『好き』は……という気持ち?
「……それじゃあ、ここに立ってくれるかな」
夏奈に促され、要は街灯の真下に立った。
「……俺は、何をすればいいんだ?」
居心地の悪さを感じ、要は視線を泳がせる。
「んー、真宮君は自由にしてていいよ。自然体で」
夏奈は首をかしげて答え、再び髪をポニーテールに結び直した。
「わかった」
要が頷くのを確認すると、夏奈は数歩下がり、小走りで「先輩」である要の前へと駆け寄ってきた。
「あの……先輩、話があるんっす」
「……な、なんだ?」
真正面から見つめる夏奈の整った顔立ちに、要は一瞬言葉に詰まる。
彼女はうつむき、指先をぎゅっと絡ませた。
大きく息を吸って。
そして、張り詰めた声で叫ぶ。
「好きです! 私と付き合ってください!」
一言一言が明瞭で、感情の乗った力強い言葉。
「お、おう。その……俺は……」
真っ直ぐに向けられた、キラキラとした瞳。
これが演技の練習だと知らなければ、要はそのまま頷いてしまっていただろう。
「先輩……?」
夏奈が両手で要の右腕を掴み、じっとその目を見つめる。
(……これは練習だ。他意はない、練習なんだ)
要は自分に言い聞かせ、必死に冷静さを保とうとした。
普段、他人との接触が極端に少ない彼にとって、これほどの美少女との至近距離は刺激が強すぎる。
腕から伝わる柔らかい感触に、心臓の鼓動が否応なしに速まった。
幸いなことに、すぐに夏奈は手を離した。
「どうかな?」
夏奈は期待に満ちた眼差しで要を見上げる。
「……可愛かった、かな?」
要は今見た光景を必死に反芻し、絞り出すように答えた。
「違う! 私が聞いてるのは、告白のところ!」
夏奈は頬を少し赤く染め、地団駄を踏んだ。
「あ、ああ、告白か。そうだな……」
要はもう一度記憶を辿り、少し躊躇いながら口を開いた。
「先に言っておくけど、俺は芝居なんて全く経験がない。だから言うことが正しいとは限らないし、むしろ間違ってる可能性の方が高いぞ」
「いいから、言って」
「……前半はすごく良かった。走ってくるところなんて、本当に運動部の後輩が来たみたいだった」
夏奈が鋭くその言葉を拾う。
「……前半は?」
「ああ。告白のところになると、なんていうか……」
要は脳内の語彙を必死に探した。
「……感情の『繋がり』が途切れてる気がする」
「……そう、なんだ」
夏奈は視線を落とし、沈黙に沈んだ。
「……もう一回」
ぽつりと、彼女が言った。
その声は、先ほどよりも少しだけ低い。
「えっ?」
「もう一回、試させて」
「……ああ、わかった」
夏奈が顔を上げた。その瞳には、並々ならぬ集中力が宿っている。
そのまま、じっと要を見つめる。
要は思わず視線を逸らしたくなるが、彼女の真剣さに気圧されて、目を離すことができない。
「……始めるね」
夏奈が小さく囁き、ゆっくりと歩き出した。
一歩、また一歩。
(近い……さっきよりも、ずっと)
要は思わずのけぞった。夏奈から漂う、微かなフルーツのような香りが鼻腔をくすぐる。
「あの……お話、あるんですけど」
夏奈がためらいがちに口を開く。
「……聞いてもらえますか?」
「……どうぞ」
要も無意識に緊張し、唾を飲み込んだ。
「私……」
夏奈の視線が、不安げに揺れ動く。迷っている心の動きが、ダイレクトに伝わってくる。
「……好きなんです」
言葉は、さっきほど明瞭ではない。
むしろ、少し拙いとさえ言える響き。
視線が重なった瞬間、要の心臓が大きく跳ねた。
沈黙が流れる。夏奈は小声で尋ねた。
「……どうだった?」
「……さっきより、ずっと良かったと思う」
要は激しくなる動悸を必死に隠しながら、真面目に答えた。
「それでも、足りないかな」
夏奈は低く自問自答するように呟いた。
しばらく黙り込んでいた彼女だったが、やがて顔を上げて要を見た。
「……さっきね、本当に真宮君のことを好きになろうとしてみたんだ」
「え?」
「でも、やっぱりわからないよ……人を好きになるっていうのが、どんな感覚なのか」
その問いに、要も答えを持ち合わせてはいなかった。
というよりも、彼自身がそれを知りたいと願っていた。
「やっぱり、もっと練習が必要だね」
夏奈が自分に言い聞かせるように頷く。
「真宮君、これからも練習に付き合ってくれる?」
「これから……って、明日からもか?」
「……ダメ、かな?」
夏奈が上目遣いで要を見つめる。その瞳が、夜の光を反射してキラキラと輝いた。
「ダメじゃないけど……」
要はため息をつき、両手を挙げて降参の意を示した。
「バイト以外の時間でいいなら」
「ありがとう!」
夏奈は小さな八重歯を覗かせ、満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、連絡先交換しよう!」
夏奈を見つめながら、要の心にある考えが浮かんでいた。
もしかしたら、この機会を通して自分も――。
『好き』はという気持ち、知ることができるのかもしれない。
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