて会うにも関わらず、それが誰かすぐに分かりました。
暖かい店でなく寒い戸外で、二人を待っていてくれたのです。
兄さんが心から嬉しそうな声で、呼び掛けます。
兄さんがその人のことを心から尊敬して大切にしていることが手紙からも分かりましたが、最初はノエルも兄さんと一緒にいられるその人が狡いと思いました。
兄さんを連れて行ったその人を、恨んだりもしました。でも兄さんの手紙を読めば読むほど、嫌いでなどいられませんでした。
今では、兄さんが好きな人だから、素敵な人に決まっていると思います。
何よりも実際に会って、ノエル自身その人のことが好きになりそうでした。
側まで行った二人に、その人は優しく微笑みながら、口を開きました。
「今晩は、ノエル君。お迎え御苦労様、ラジニ君」
そしてその人はもう一度微笑むと、兄さんの髪に軽く触れました。
「お帰り」
その言葉を聞くと、ノエルまでも懐かしい場所に帰って来た気がしました。
何処に行っても何処にいても、離れていても、きっと待っていてくれる。そして近くに感じることが出来る。
ノエルにとっては今日だけの特別ですが、兄さんからの手紙を読み直す度、新しい手紙を開く度に、特別な気持ちが甦るに違いありません。
ノエルにとっては、それぞれが素敵な物語です。
そして特別な今夜も、素敵な物語と言えるでしょう。
願わくば、素敵な物語が長く続きますように。
自己満足の塊のような物語にお付き合い下さった方、有難うございました。
あなたの心の隅っこにでも、この物語が生き続けてくれれば良いのですが。
それではまた別の作品で、お会い出来ますように・・・。
スズサワ 拝




