真那の翼。
昨夜来た納戸にたどりつく。
天井には穴。
そして、龍の尻尾が穴から見える外、すぐそこにあるのがわかる。
「あそこから登っていけるかな」
「ああ。風の精霊の力を借りればできるだろうが……、お前は大丈夫か?」
「え、何が?」
「足場もない場所だぞ。落ちたら命はない。怖くないか?」
「あ、うん。怖くないって言えば嘘になる。けど、私はできることがあるならやらないと、って気持ちのほうが強いんだもの」
「お前、ここから登るつもりなのか?」
「うん、李陽さま、あの龍のお腹の部分に、きっと綠桜が囚われてるんだよ」
「龍の腹って、そんなの生きてるのか?」
「うん。まだ、多分」
「どうしてそんなことがわかるっていうんだよ!」
「李陽、落ち着け。こいつには不思議な力がある。その力の一部が綠桜を守っている、らしいんだ」
「唯月さま!」
「今は、俺たちを信じてくれ。綠桜を助けるにはこの小凛を龍の腹まで届けなきゃならん」
李陽は唯月の台詞に、グッと奥歯を噛み締めた。
一瞬、怒りに任せてしまいそうになった自分を諌めるように。
「ああ。俺が悪かったのか。綠桜のために、あいつのためにと思ってここに押し込んだのが、裏目に出ちまったってことなのか……」
「李陽、さま……」
「悪かったな、大声をあげて。ショウリン。綠桜はな、俺の無くした娘によく似てたんだ。だからほっておけなくて、な。ついつい色々世話焼いちまってた。俺にとってはあいつは息子でも娘でもある、そんな、子供のような存在だったんだ……」
「ううん、李陽さまの気持ち、わかるよ。だから、綠桜は絶対に助けてみせるから。任せて」
「すまない。ショウリン」
李陽の目は少しだけ涙が滲んでいるように見えた。
「じゃぁ行くぞ。こい小凛」
「うん、唯月」
唯月は足元に風魔法を呼ぶ。
しっかり彼に抱きついた小凛を連れ、そのまま空中に浮かび上がった。
「大丈夫? 唯月」
「ああ。なんてことはない」
龍の尾を辿るように、上昇していく唯月。
それでも、足場もない状態でただただ上昇するのでは、消耗する真那も多いはず。
自分にも何かできれば。
「お願い。アウラ。私の真那を使って! 私にも翼をちょうだい!」
――いいよ、姫さま。
――僕らの力、使って。
――さあみんな、姫さまにアウラの翼を!
――アウラの翼を!!
風の精霊、ギア・アウラがその権能を解放した。
光を纏った翼が、小凛の背中に現れ。
それはふわさっと羽ばたくと、小凛を抱いたままの唯月ごと一段と高く舞い上がった。
「そこ!」
小凛は左手を伸ばし、龍の腹を指し示す。
「よし! 炎の精霊よ、我が手に顕現せよ!」
唯月の右手から、炎でできた剣が伸びる!!
「周囲を切り裂く、そこから中に飛び込むがいいか!」
「うん、唯月、お願い!」
「ていや!!」
巨大な龍の腹を、炎の剣で切り裂く。
GLLLLLLLLLLLOuuuuuuryuuuu
一瞬だけ、そう雄叫びをあげた龍。
(嘘。血も肉も、見えない!)
唯月の剣は龍の表面のガワを切り裂いた。
そこには人が一人くらい通れそうな穴が空いている。
しかし――。
(中に見えるのは暗黒。漆黒。肉が詰まっているわけじゃないのはわかるけど――)
まるで龍の中には別の世界があるかのような、そんな景色にも見えた。
「ここから入れるの?」
「ああ、龍というものはそうしたものだ」
こんなふうにいうとき唯月は、これ以上の説明をしてくれはしない。
でも。
ままよ!!
「わかった。じゃぁ、行こう! この先にキュアの繭を感じるよ!!」
闇には二種類ある。
全てを塗りつぶすほどの漆黒と、全てを呑み込んでしまう暗黒。
絵の具で塗りつぶすように全てを黒で塗りつぶした闇と。
何もかも光すらも呑み込んでしまう、そんな闇。
龍の腹に開いた穴の向こうにあるのはそんな、光すらそこから出られないがゆえの暗黒の世界だった。
唯月はずっと小凛と手を繋いでいてくれる。
その手の温もりだけが、いまの唯一の希望だった。
「わかるか?」
「うん。感じる。このまままっすぐ」
「ああ。なら、速度をあげるぞ」
風の精霊アウラの権能はこの不思議な空間の中でもそのまま使えていた。
龍の中は、まるでまた全く違った世界に思えた。
空間を飛び行く唯月と鍾龍の胴体の幅などとっくにすぎているというのに、どこまで行っても端にたどり着かない。入ってきたはずの穴も、もうどこにあるのかもわからない。ただただ小凛の感覚に頼って、宙を飛ぶしかできなかった。
(まるで、真那の中みたいだ……)
心の中にぐっと潜るとそこには真那の池がある。
真那が水のように溜まったそれはどこまでも無限に広がっているようにも思え。
端なんかないように思えたものだった。
いや、位置、とか、空間、とか、そんなものはそこではなんの意味もなかった。
ただただ、そこに在るからある。
それだけの存在で。
ぐっと集中し、外にでるゲートを探すと、ちゃんとそこには“底”が見える。
そんな心の底のゲートから真那を出してあげれば、それが精霊ギアたちの権能を呼び覚ますことができる。
唯月は「龍とはそうしたものだ」と言った。
これがそうした龍だというなら、この世界は龍の内界。
龍というのは、内界をガワで覆った存在、ということなのだろうか?
生き物、じゃない。
精神的な存在だと、そういうことであるのなら。
「どれだけ飛んでも近づかない、近づけない。そうだよ。ここには距離なんてないんだ!」
「うむ」
「なら」
キュアを呼ぶ。
たどり着けないなら、向こうを呼ぶしかないじゃない!!
「キュア! お願い! ここに集まって!!」
――姫さま。
――呼ぶよ。
――姫さまが呼ぶなら。
――あたしたちは。
――姫さまの元へ。
小凛の体から無数の光が湧き出した。
そして――




