流星通り物語 1
流星通りは初めてですか? 良かったら僕が、町の中を案内して上げましょう。
今日は僕、先生のお使いで来たんですけど、お小遣いを渡されてゆっくりして来ていいって言われているんです。僕自身の目的は、大したものじゃありません。家族に贈るクリスマスプレゼントの幾つかをここで買おうと思っているので、掘り出し物がないかチェックするだけだから。
僕一人で回るより人と一緒の方が楽しいし、僕の方は構いませんよ。絶対に百果堂でアイスクリィムを食べるのと、先生へのお土産に七曜堂で惣菜を買って、僕への土産はブレダさんの店で買わないといけないけど。
あっ、お使いも忘れちゃ駄目だった。
お使いは、半分終わってるんです。この前天の川の畔で川遊びをした時、先生は懐中時計を天の川に落としてしまわれて、時計が壊れてしまったんです。その時計はこの流星通りで購った物なので、修理に出しに来たんです。天の川の星の屑が時計の歯車に引っ掛かっているだけなので、夕方までには直ると言って貰えました。ちょうど家に帰る時に、持って帰れます。
僕は先生の研究旅行に着いて、あちこち旅して回っているんです。
奇妙だったり美しい街並みや風景、珍しい食べ物や催しのある場所は、確かに枚挙に暇がありません。どれを選ぶか迷わずにいられませんが、僕が先生と旅して回った中で、一つだけ何処かに家族を招待して案内できると言われたら、やっぱり流星通りを選ぶと思います。
見せ物小屋や遊具の並ぶルナパァクなら、上の双子が大喜びするだろうし、一番小さい弟のノエルには、カァニバルで出た大きな砂糖衣のケェキを見せて上げたい。
ホテル・ロォズ館で泊まれば、母さんの日頃の疲れだって吹き飛ぶだろうし、幼いわりに情緒を解するすぐ下の弟のリルケは、古い遺跡に感銘を受けるでしょう。船で各地を回っている兄さんだって、山の上に建つ氷の宮殿なんて見たことはないと思います。
何処にもいいところがあってみんな捨て難いけれど、家族と一日過ごすなら、やっぱり流星通りだと思うんです。普段の生活と掛け離れた特別ではなく、ほんの少しだけ特別な気分になれる、流星通りはそんな場所です。
お洒落なお店には、普段遣いの物より高価で素敵な物が並び、贅沢な気分になれます。ハレの日に、ぴったりの町だと思いませんか?
そんな流星通りも、一時期客足が落ちたことがあるんだそうです。昔ながらのお店が多くて、敷居が高いと敬遠されてしまったんですね。
そうやって古くからの商店街が幾つも寂れたり、大型の量販店などにとって替わられて、過去の面影が全くなくなったりしていますよね。流星通りは、古いやり方にだけこだわることなく、かと言って伝統を捨てることもしなかったんです。
初めはそれぞれの店が試行錯誤を繰り返していましたが、それだけでは町全体を活気付かせることは出来ません。一つの店だけが新しいことを始めるのではなく、町全体が一丸となって、町を新たに生まれ変わらせようと努力したんです。
パァラァを併設した果物屋さんや、焼き立てパンに惣菜を挟んで、オリジナルサンドが作れるお店は他の町にもありますが、物語のある町は他にはありません。
歴史のあるこんな町の店になら、物語や夢があっても、少しも不思議じゃありませんよね。買物だけじゃなく、物語を集めるのも楽しいですよ。
店それぞれのお話は一つじゃないし、お得意さんにだけ教える秘密の話もあるんです。お店の人が忙しい時もあるから、話を聞けないこともあるけれど、そう言う時は僕が代わりに話して上げますよ。
ねっ、案内人がいると便利でしょう?
流星通りは、道の両側に約十軒の店が並んでいます。道が十字に交わる所に、流星広場があり、広場の四隅にそれぞれ映画館とホテル、本屋、パァラァ&カフェがあります。僕と先生はいつも、時計回りに店を回ることにしているんです。
そうすると一番先に 時計店が迎えてくれます。僕のお使い先もここです。オルレ時計店のショウケェスには、全部で十二の時計が飾られます。時々中身が入れ替えられるから、何度見に来ても飽きないんです。
時計は、五分ずつズレているでしょう。五分ごとに、絡繰りが見えるのが何よりも楽しいんですよね。全部見るまで、ノエルなら動かないだろうな。このディスプレイの中で僕の一番好きな時計は、あれです。
硝子に金で、星座が描かれていて綺麗でしょう。時間になると、あの二つの水晶のお宮から双子が出て来て、笛を吹くんです。流れる曲は『星巡りの歌』です。
聞いたことあるでしょう?
『赤い目玉の蝎 広げた鷲の翼』*引用
このメロディにのって、星座盤が一回転するんです。
オルレさんは今、僕が出した時計を修理していて忙しいから、代わりに僕がオルレさんから聞いた話を聞かせて上げますね。その話と言うのは、十二個ある時計の針が合わせていない理由なんです。
十三時の魔法(オルレ時計店の話)
オルレ時計店のショウケェスには、十二の時計が飾ってあるが、正しい時刻を差しているのは一つだけで、後は五分ずつズレている。お客は、五分ごとに時計の絡繰り仕掛けが見えるようにと言う配慮だと思っているが、時間が違うのはそれだけが理由ではない。
時計職人の間では、十二の時計の針を合わせてはいけないと伝えられている。十二個の時計の針が夜中の十二時を差した時、時計は有り得ない筈の、十三番目の時を打つと言うのだ。
十三番目の時を告げた途端時の扉が開き、もう一人の自分が姿を現すと言われている。実際に確かめた人はいないのか、話を伝えることが出来なかったのか、それからどうなるのかは分かっていない。
自分の影にとって変わられて自分が影にされてしまうとか、選ばなかった、起こらなかった人生と交換出来るとか。幾つか憶測で言われているだけで、真実は闇の中だ。
オルレさんは、もし余命いくばくもないとなったら、十二の時計の針を合わせて夜中の十二時に時計が十三個目の時を打つかどうか試してみようと思っている。
何だかちょっと怖いですよね。僕なら尻込みして、確かめられないと思うな。でも、ずーっと年を取って長生きしてからなら、試してみるのもいいかも知れない。でもオルレのおじさんには、まだまだ元気で頑張って貰わなくちゃ。鉱石指標付きの時計を扱っているのは、もうここだけなんですって。
オルレさんにはお弟子さんがいるけど、まだまだ半人前だから、ここでオルレさんがいなくなったら、一つの技も消えてしまうことになるんです。もし時の魔法と言うのか、別の未来を用意してくれることで、死を先送りして長生き出来ると言うのならいいんだけど。
そうならば、ホオリヤマさんの息子さんも、亡くならずに済んだかも知れない。
ほらこの木馬。とても良く出来ているでしょう。僕にはもうちょっと小さいけれど、僕の弟達にはぴったりでしょう。ホオリヤマ家具のお話と言うのは、この木馬のことなんです。
風と木馬(ホオリヤマ家具の話)
ホオリヤマ家具の店の前の、揺り木馬にはお話があります。売り物ではありませんが、子供が乗って遊ぶことは許されています。
ホオリヤマ家具の主には、その昔小さな男の子がいました。その頃主は一人立ちしたばかりで、寝る時間もないほど忙しく、子供の面倒を見る暇がありませんでした。お母さんがいれば良かったのですが、男の子にはお母さんもいませんでした。
あまりにも子供が不憫だと思った主は、木で出来たオモチャを作って上げるから、何でも欲しい物を言ってごらんと男の子に言いました。男の子は、木馬が欲しいと言いました。
主は仕事が終わってから、以前より寝る時間を削って、男の子の為の木馬を少しずつ作り始めました。その頃男の子が、病気になりました。とても重い病気で、男の子は木馬が完成するのを見ることなく亡くなってしまいました。
亡くなる前男の子は、お父さんに木馬を完成させて店の前において欲しいと頼みました。僕は風になって、木馬に乗りに来るよと言うのです。
主は男の子の最後の望みを叶える為に、木馬を完成させて店先に置きました。それ以来通りに人がいない昼や夕方に、風が強い訳でもないのに、乗り手がいるかのように規則正しく木馬が揺れるようになりました。
一人でにキィキィと木馬が揺れるのを見る度に主は、風になった自分の息子が、木馬に乗りに来たのだと思うのでした。
僕にこの話をしてくれたのは、材木の搬入に来ている業者の人です。何十年経っても、やっぱり悲しみを忘れることは出来ないんでしょうね。でも息子さんは風になって、今も子供のまま、世界中を旅して回っているに違いありません。
木馬に乗りに来るのは、自分が元気にしてるってことを、お父さんに伝える為と、お父さんが元気にしていることを見る為なんだと思う。
悪戯っ子のように僕の頬を撫でた風も、風の中に聞こえた笑い声も、きっとホオリヤマさんの息子さんのものだったんです。
ホオリヤマ家具は、手作り注文家具の店で、裏には工房があります。一つ一つ丁寧に作られた家具って何十年も保つし、使い心地も違いますよね。多くの需要は減ったと言っても、細々とならやっていけていたんです。
縮小した工房が再開されたのは、余った木材で作った、子供用の玩具が人気になったからです。最初はホオリヤマさんが、仕事のない時間に手遊びで作っていた物なんです。
ほら、動物でしょう、飛行機、船、汽車。車輪はみんな回せるんですよ。
僕ももう少し小さかったら、一日中でもこのオモチャ一つで遊べたんだろうな。ほら、小さな子供でも危なくないように、丁寧にサンドペェパァを掛けられているでしょう。きっと、亡くしたお子さんへの思いが込められているからなんでしょうね。一番下の弟へのプレゼントには、ちょうど良さそうだと思ってるんです。遊ばなくなっても、これなら飾っておけるし。
船か、汽車にしようかと思ってるんだけど、まだ決めてません。一番上の兄は船乗りで、僕は汽車で旅をしてるから、僕らと一緒に旅をしているつもりで遊べると思う。でもまだ小さいから、お風呂や川に漬けたり、庭も道路も走らせたりして、ママに怒られるかも知れない。
そう言うことは、汚れても傷付いてもいいプラスティックのオモチャでしなさいって言われて。もう少し考えてから、買うか買わないかも決めることにします。濡らされたり汚されるのは、僕も嫌だから。
えっ、ここに置いていたら雨が掛かってしまうって。それなら大丈夫です。今日は雨は降らないから。
ほら、仕立て屋さんのワゴンの覆いが張っていないでしょう。どんな曇り空でも、マシュウさんの店が雨対策をしてなければ雨は降らないし、曇っているのに洗濯物が干してあったら、その内晴れになるってことなんです。
じゃあ、僕がマシュウさんが酔っ払った時に、ル・ラタンの主人に口を滑らせた話をして上げますよ。
空の仕立て屋(マシュウの仕立て屋の話)
仕立て屋のマシュウには、ちょっとした特技がある。特技が出来たきっかけは、ある夜一人の紳士が店を訪ねて来て、マシュウに空を縫って欲しいと頼んだことにあった。その紳士が何者かは分からない。天使か、それとも空の管理者か。
但し空と言っても、マシュウが紳士から手渡された布は、大判のハンケチ程しかなかった。ただ布の手触りは風のように軽く、布の色はホログラフのように様々に色を変えた。
早朝の空の薄い青。山の端に残る夜の群青と明けの明星、低くたなびく雲に照り映える朝日の茜。確かにその布は普通の物ではなく、到底からかわれているようではない。
「この場で作って見せてくれ」
マシュウは、紳士の指示に従った。空を縫うと言っても、それ程難しくはない。出来た物は、巾着袋のそのものだった。実際に作って見せると紳士は出来映えに満足し、マシュウに仕事を任せると決めた。
報酬がない代わりに、余った布は好きに使っていいと紳士は言った。マシュウは紳士の頼みを聞いて、それ以来一週間に一度、七日分の空を縫う仕事を引き受けた。
「空を上げるところを見せてやろう」
紳士が巾着袋の口から息を吹き込むと、風船が膨らむようにムクムクと空が膨らんで、前日の空と内側からとって変わった。紳士の姿は何処にもなく、マシュウの上には夜明けの薄い青空が広がっていた。
西の空には群青の闇と金星。低い空に掛かる雲が茜色に染まっていた。
空を作った後に余った布は数センチ程だったが、上手に引っ張ると服を一着ぶん作れるだけの布が取れた。広げていく内に色は変わるのを止め、最終的には一つの色へと落ち着く。ちょうど一刻一刻と変わる空を、切り取ったような布が出来る。
マシュウは、その布でドレスやスゥツを作るのを何よりも楽しみにしている。作った服の売れ行きは好調だが、買った人の幾人が、空の余り布で作ったと信じているかは分からない。マシュウも、客が信じようが信じまいが気にしていない。
ただ空を縫うようになってから、マシュウは天気に詳しくなった。縫っている間に、見るともなく布の色の変化を見ている所為だった。本人に聞いてもまぐれだと言うけれど、マシュウが雲もない空を見て洗濯物などを取り込むのを見たら、半時もしない内に天候が変わると思っていい。
天気の変化が布の手触りを変えると言う仕立て屋の言い伝えもあるが、マシュウの場合はその日の空の移り変わりを知っているからに他ならない。
夜の闇色星の瞬く夜会服、澄んだ初夏の空色のワンピィス、柔らかな日差しに暖められた灰色のモコモコ雲のストォル。やっぱり女の人なら、沢山種類のあるパステルカラァのスカァフがいいんでしょうね。
先生は、この店で買ったネッカチィフ、夕焼けに真っ赤に燃え上がった空と、日が落ちた後の闇になる一歩手前の濃紺の空色の二枚がお気に入りなんです。いつかいい色のスゥツがあれば、欲しいと仰っています。
僕の貯めたお小遣いでは、スカァフは無理だけど、ハンケチなら何とか買えそうです。母さんに、プレゼントして上げたいんです。母さんが持っていたハンケチは、ノエルの涙や洟、口の周りを吹く為に、汚れてもいい物ばかりだったから。一枚ぐらい綺麗なハンケチがあってもいいでしょう?
朝焼けの雲を染める薄桃色、夕焼けの雲を染めるオレンヂ色のどちらがいいと思いますか。母さんはモノトォンが多いけれど、きっと心を華やかにしてくれますよね。
あっ、こんにちは、給仕のお兄さん。今日は、僕は町の案内人です。じゃあ次は、ル・ラタンのPRをします。
えへん。食事は西洋料理店ル・ラタンで、ランチセットならお値段もお手頃です。
以前はディナァだけでしたが、高級料理店は敷居が高いと言う人の為に、ランチタイムも始めました。ディナァでも人気の仔羊肉のシチュウが、楽しめます。
僕みたいな子供がいて、夜に西洋料理店になど出掛けられない親御さんにも、家族で昼間ショッピングに来た時に、子供と一緒に本格的な味が楽しめるので好評です。夜のコォス料理は、子供の僕には難し過ぎるけれど、ランチセットなら僕みたいな子供でも食べられます。
僕と先生は、お昼時に来た時には、必ずここでお昼にするんです。そうだ。せっかくお店の人がいるんです。お話は、掃除をしながらでいいですから、お兄さんが話して上げて下さいよ。
猫が恩返し(西洋料理店ル・ラタンの話)
ル・ラタンの主人は、猫好きだ。店で出た余り物を、必ず猫に上げている。食べに来る猫の顔触れは変わって行くが、毎晩食べに来ていた雄猫で、主人がとても可愛がっていた猫がいた。
その猫は他の猫と違って、一つ一つ料理を味わって食べる。材料や調味料が何か考えるように、首を傾げたりするので、主はその猫には何を使っているか教えてやっていた。店の人間にも教えない秘密のレシピまで、その猫にだけは話してやるほどだった。
その猫は、ある日を境にパタリと現れなくなった。何年も通って来ていたので、死期が近付いて身を隠したのだろうと主は思った。年をとった猫と言うのは、いつの間にか姿を見せなくなるものだからだ。
暫くの間、主はその猫のことを思うと寂しい気がしたし、いつまでたってもその猫のことは忘れたりしなかった。
ある時主は、風邪を引いた。前日の夜に、ちょっと熱っぽいと店の者に話していたけれど、次の日は全く起き上がることが出来なかった。
アパァトの一階の部屋の窓から猫たちが、入れ替わり立ち替わり覗きに来るが、自分の食事すらままならず、猫に餌を遣るなど無理だった。主は高熱の中うつらうつらし続け、二日は店に行くことも出来なかった。
店がどうなっているか全く分からず、店の者が様子を見に来ることもなかった。主は、ちょっと悲しくなった。
三日目。ようやく起き上がれるようになって、おかゆを炊いて食べた後、主は店に行ってみた。
今回は三分割、三日連続更新になります。
長ったらしくて、済みません。




